【R18】結果的にコミット

いずみ

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シトール

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六年前のあれはシトールにとって初めての大きな任務だった。

この辺一帯の領地を取り仕切る、辺境伯邸の地下資料の中に隷属魔術の解呪の重要な手掛かりがあると情報屋からのたれ込みがあった。
情報屋はここの領主の部下に殺された獣人の番だった男で、普段は料理番として、親戚の子と共に働いていると言う。
別にこの時はそんな情報に興味はなかった。元々邸内の人間はその情報屋諸共、皆殺しの予定だったからだ。

当時は数多の情報が錯綜しており、疑わしき者は全て息の根を止めておくのが最善とされていた。

水面下で活動の幅を広げていた革命軍の暗部。そこに生まれ落ちた瞬間から所属していたシトールは、十二歳と言う幼さでありながら組織の中でも頭角を現していた。

辺境伯が新しい『稚児奴隷』を欲しているとの情報も同時に入手していた為、シトールが適任とされ堂々と正面から邸内への侵入を図る事になった。


今でこそ濃い灰色の髪だが、当時は黒毛だった。商品として足を踏み入れた辺境伯邸内は、必要以上に華美で下品な装飾だった。無事購入される事が決まり、地下奥の狭い牢の中へ入れられる。

すれ違う人間、関わる全てがシトールの癇に触る。

牢の中は酷い匂いが充満していた。牢内の悪臭の発生源の一つである、もう何の獣人の子供だったのかわからない肉塊が転がっている。
隷属の首輪だけがその肉塊の首だった場所で鈍く光っていた。


この任務が終わり情報通りのものがあれば、近いうちにこんな首輪ものに意味がなくなる。


無意識にザワザワと魔力が集まり、目が赤くなる。

その時、地下牢へと誰かが降りてくる気配を感じた。
なるべく大人しくしておかなければ…些末な事で計画を狂わすわけにはいかない。

シトールはカビ臭い、簡素なシングルベッドの上で、三角座りをして膝に顔を埋める。目が赤いのがバレるとまずい。

降りてきたのは食べ物の匂いがする、いかにも愚鈍そうな人間の女だった。女と言っても幼体から、やっと成体になったばかり位の。シトールよりは幾らか年上だろうか…
シトールの食事の時間ではないはずだが、女の手には温かいパンやスープがのせてある。

目の色が落ち着いてきたのを感じたので、シトールは訝しげな顔で女を見た。

「あ…いきなりごめんねっ!領主様に内緒でお食事、持ってきたの。もしお腹空いていたら、食べて?」

「別に…いらない」

シトールのつれない態度に、女は明らかにしょんぼりしている。

「そ、そっか…一応ね、ここに置いておくから」

女は牢の外の配膳用の小窓から、食事を入れてきた。

その後、女はポケットからビスケットを取り出すと、そっと先程の肉塊のなるべく側にそれを置いて、祈りを捧げている。
さっきは見えなかったがよく見れば古いビスケットが供えてあり、それを新しいのと交換した様だった。

「本当はちゃんと弔ってあげたいんだけど、あたし一人じゃ何も出来なくて…」

憂いの顔を帯びながら祈る姿が妙に綺麗で…

その姿に目を奪われていると、祈り終わったのかスッと立ち上がり、にこりと微笑んでこちらを見た。

「それね、おじさんと作った自信作なんだ!…じゃあ、あたしは他の子達にもあげてくるから」

また食事の時ね、と言って牢を出て行った。

変な女。それが最初の印象だった。



この時点で決行の日は未決定だった。外からの合図の後、必ず事前の打ち合わせ通りに動く様にと言い含められていた。

ここに買われ、新しく補充された稚児奴隷はシトール含めて三人。辺境伯は毛色の薄いのが好みらしいので、当分シトールの出番はなさそうだ。
闇術師がいないと隷属魔法は使えない。それまでは薬を使って奴隷をいい様に使っているんだろう。反吐が出る。

そんな事を考えているとまた階段を降りてくる音が聞こえる。足音でもう誰かはわかり、警戒を解く。

「あっ!良かった、食べてるんだね」

特に毒も入ってなさそうだし、食べれる内に食べておかないと緊急事態はいつ何時くるかわからない。
そう思ったが別に話す事でもないので沈黙する。構わず女は喋り続けた。

「あたしね、ユラって言うんだ。あなたは?」

「……」

「ま、いっか!黒兎さん。また食事の時ね」

そう言うと肉塊に供えてあった古いビスケットを回収して、新しい物に取り替え、また祈りを捧げてから出て行った。

もう何度目かのユラのする無意味な行動に呆れたが、もし自分が死んだ時にもあの様に祈りを捧げてくれるのだろうかと益体もない事を思った。


ユラが一方的に喋り、気が向けば簡単に返事をする。
そんな日が何日か続いた、ある日。


いつも通りユラが来て配膳を始める。シトールはユラの姿に違和感を覚えた。頬の一部が明らかに腫れ上がっている。

「こんにちは、黒兎さん。…え?ああ、これ?ほら、あたしって見た目通り鈍臭いでしょ?あたしを見てるとイラつく人もいるみたいで…」

シトールが見ているのに気づいたのか、ユラは不自然な位、明るく返した。

シトールはその腫れ方から、男から殴られた物だと察する。

「……誰から?」

自分が出したとは思えない位、低い声が出た。

…何だろう、凄く苛々する。自分の大事な物に手垢をつけられた様な不快感。

「う~ん、愚痴ってもいいのかなぁ?…あのね、昨日たまたま領主様がお帰りになられた所へ遭遇しちゃって、うっかり前に出過ぎちゃってね『この邸に豚は要らん、二度と儂の前に出るな!』って殴られちゃった」

豚、おいしいのにねーと呑気に言うユラはさして気にした様子もない。対してシトールは握り締めた拳から血が出ていた。
そんな自分にシトールが一番混乱していた。


なぜ、こんなに俺は怒っているんだろう。この人間の女が殴られたから、何だと言うのか。


「まぁ、今度から気をつけるよ!スープ冷めない内にどうぞ!」

そう言ってまたお供えと祈りを捧げ終えた後に「他の子にもあげてくるから」といつもの台詞を吐いてユラは去って行った。
シトールは前まで聞き流せていた『他の子』の存在が気になりだす。自分の時と同じ様に施し、屈託なく笑いかけ、にこやかに話しかけているのだろうか。
そう思うと再び苛々してきたシトールは、自身の抱える説明のつかない感情を持て余した。
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