ときめきざかりの妻たちへ

まんまるムーン

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 (仕事終わりに少し会えない?)
沙也加からメッセージが来た。

 (了解! 時間と場所は合わせるわ。)
朋美はすぐに返信した。

 (じゃあ、きさらぎのムーンフロントカフェで7時に。)
朋美はメッセージを確認すると、また仕事の続きを始めた。





 陽が落ちると急激に温度が下がる。朋美はコートの上からさらにショールを羽織って家を出た。通りの並木はもうチラホラ落ち葉が舞いだしていた。

―もうすぐ今年も終わりか…。
朋美は待ち合わせのカフェへと急いだ。


「朋美!」
カフェに入ると、奥の席で沙也加が手を振っていた。

 朋美は沙也加に手を振り返すと、その席へと向かった。

 つい目で横田の姿を追ってしまう。

 “研修中 横田”

 思い出す度にプッと吹き出してしまう。

「何、一人で笑ってるの?」
沙也加が怪訝な顔で言った。

「あぁ…ごめん。ちょっと思い出し笑い。」
いる訳が無いのに横田を探してしまう自分はマヌケだな、と朋美は思った。

「久しぶりだね! 元気にしてた?」
朋美は言った。

「あぁ…まぁ…いろいろあったけどね…。あんたこそケロっとしてるけど、大丈夫なの? あんな事があったって言うのに!」
沙也加が聞いた。

「…私と青山…、離婚することにしたの。」
朋美は呟いた。

 ハァ…
沙也加は溜息をついた。

「ほんと…ごめん…。」
沙也加はうなだれて謝った。

「何で? 沙也加が謝ることなんて何も無いでしょ?」

「…だって…私、ずっと絵梨の事、面倒見てたから…。」

「当たり前じゃない! 友達でしょ!」

「そうだけど…あんたに申し訳なくて…」

「いいのよ、もう! 私ね、今、凄くスッキリした気分なの。」
朋美はニコっと微笑みかけた。

 そんな朋美を沙也加は上目遣いでジッと見つめた。

「ほんとよ! そりゃあ、あの日はショックで荒れ狂っちゃったけど…。でも…私、自分でも分からないんだけど、青山に未練なんて無いの!」

「そう思い込もうとしてるだけじゃないの?」

「ううん。ほんとよ。今は二人が一緒になった方がいいとさえ思ってる。お義母さんもずっと孫の顔見たがってたし…。」

 ハァ…
沙也加は朋美の言葉を聞いて、また溜息を洩らした。

「あんたは…これからどうすんの?」

「私? そりゃあもう一度シングルライフを満喫するわよ! 仕事いっぱいして、旅行も行って、友達ともたくさん会って…もしかしたらまた恋でもするかもしれないしね!」
沙也加は満面の笑みで言った。

「…そっか。だったらもうとやかく言わない。」
沙也加は朋美に微笑みかけた。

「これ見て!」
沙也加はそう言ってセーターの袖をまくり上げて左腕を突き出し、つけている腕時計を見せた。

「あ!」
朋美は小さく声を洩らした。

 沙也加は朋美を見てフフンと笑った。

「あんたのカルチェ、真似して買っちゃった!」
沙也加は悪そうに笑った。

「お揃いじゃん!」
朋美は言った。

「真似されて嫌じゃないの?」
沙也加に言われて朋美は目を丸くした。

「ずーっとあんたのする事、真似してきたじゃん、私!」
沙也加は身を乗り出して言った。

「…ま…まぁ…そうだったね…。」
朋美はたじろいだ。

「あたしさ、あんたが羨ましくて堪らなかったの。あんたみたいになれない自分が情けなくて…大っ嫌いだった!」

「…沙也加には沙也加の良さがあるじゃない…。」

「私の良さなんて無い! 人を羨んで、妬んでマネばっかりして…本当に嫌な奴だったのよ…。」

「沙也加…そんなに自分を悪く思うものじゃないわ…。」
朋美は自虐的すぎる沙也加をとりなした。

「だけどね…」
沙也加は打って変わって晴れやかな笑顔を向けた。

「私、うちの会社がこのきさらぎに支店を出すことになって、そこのチーフになってくれないかって言われたの!」

「凄いじゃない! おめでとう!」
朋美は心から祝福した。

「…あんたほど凄い仕事じゃ無いけど…。」
沙也加は卑屈に言った。

「またそんな事言う~! 素直に喜びなさいよ!」
朋美は笑って言った。沙也加は朋美の目を見て頷いた。

「私さ、初めて人から自分の仕事を認めてもらったんだ。嬉しくて…生きてて良かった~って思えた。その事があってか分からないけど…最近、気づいたらあんたに対する劣等感が消えていたのよ。いや、あんたに対する劣等感っていうより、自分に課してしまった劣等感だったのかもしれないわ…今思うとね。私は私。あんたになれなくても、私なりに輝いて行けるって分かったの。」

 そう語る沙也加の顔は今まで見た中で一番輝いている、と朋美は思った。

「でもね…チーフになる件は断ったの…。」

「え? どうして?」

「うちの旦那が実家の病院を手伝う事になって、一家で名古屋に引っ越しなのよ!」

「…沙也加は…それでいいの?」

「…初めは正直悩んだ…。自分と子供はこっちに残って旦那だけ名古屋に行ってもらおうかってね…。でもさ…」

「でも?」

 沙也加は眉間に皺を寄せて目を瞑った。

 言うか言うまいか悩んでいるようだった。

 そしてやっぱり言う事に決めたようで、目を見開いて朋美を目をジッと見つめながら話し始めた。

「実は…うちの旦那…浮気してたの!」

―ついに…バレちゃったか…。
 
 朋美は思った。

「相手…誰だと思う?」
沙也加は言った。

「沙也加は相手の事…もう知ってるの?」
朋美が聞くと、沙也加は頷いた。

「朋美…あんた、なんだか落ち着いてるわね…もしかして…相手の事知ってるの?」
沙也加は言った。

「…あ…その…」
朋美は言葉に詰まった。

「酷い! 二人で私の事笑い者にしてたんでしょ!」
沙也加は喚いた。

「そんな事する訳ないじゃない! ごめん! 実はモッコから相談を受けてたの。沙也加はその事をまだ知らなかったしさ、言うと傷つけちゃうかと思って言えなかった。本当にごめんなさい!」
朋美は頭を下げた。

「…なぁ~んて、私が取り乱すとでも思ってる訳?」
沙也加は呆れた顔で言った。

「え?」
朋美は唖然とした。

「そりゃさ、頭に来なかった訳じゃ無いよ。でも、別に体の関係にあった訳じゃ無いようだし、モッコからもう二度と会わないって輝也に言ったみたいだし…。まぁ、プラトニックってのも逆に少し腹立つけどね…。」

「…沙也加は凄いわ。」

「何よ! あんたから言われると、なんだか見下されてるような気分になっちゃう!」

「フフフ…」

「私は向こうでも輝いていける。今ならそう思える。旦那の実家の病院にさ、とんでもないタヌキおやじがいて、そいつがむちゃくちゃやってるらしいからさ、うちの旦那だけじゃ頼りないから私も中に入って戦ってやるつもりなの!」

「そっか。さぞかし旦那さんも旦那さんのご実家も喜んでる事でしょうね! 沙也加が来てくれたら鬼に金棒よ!」

「当然!」
朋美と沙也加はお互い笑顔で見つめあった。

「…モッコはさ、多分あの子から私に連絡なんて出来ないだろうからさ、朋美から言ってくれない? 私は何も知らないし、見てない。これからも私たちの友情は続けていこうって! 名古屋は近いし、その気になればすぐ遊びに来れるんだから。」

「やっぱり強いな…沙也加は…。強くて優しい! いや、優しいから強いのよ! ずっと私の事羨ましかったって言うけど、それ、こっちのセリフだからね!」
朋美はニヤリと笑って沙也加を見つめた。

 沙也加もニヤリと笑って腕にはめている朋美とお揃いのカルチェの時計を見せた。

 朋美もまた同じようにカルチェの時計を見せた。

 アハハハハハハ

二人の笑い声がカフェに響き渡った。


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