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 モッコはあの日以来、ずっと気持ちが沈んでいた。

 何かに熱中していないと、すぐに輝也の顔が浮かんできてしまう。

 気持ちを集中させるために、モッコは庭の手入れをしたり、早めの大掃除をしたりして気分を紛らわせた。

 ダイニングの食器棚から食器を全て出して、中を綺麗に拭き掃除し、そしてまた一つ一つ丁寧にしまった。

 ガラス張りの飾り棚にはお気に入りの食器を飾っていた。

 モッコはそっちも同じように食器を一つ一つテーブルの上に並べて言った。

 一番上の段に、アンティークマーケットで輝也にプレゼントしてもらった一輪挿しが置いてあった。

 モッコはそれをそっと手に取った。


“…モッコさんに似合うと思って…”

 顔を赤らめながら呟く輝也の顔が浮かんだ。

 モッコは涙を浮かべて一輪挿しを愛おしそうに撫でた。

―…ダメ。輝也さんの事…好きじゃないと言ったら嘘になるけど…私にとって一番大事なのは子供たちだわ…。あの子達を守れるのは私しかいない! 

 モッコは自分の気持ちにケジメを付けた。

 その時、浩太が帰ってきた。

 モッコは急いで涙を拭って玄関へ行った。

「…早かったのね。」

「あぁ。…子供たちは?」

「スイミングに行ってるわ。」

「…そうか。」

 モッコはテーブルの上を片付けて夕食の準備を始めた。

 と言っても、ランチョンマットをしいて、お皿を並べただけだった。

 夕食は既に作り置きしてあるので、子供たちが帰ってきて温めるだけだった。

 浩太は自分の部屋に行き、着替えてリビングにやって来た。

 ソファに座ったものの、どこかソワソワしている。


「…おまえ…あの話…考えてくれた?」
浩太が言った。

「…あの話?」

 モッコは輝也の事で頭が一杯になって、浩太が持ち掛けた離婚の話などすっかり忘れ去っていた。

「ハァ…全く…。離婚の話だよ! 充分考える時間をやっただろ?」
浩太はウンザリしながら言った。

ーあれは…その場の勢いなんかじゃなくて…本気だったの?

 モッコはいまだに信じられなかった。

「理由は? 何で離婚したいと思ったの? それくらい教えてくれてもいいでしょ?」

「…それは…その…性格の不一致だよ!」
浩太はやけっぱちになって言った。

「せ…性格の…不一致ですって? 私の性格の何が問題なの? 今までだって、一生懸命家族の為に尽くしてきたわ!」
モッコはだんだんと怒りが芽生えてきた。

「そ…そういう恩着せがましいとこだよ! それにおまえのvlogだって、本当はウンザリなんだよ! 何回も何回も同じ事させやがって!」
浩太は強い口調で言った。

「…酷い。趣味くらいいいじゃないの! 借金を作ったわけでもなければ、家事をおろそかにしたわけでもないのに!」
モッコは叫んだ。

「…子供はどうするのよ! まだ二人とも小学生なのに!」
モッコは言った。

「子供は大人になるまでちゃんと面倒見る! 経済的に困らせたりしない! この家だって、おまえにやる! おまえの就職先も知り合いを当たって見つけてやる!」
浩太は言った。

「何…それ…。あなた一人で勝手にそんな事まで決めてるの? 私の気持ちはどうでもいいって事?」

「だから今まで考える時間与えただろう!」
夫の言葉にモッコはワナワナと震えた。

―私は…輝也さんの気持ちを絶ってまで、家庭を守ろうとしたのに! なのに、この人はいともあっさりと家族を捨てるというの?

「…女でも…出来たんでしょ?」
モッコはカマをかけた。

 どうせ浩太にそんな甲斐性ある訳が無いと思っていた。

 しかし、浩太の動揺ぶりは酷く、普段鈍感なモッコですら、それは一目瞭然だった。

「…いるの? 嘘でしょ?」
自分で言ったにも関わらず、モッコは信じられなかった。

「おまえ、俺の事、バカにしてるだろう? こんな冴えない中年男を好きになってくれるような女、いる筈ないって思ってんだろ!」

「誰なの?」

「そんな事、言う必要ない。」

「相手が誰なのか分かるまで離婚届に判は押さないわよ!」
普段穏やかなモッコが見せたことの無いような強い態度に浩太はたじろいだ。

 そして結局白状した。

「子供らのダンスのユナ先生だよ…。」

―え? 冗談でしょ!

 モッコの頭の中は真っ白になった。

―あんなに綺麗で若い女の人が、よりによってうちの主人なんか、好きになる訳ないじゃない!

「あなた、それ、あなたの一方的な勘違いじゃないの? ユナ先生の気持ちも確かめたの? 彼女もあなたと一緒になりたいって思ってるの?」
モッコは浩太に詰め寄った。

「おまえ、とことん俺をコケにしたいようだな。いいさ、バカにするだけしてろ!」

 浩太はそう言うと自分の身の回りの物をスーツケースに詰め、家を飛び出して行った。

―嘘よ…。きっとあの人は騙されているんだわ…。だって…私と同じで…あの人も、モテたことなんてないんだから…。


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