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御伽の国編
第1話「アリスの目覚め」
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おかしな夢を見ていた気がする。それも、とびっきり悪い夢見だった。
目端に残った涙を指で拭き取ってから大きく伸びをする。身体のあちこちで骨が鳴った。
「アリスや、またこんなところで寝入っていたのかい」
聞き覚えのある意地悪そうな声がする。お婆様に違いない。
「木漏れ日の中でするお昼寝の贅沢さが分からないなんて、お婆様はなんて可哀想な人なのかしら」
意地悪には意地悪を返す。これぞ淑女の嗜み。
「そうだよ、あたしゃ可哀想な老婆だよ。ずっとそうさ。アンタの母親がどっか行っちまってからずっとね」
さすがに年の功には叶わない。付け焼刃の意地悪さなんて、お婆様にしてみれば可愛げでしかない。お手上げだ。
立ち上がってスカートの端々を手で払う。特に汚れている訳でもないけれど、汚れを払った、という手続きを踏むのが大事なことであるらしい。これも意地悪お婆様からのお教えだ。
「ところでアリス、あんたに手紙が届いてたよ。確か……そう、あの帽子屋の店主からだったかね」
「ハッターさんから? なにかしら」
あまり良くない予感がするけれど、お手紙をもらえた事はとてもうれしい。ハッターさんはあまりおしゃべりが得意でない人だから、こうしてお手紙をくれることが多い。けれど、決まっていつも良くない事が起こる。
「手紙はキッチンのテーブルの上に置いてあるから、後で見ときな」
お婆様はそれだけ言うとどこかへ行ってしまった。森の奥で開かれるお茶会へ赴いたのだろうか。羨ましい気持ちはあれど、今はハッターさんからのお手紙を確認しなくては。
お婆様のお家はこの国一番のお菓子の家。甘い匂いに誘われて多くの動物たちがお婆様の家を訪れる。でも大丈夫。お婆様の家は魔法の力で食べてしまった所がその都度みるみる内に修復されていく。だから、どんなに欲張っても心配はご無用。
「急がなくちゃ、急がなくちゃ」
「やあアリス、そんな急いでどうしたんだい?」
あと少しというところで引き留められてしまった。
声の主はチェシャ。猫のように愛らしい見た目の私の友達。お気に入りの大きなリボンが今日も可愛らしい。
「ハッターさんからのお手紙を読まなくちゃいけないの」
「そうだったの。引き留めてしまってごめんなさい」
舞台役者のような大袈裟な所作でお辞儀をしたチェシャは、人懐っこい笑みを浮かべてどこかへ消えていく。友達で仲も良いけれど、彼女に関しては知らないことの方が多いと思っているし、実際にそうだろう。
そんなことを考えている内にお手紙の元へ辿り着いていた。
白地に金枠の封筒には、帽子屋さん特製のデザインの封蝋が施されている。間違いなくこのお手紙の差出人はハッターさんだ。嬉しさ半分、不安が半分な気持ちで中身を取り出してみる。
――親愛なるアリスさんへ。
この手紙をお読みになっている頃、あなたはご自身の役割を思い出していると思われます。ですが、どうか考え直してほしい。この世界が君にとっての故郷であることに嘘偽りはないはず。
壊し、捨て置くのは簡単なことです。救い、選び抜くのは対して難しいこと。貴女という人が安易で浅はかな選択を嫌い、難儀だが思慮深い選択を好むお人であって欲しいと願うばかりです。
アリスさん……いや、アリス。良き判断を――。
手紙を読み終えるのと同時に、激しい頭痛に襲われた。
鳥たちのさえずりばかりが聞こえていたはずが、いつの間かに様々な騒音で耳に栓でもされているかのよう。視界はブレたかと思えば霞み始め、平衡感覚が狂って立っていられずその場にへたり込む。
幾本ものナイフで頭を刺されているかのような頭痛にいつしか涙が溢れだし、座っていることさえもままならなくなる。身体が限界を迎えたようにゆっくりと崩れだした。
意識が遠退く間際、誰かが私を見下ろしていた。
目端に残った涙を指で拭き取ってから大きく伸びをする。身体のあちこちで骨が鳴った。
「アリスや、またこんなところで寝入っていたのかい」
聞き覚えのある意地悪そうな声がする。お婆様に違いない。
「木漏れ日の中でするお昼寝の贅沢さが分からないなんて、お婆様はなんて可哀想な人なのかしら」
意地悪には意地悪を返す。これぞ淑女の嗜み。
「そうだよ、あたしゃ可哀想な老婆だよ。ずっとそうさ。アンタの母親がどっか行っちまってからずっとね」
さすがに年の功には叶わない。付け焼刃の意地悪さなんて、お婆様にしてみれば可愛げでしかない。お手上げだ。
立ち上がってスカートの端々を手で払う。特に汚れている訳でもないけれど、汚れを払った、という手続きを踏むのが大事なことであるらしい。これも意地悪お婆様からのお教えだ。
「ところでアリス、あんたに手紙が届いてたよ。確か……そう、あの帽子屋の店主からだったかね」
「ハッターさんから? なにかしら」
あまり良くない予感がするけれど、お手紙をもらえた事はとてもうれしい。ハッターさんはあまりおしゃべりが得意でない人だから、こうしてお手紙をくれることが多い。けれど、決まっていつも良くない事が起こる。
「手紙はキッチンのテーブルの上に置いてあるから、後で見ときな」
お婆様はそれだけ言うとどこかへ行ってしまった。森の奥で開かれるお茶会へ赴いたのだろうか。羨ましい気持ちはあれど、今はハッターさんからのお手紙を確認しなくては。
お婆様のお家はこの国一番のお菓子の家。甘い匂いに誘われて多くの動物たちがお婆様の家を訪れる。でも大丈夫。お婆様の家は魔法の力で食べてしまった所がその都度みるみる内に修復されていく。だから、どんなに欲張っても心配はご無用。
「急がなくちゃ、急がなくちゃ」
「やあアリス、そんな急いでどうしたんだい?」
あと少しというところで引き留められてしまった。
声の主はチェシャ。猫のように愛らしい見た目の私の友達。お気に入りの大きなリボンが今日も可愛らしい。
「ハッターさんからのお手紙を読まなくちゃいけないの」
「そうだったの。引き留めてしまってごめんなさい」
舞台役者のような大袈裟な所作でお辞儀をしたチェシャは、人懐っこい笑みを浮かべてどこかへ消えていく。友達で仲も良いけれど、彼女に関しては知らないことの方が多いと思っているし、実際にそうだろう。
そんなことを考えている内にお手紙の元へ辿り着いていた。
白地に金枠の封筒には、帽子屋さん特製のデザインの封蝋が施されている。間違いなくこのお手紙の差出人はハッターさんだ。嬉しさ半分、不安が半分な気持ちで中身を取り出してみる。
――親愛なるアリスさんへ。
この手紙をお読みになっている頃、あなたはご自身の役割を思い出していると思われます。ですが、どうか考え直してほしい。この世界が君にとっての故郷であることに嘘偽りはないはず。
壊し、捨て置くのは簡単なことです。救い、選び抜くのは対して難しいこと。貴女という人が安易で浅はかな選択を嫌い、難儀だが思慮深い選択を好むお人であって欲しいと願うばかりです。
アリスさん……いや、アリス。良き判断を――。
手紙を読み終えるのと同時に、激しい頭痛に襲われた。
鳥たちのさえずりばかりが聞こえていたはずが、いつの間かに様々な騒音で耳に栓でもされているかのよう。視界はブレたかと思えば霞み始め、平衡感覚が狂って立っていられずその場にへたり込む。
幾本ものナイフで頭を刺されているかのような頭痛にいつしか涙が溢れだし、座っていることさえもままならなくなる。身体が限界を迎えたようにゆっくりと崩れだした。
意識が遠退く間際、誰かが私を見下ろしていた。
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