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しおりを挟む朋美はカーテンから漏れる光で目が覚めた。
―ここは…。
ホテルのベッドの上だった。起き上がると頭に激痛が走った。
―夕べ…そうよ! 横田さんとバーで…
朋美の頭の中に横田とこのベッドの上でキスした光景がフラッシュバッグした。
ハァ…
朋美は頭を抱えた。
サイドテーブルに置いてあるペットボトルの水を飲んで、カーテンを開けた。
あまりの眩しさに目を逸らした。
慣れてくると、外には慌ただしい大都会の朝の光景が広がっていた。
朋美は窓際のソファに座ってボーっと窓の外を眺めた。
昨日は最悪の一日だった…。
絵梨から和也の子を身ごもっていると聞かされ、バーでは和也が怒鳴込んできて、横田とは…。
朋美は何から考えていいのか分からなくなった。
その時、部屋のチャイムが鳴った。
扉を開けるとスタッフの女性がハイブランドの大きな紙袋を何個も抱えて立っていた。
「横田様からのお届け物をお持ちしました。」
スタッフの女性はニッコリして言った。
「横田さんから?」
朋美は荷物を受け取ると、ベッドの上に置いて、一つ一つ開封した。
中には、洋服や化粧品、なんと下着まで入っていた。
―ハァ?
その時、部屋の電話が鳴った。
「もしもし…」
「おはよ~! 朋美さん! 朝食一緒に食べない?」
横田は能天気に話しかけた。
「…あの…横田さん!」
朋美は顔をひくつかせながら話した。
「このお品たちは何なの?」
「あぁ、受け取ったんだね! ほんとはさ、一緒に選べれば良かったんだけど、あんまり早く起こすのもなんだしね…。朋美さんに似合うかな~と思って勝手に選んじゃった!」
横田は嬉しそうに言った。
「…いや…そうじゃなくて…おかしいでしょ! 付き合っても無い人妻に下着まで持ってくるのって! てかサイズも合ってるし! あなたもしかして昨日、私が寝た後、私の服を脱がしたの?」
朋美はキレ気味に言った。
「そんなに怒らなくても…。脱がすなんてしてないって! サイズなんてなんとなく見た目で分かるよ。朋美さん、泊まる予定無かったわけだし、着替えに困るかなぁ~って気を利かせたつもりなのに…。」
電話越しでも分かるくらい横田はしょぼくれていた。
「…ごめんなさい。ちょっと言い過ぎた…。」
思えば夕べ、憂さ晴らししたかった自分に付き合ってくれたのも、介抱して部屋まで運んできてくれたのもこの人だった。
「じゃ、ご飯食べるっ? 俺、最上階のレストランにいるんだけど、部屋まで迎えに行こうか?」
横田はコロッと態度を変え、ご主人様に尻尾をふる犬のように朋美に聞いてきた。
「ちょっと待ってて、準備してそっちに行くから。」
朋美は電話を切って、シャワーを浴びにバスルームへ行った。
レストランに行くと、窓際の席で横田がニコニコしながら手を振っていた。
「うわ…似合う!」
横田はのけぞった。
「こういう感じが好きなの?」
朋美が横田に聞いた。
横田が選んだ朋美の格好は普段あまりしないようなカジュアルな物だった。
「こういう感じも好き。いつものシャキっとした感じも好き!」
横田はデレ~っとニヤケながら言った。
「…服はボーイッシュなのにさ…何で下着があんなにセクシーなのよっ!!! このド変態っ!!!」
朋美は眉間に皺を寄せて横田を思いっきり睨んだ。
横田はキュっと目を瞑ってイタズラがバレた少年のように笑った。
爽やかな朝の光溢れる中、テーブルの上には美しい朝食が運ばれてきた。
「…横田さん…何でそんなに私の事好きなの? たいした付き合いも無いし、私の事そんなに分かって無いのに好かれてるって…正直ちょっと…何かあるんじゃないかって…ドン引きしちゃう!」
「くぅ~! そういうド直球、イイッ! 日本人には少ないよね。」
横田は温野菜を口に入れながら上目遣いで見た。
「しかしさぁ~、女の人って、そういうのこだわるよね~。でもさ、好きな物は好きなんだからしょうがなくない?」
横田はしょぼんとして言った。
「だって、やっぱり中身に惹かれたって思われたいでしょ? あまり私の事知らないのに好きって言われたら、外見で判断されてるのかと思っちゃう。」
「外見で判断しちゃダメなの?」
「そりゃあそうでしょ! 物じゃないんだから! 商品みたいに思われるのは心外だわ!」
「俺だって外見だけで判断してないよ。でもさ、この年になったらさ、外見を見たらその人がどんな人生を歩んできたかって…たいていの事は分かるよ。一日中家でゴロゴロしてジャンクフードばっか食べて何もしないような人が朋美さんのような外見してる?」
「…それは…どうだか知らないけど…でも…」
「もちろん中身が一番大事だって思ってるよ。だから朋美さんと会っているうちに好きになったんだもん。ちゃらんぽらんに見えるかもしれないけどさ、こう見えて俺…けっこう苦労もしてきたし、数々の修羅場も潜り抜けてきたのよ。経験上、しばらく見てたらある程度その人がどんな人間かくらい分かるよ。」
「…。」
「好きな物は好き! 朋美さんの顔も性格も、センスも仕事ぶりも、気の強さも弱さも、飲むと子供みたいになるとこも、ぜぇ~んぶ好きっ!」
横田は満面の笑みで朋美に言った。朋美は顔が真っ赤になった。
「俺と再婚する気になった?」
「またそういう事を…。」
横田と話していて気を紛らわしていたけど、今日、和也の母親が来ることになっている。朋美の表情は暗くなった。
「…旦那とはどうするつもり?」
横田は聞いた。
朋美は溜息をついた。
「…実は今晩、義母がうちに来ることになってるの。絵梨の事をその時打ち明けようと思ってる…。」
「絵梨さんはその事を朋美さんの旦那に言うつもり無いって言ってたんじゃない?」
「でも…絵梨のお腹の子供は日に日に大きくなるわ…。後回しにしていい問題じゃない。」
「ま…そうだけど…」
「私…和也と別れるつもり…。お義母さんだって、孫が出来るとなると反対しないでしょ。もともとずっと私に早く孫の顔を見せてって迫ってた訳だし…。子供もこのままじゃ私生児になってしまう…。これが一番自然だわ…。」
「…自然って…それじゃあ朋美さん一人が苦しむだけじゃないか!」
横田はそう言ったが、朋美は何故か昨日程の痛みを感じなくなっていた。
―もしかすると私は…そんなに和也の事を愛していた訳じゃ無いのかもしれない…。
そう感じる自分は、つくづく冷たい人間なのだと朋美は思った。
ーあっさり別れられるような情の無い妻を持つ和也は、ある意味可哀そうだったのかもしれないわね…。まぁ、私の頭の中でいつの間にか認知的不協和を解消するためにそう思えているのかもしれないけど…。
「俺も付いて行こうか?」
横田が身を乗り出して言った。
「…そんな事したら、ますます話がややこしくなっちゃうじゃない! それに私、和也と離婚するからと言って、あなたと付き合うなんて考えて無いから!」
朋美は笑った。
「それはどうだか?」
横田はコーヒーを飲みながらニヤリと笑った。
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