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「そうですか~。じゃあ、春から名古屋で…」
満里奈の父、早瀬は輝也に言った。

「妻がついて来てくれると言ってくれまして…。」
輝也は感慨深そうに呟いた。

「じゃあ、純君は向こうの中学に行くことになるんですか…。残念だなぁ…。うちの娘、すごくがっかりしてたんですよ。純君と一緒に通うんだ~って頑張ってたから…。」
早瀬は残念そうに言った。。

「失礼します! お待たせしました。こちらハイボールと…」
輝也たちがいる居酒屋の半個室の席に店員が注文の品を並べた。

「実はね…僕も出身は名古屋で、両親はまだ健在で向こうに住んでいるんですよ。」
早瀬は言った。

「えっ! そうなんですか? 同郷だったとは奇遇だなぁ…。だからかな、早瀬さんとは何故か初対面から気が合うな~って思ってたんです。」
輝也は嬉しそうに言った。

「僕もですよ~!」
早瀬も嬉しそうに言った。

「でねっ! 満里奈に「純君が名古屋に行ったら、じーじとばーばのとこ遊びに行くか?」って聞いたんです! そしたら…「休みの度に行く~!」だって!」
早瀬はニヤニヤした。

「パパ~! ちょっと何言ってんの!」
満里奈は真っ赤になって叫んだ。横に座っている純の顔も真っ赤になっていた。

「純! 良かったな! 満里奈ちゃん、遊びに来てくれるってさ。」
輝也は言った。

「…あぁ~…お…あ…お…」
純は何か言おうとしたが、恥ずかしさで言葉にならなかった。

「こいつね、高校は令成付属受けるって言ってるんですよ。寮に入るって。」
輝也は言った。

「そうなの? じゃあ、高校から一緒の学校だね!」
満里奈は目をキラキラさせた。

「満里奈! 君、まだ合格してないでしょ!」
早瀬は娘に言った。

「私、絶対合格するから! 純君も高校で絶対合格してよ!」
満里奈は純に鼻息交りで言った。

「…う…うん…。」
純は満里奈の勢いに圧倒された。

 満里奈は気合十分にすでに運んでもらっていたデザートのマリトッツォにかぶりついた。

「…早瀬さん…ここ…。」
純は自分の口元を指さして満里奈の口にたっぷり付いたままの生クリームを気づかせてやった。







「…よく奥さん説得出来ましたね。」
早瀬は輝也に言った。

 既に食事はほとんど食べ終わって、酒も何杯か飲んでいた輝也たちは酔いが回っていい気持ちになっていた。

 純と満里奈は店の隣にある書店に漫画を買いに行くと言って出て行った。

「それがもう…僕、バケモノに遭遇したかと思っちゃいましたよぉ~! もううちの嫁の形相ったら、怖いのなんのって! 最初ね、その顔の怖さから、てっきり名古屋に行くのを反対されるのかと思ってたんスけど…よく聞くと、ついて来てくれるって事でね…それならもっと優しい顔で言ってくれりゃあいいのにっ!」

 泣きそうな顔で訴える輝也に同情するように早瀬は輝也の肩に手をポンと置いた。

「…でも…口が悪くても…圧が鬼のようでも…アイツなりに家族の事を考えて、自分の出世まで諦めたんです…。なんか俺…罪悪感と共に…何かある度にこれをネタに、一生アイツに頭が上がらなくなるんじゃないかって…!」
輝也は早瀬に向かって泣き喚いた。

「…状況をお察しするに…この先、奥様の支配下に置かれることは確かなようですね…。」

―いや、あなた、もう前から奥さんに全く頭が上がって無いでしょ…。

 早瀬は心の中でそう思っていたが口には出さなかった。そして二人は首をうなだれた。

「僕ね…ここだけの話なんですけど…好きな人がいるんです…。」
輝也は呟いた。

「えっ?」
早瀬は驚いて輝也を見た。

「早瀬さんの奥さんの話を聞いて…その…こんなこと打ち明けるのはばかられると思うんですけど…早瀬さんに全てを打ち明けたくて…」
輝也は早瀬の目をジッと見た。

「構わないですよ…。浮気の一つや二つ…実は僕にも経験あります…。ここだけの話ですけど…。」
早瀬は輝也を慰めるように言った。

「いや、それは浮気でしょ? 僕は本気で好きになったんです! 生まれて初めての本気の恋なんですよぉぉぉぉぉぉ~。」
輝也は涙をポロポロ流した。早瀬は輝也の背中をさすった。

「僕ねぇ~、家族を捨ててその人と一緒になりたいとか、ましてやその人にも家族を捨てて僕と一緒になって欲しいとか、そこまで求めていた訳じゃ無いんです。そんなに高望みはしないから…ただ週に一度、ショッピングモールで買い物のついでに会って、カフェで他愛もない話をしたかった! それだけなんです!」
輝也は鼻水まで流しながら情けないい顔で言った。

「だけどあの人…大人だから…僕なんかよりずっと大人だから…僕の気持ちを知ってしまった以上、僕らが二人で会う事は誰かを傷つけてしまうって…だから…もう会えないって…ウッ…ウッ…ウッ…うわぁ~ん。」
輝也は肘で涙を拭った。

「…だから高橋さん、名古屋行きを決めたんだ…。」
早瀬は言った。

「…はい。」
輝也は肩をひくつかせて泣いた。早瀬は輝也の背中を優しく撫でた。

「ところで…早瀬さんのお宅はその後どうなったんですか?」
輝也は聞いた。

「あれからですね…家内と腹を割って話し合ったんです。高橋さんのアドバイスのおかげで、向こうも僕がやっと理解してくれて嬉しいって…涙を流して喜んでくれまして…。」

「そうでしたか~! いや、良かった! 本当に良かったですね!」
輝也は感無量になり早瀬と乾杯しようとグラスを持ち上げた。

「でもね…それとこれとは別! って…」
早瀬が真顔になって呟いた。

「え?」
輝也の手が止まった。

「人生最後の恋なのよ~! 走り出した列車はもう止まらないの! って…。」
早瀬は呟いた。

「なんなんスかそれ! ったく意味わかんね!」
輝也は自分の事のように怒りを露わにした。

「とにかくもう少し様子見です。どうしても事態が変わらないのであれば、満里奈は僕が育てます。」
早瀬は言った。

「…そうですか。」
輝也はそれ以上何も言えなかった。

「女って…わかんね~!」
二人は叫んだ。

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