1 / 75
第一章 Side A
1 エリーと二人の幼馴染
しおりを挟む
ブルテンは大陸の北にある島国である。四方を海に囲まれていながら、大陸の国々と国交を開き、”海を統べる国”と呼ばれていた。
船での貿易で国を盛り上げたことはもちろんのこと、最強の海軍を有することからこの名で呼ばれるようになっていった。
この最強の海軍を代々率いるのがアーチボルト侯爵家である。
アーチボルト侯爵家が率いるブルテン海軍の最強たる所以の一つは、海を駆ける海馬部隊である。
”海馬”とは、海で生きる半馬半魚の魔獣のことであり、海軍には秘伝の海馬を使役する術が存在していた。
軍人たちに使役された海馬は、主を背に乗せて船の倍以上の速さで海を駆ける。立派な体躯を持つ海馬は一頭で敵船を転覆させ、複数集まれば海を操って波をおこす。
海馬軍を持たない他国では太刀打ちのしようがなかった。
現在のアーチボルト侯爵は炎のように真っ赤な髪をしたたくましい男で、美しく群を抜いて大きな白い海馬を相棒に連れていた。
常勝将軍と呼ばれて、国王にも勝る尊敬を国中から集める人物であった。
アーチボルト侯爵には三男二女の5人の子供がおり、この年に四番目の三男が15歳でアーチボルト領にある軍立学園を卒業し、相棒となる海馬を使役した。
アーチボルト家では、海馬を使役することで一人前として認められ、海軍に所属する。これは男女問わずであり、武門の伯爵家に嫁入りしたばかりの長女も結婚までは海軍に所属していた。
これで海馬を使役していないのは12歳の末娘・エリザベスのみである。
ーーーー
「そうか、ウォルター殿も無事に海馬を使役されたのか…。」
「灰色の海馬らしいよ。兄上は本当は父上みたいな白い海馬を使役したかったみたいだけれど。」
城にある王族のプライベートスペースである庭にて、剣の鍛錬を終えた三人の少年少女が座り込んで話をしていた。
少年の一人は輝く金髪に水色の瞳の持ち主で、フェイビアン・ブルテン第二王子である。その隣には黒髪に整った顔立ちのブラッドリー・オルグレン公爵令息がいた。
将来的に、国王陛下や王太子殿下を支えて、ブルテン国を盛り上げていく立場にある有望な少年たちだ。
そこに交じる紅一点は長い茶髪をポニーテールにした深い青の瞳が印象的なスレンダーな少女である。エリーと呼ばれた少女は少年たちと同じように鍛錬後の装いで座り込んでいた。
「何色でも海馬は海馬だろう?確かに侯爵の海馬はとんでもなく大きいけれど。」
「エリーも王立学園に合格していなければ軍立学園に入学していて、海馬を使役していたかもな。」
エリー達は王立学園の中等部への入学を一週間後に控えていた。ブルテンで最も優秀な学生が集まる学び舎であり、身分を問わずに入学試験を合格した者だけが通うことができる。
国一番の武門であるアーチボルト侯爵家の末娘であるエリーが王立学園に通うのは異例なことであったが、高位貴族の子女が王立学園に通うことはいわば当然のことであった。
家を継ぐ貴族の嫡子や出世を望む平民の子供たちはもちろんのこと、高位貴族に嫁ぐ令嬢たちにも王立学園を卒業することは必須と考えられていた。
エリーが兄姉たちと異なり、王立学園に入学することになったのは、もちろんエリー自身が優秀であったこともあるが、幼馴染であるフェイビアン殿下と良好な関係を築いていたことが理由だった。
アーチボルト侯爵家は武門の一族であることから、高位貴族との婚姻による結びつきが弱かった。
国にとって重要なのは海馬部隊を絶やさないことであり、海馬との相性がいいアーチボルト家の子供たちは男女を問わず海軍に所属している。
夫を支え、家を盛り立てていく高位貴族の夫人になれるような教育は、もちろんほどこされるはずがない。
王族にとってもアーチボルト家は切り離してはいけない大切な家だった。婚姻によって縁を結べるなら結んでおきたいのが正直なところだ。
一部の内地の貴族には野蛮な家だと思われているアーチボルト侯爵家の令嬢を王太子妃に迎えることは逆風が強いが、第二王子妃ならば王立学園の中等部に入学できるほど優秀ならば反対の声も抑え込めるだろう。
優秀な王太子は昨年に王立学園の高等部を卒業し、来年には結婚する予定であり、第二王子のスペアとしての仕事も終わりが近い。
ゆくゆくは婚約を…という王家の思惑があってのことだった。
「エリーは頭もいい。海軍に入っていたら軍師として活躍してたんだろうな。」
「海軍には私よりも頭のいい人がいっぱいいるのよ、エイブ。それに頭だったらブラッドの方がいいじゃない。なんてったって主席合格なんだもの。」
幼い頃から仲良くしてきた二人だが、大人たちの思惑のような恋愛感情は持っていなかった。仲の良い友人の一人として接してきた。
むしろ、努力家のエリーに対して熱視線を送っているのは二人の幼馴染であるブラッドリーの方であった。エリーは全く気付いていなかったが。
しかし、武門のトップであるアーチボルト侯爵家のエリーが代々宰相を輩出するオルグレン公爵家の夫人になることは、王家を含む三家ともに望んではいなかった。
「それはそうだ!第二王子を差し置いて主席だなんて、不敬だぞ!」
フェイビアンはからかう様にブラッドリーをつつくが、低位貴族が見れば真っ青になりそうなこのからかい文句もブラッドリーには慣れたものだった。
フェイビアンに咎める気持ちは全くないのだから。
「将来的な生徒会長はブラッドリーで決まりだな。」
「そうね。今から会長って呼んじゃいましょう!」
「それはやめてくれ。」
和気あいあいとした少年少女の友情も王立学園にて大きく歪むことを余儀なくされてしまった。
三人が学園に入学した一月後に優秀な第一王子である王太子殿下が行方不明になったのである。その後、三年間、王太子は見つかることがなくフェイビアンは中等部卒業と同時に立太子することとなったのだ。
船での貿易で国を盛り上げたことはもちろんのこと、最強の海軍を有することからこの名で呼ばれるようになっていった。
この最強の海軍を代々率いるのがアーチボルト侯爵家である。
アーチボルト侯爵家が率いるブルテン海軍の最強たる所以の一つは、海を駆ける海馬部隊である。
”海馬”とは、海で生きる半馬半魚の魔獣のことであり、海軍には秘伝の海馬を使役する術が存在していた。
軍人たちに使役された海馬は、主を背に乗せて船の倍以上の速さで海を駆ける。立派な体躯を持つ海馬は一頭で敵船を転覆させ、複数集まれば海を操って波をおこす。
海馬軍を持たない他国では太刀打ちのしようがなかった。
現在のアーチボルト侯爵は炎のように真っ赤な髪をしたたくましい男で、美しく群を抜いて大きな白い海馬を相棒に連れていた。
常勝将軍と呼ばれて、国王にも勝る尊敬を国中から集める人物であった。
アーチボルト侯爵には三男二女の5人の子供がおり、この年に四番目の三男が15歳でアーチボルト領にある軍立学園を卒業し、相棒となる海馬を使役した。
アーチボルト家では、海馬を使役することで一人前として認められ、海軍に所属する。これは男女問わずであり、武門の伯爵家に嫁入りしたばかりの長女も結婚までは海軍に所属していた。
これで海馬を使役していないのは12歳の末娘・エリザベスのみである。
ーーーー
「そうか、ウォルター殿も無事に海馬を使役されたのか…。」
「灰色の海馬らしいよ。兄上は本当は父上みたいな白い海馬を使役したかったみたいだけれど。」
城にある王族のプライベートスペースである庭にて、剣の鍛錬を終えた三人の少年少女が座り込んで話をしていた。
少年の一人は輝く金髪に水色の瞳の持ち主で、フェイビアン・ブルテン第二王子である。その隣には黒髪に整った顔立ちのブラッドリー・オルグレン公爵令息がいた。
将来的に、国王陛下や王太子殿下を支えて、ブルテン国を盛り上げていく立場にある有望な少年たちだ。
そこに交じる紅一点は長い茶髪をポニーテールにした深い青の瞳が印象的なスレンダーな少女である。エリーと呼ばれた少女は少年たちと同じように鍛錬後の装いで座り込んでいた。
「何色でも海馬は海馬だろう?確かに侯爵の海馬はとんでもなく大きいけれど。」
「エリーも王立学園に合格していなければ軍立学園に入学していて、海馬を使役していたかもな。」
エリー達は王立学園の中等部への入学を一週間後に控えていた。ブルテンで最も優秀な学生が集まる学び舎であり、身分を問わずに入学試験を合格した者だけが通うことができる。
国一番の武門であるアーチボルト侯爵家の末娘であるエリーが王立学園に通うのは異例なことであったが、高位貴族の子女が王立学園に通うことはいわば当然のことであった。
家を継ぐ貴族の嫡子や出世を望む平民の子供たちはもちろんのこと、高位貴族に嫁ぐ令嬢たちにも王立学園を卒業することは必須と考えられていた。
エリーが兄姉たちと異なり、王立学園に入学することになったのは、もちろんエリー自身が優秀であったこともあるが、幼馴染であるフェイビアン殿下と良好な関係を築いていたことが理由だった。
アーチボルト侯爵家は武門の一族であることから、高位貴族との婚姻による結びつきが弱かった。
国にとって重要なのは海馬部隊を絶やさないことであり、海馬との相性がいいアーチボルト家の子供たちは男女を問わず海軍に所属している。
夫を支え、家を盛り立てていく高位貴族の夫人になれるような教育は、もちろんほどこされるはずがない。
王族にとってもアーチボルト家は切り離してはいけない大切な家だった。婚姻によって縁を結べるなら結んでおきたいのが正直なところだ。
一部の内地の貴族には野蛮な家だと思われているアーチボルト侯爵家の令嬢を王太子妃に迎えることは逆風が強いが、第二王子妃ならば王立学園の中等部に入学できるほど優秀ならば反対の声も抑え込めるだろう。
優秀な王太子は昨年に王立学園の高等部を卒業し、来年には結婚する予定であり、第二王子のスペアとしての仕事も終わりが近い。
ゆくゆくは婚約を…という王家の思惑があってのことだった。
「エリーは頭もいい。海軍に入っていたら軍師として活躍してたんだろうな。」
「海軍には私よりも頭のいい人がいっぱいいるのよ、エイブ。それに頭だったらブラッドの方がいいじゃない。なんてったって主席合格なんだもの。」
幼い頃から仲良くしてきた二人だが、大人たちの思惑のような恋愛感情は持っていなかった。仲の良い友人の一人として接してきた。
むしろ、努力家のエリーに対して熱視線を送っているのは二人の幼馴染であるブラッドリーの方であった。エリーは全く気付いていなかったが。
しかし、武門のトップであるアーチボルト侯爵家のエリーが代々宰相を輩出するオルグレン公爵家の夫人になることは、王家を含む三家ともに望んではいなかった。
「それはそうだ!第二王子を差し置いて主席だなんて、不敬だぞ!」
フェイビアンはからかう様にブラッドリーをつつくが、低位貴族が見れば真っ青になりそうなこのからかい文句もブラッドリーには慣れたものだった。
フェイビアンに咎める気持ちは全くないのだから。
「将来的な生徒会長はブラッドリーで決まりだな。」
「そうね。今から会長って呼んじゃいましょう!」
「それはやめてくれ。」
和気あいあいとした少年少女の友情も王立学園にて大きく歪むことを余儀なくされてしまった。
三人が学園に入学した一月後に優秀な第一王子である王太子殿下が行方不明になったのである。その後、三年間、王太子は見つかることがなくフェイビアンは中等部卒業と同時に立太子することとなったのだ。
4
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

【完】貧乏令嬢ですが何故か公爵閣下に見初められました!
咲貴
恋愛
スカーレット・ジンデルは伯爵令嬢だが、伯爵令嬢とは名ばかりの貧乏令嬢。
他の令嬢達がお茶会や夜会に勤しんでいる中、スカーレットは領地で家庭菜園や針仕事などに精を出し、日々逞しく慎ましく暮らしている。
そんなある日、何故か公爵閣下から求婚されて――。
※こちらの作品は『小説家になろう』にも投稿しています
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

私を虐げた人には絶望を ~貧乏令嬢は悪魔と呼ばれる侯爵様と契約結婚する~
香木陽灯
恋愛
「あなた達の絶望を侯爵様に捧げる契約なの。だから……悪く思わないでね?」
貧乏な子爵家に生まれたカレン・リドリーは、家族から虐げられ、使用人のように働かされていた。
カレンはリドリー家から脱出して平民として生きるため、就職先を探し始めるが、令嬢である彼女の就職活動は難航してしまう。
ある時、不思議な少年ティルからモルザン侯爵家で働くようにスカウトされ、モルザン家に連れていかれるが……
「変わった人間だな。悪魔を前にして驚きもしないとは」
クラウス・モルザンは「悪魔の侯爵」と呼ばれていたが、本当に悪魔だったのだ。
負の感情を糧として生きているクラウスは、社交界での負の感情を摂取するために優秀な侯爵を演じていた。
カレンと契約結婚することになったクラウスは、彼女の家族に目をつける。
そしてクラウスはカレンの家族を絶望させて糧とするため、動き出すのだった。
「お前を虐げていた者たちに絶望を」
※念のためのR-15です
※他サイトでも掲載中
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる