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「待った?」

 沙也加のマンションがある弥生が丘駅で二人は待ち合わせた。

 きさらぎガーデンヒルズ駅にも産婦人科があるが、もしも知っている人間に見られては困るので、わざわざ二駅先のこの街の病院に行くことにした。

「ううん。さっき着いたとこ。」
絵梨は相変わらず顔色が悪かった。

「寒くない? ほら、ショール持って来たからかけときな!」
沙也加はショールをバッグから取り出すと絵梨の肩にかけた。

「沙也加…私…沙也加がいなかったらどうなってたか…。本当にありがとう…。」
絵梨は涙ぐんだ。

「そんな弱気でどうすんの? さ、病院行こ!」
沙也加は絵梨の腕に自分の腕を組んできた。

 絵梨は泣きそうな顔で沙也加に笑顔を向けた。






「妊娠5週目ですね。」
医師は絵梨に告げた。

「ここ、分かりますか? これが胎嚢です。」

 モニターを見ると、小さな豆粒のような存在が確かにあった。

 絵梨の目から思わず涙がこぼれた。

 一度涙が溢れ出すとなかなか止まらなかった。

 絵梨はハンカチで目を押えながら何度も何度もモニターを眺めた。

―愛しい…。





「どうだった?」
沙也加は診察室から出てきた絵梨に駆け寄った。

「5週目だって。」
絵梨は沙也加にさっきプリントしてもらったエコー写真を見せた。

「可愛いでしょ?」
絵梨は目を細めて言った。

「可愛いって…まだ豆粒でしょ!」
沙也加は笑った。

「それでも私…この子が可愛くて愛しくて…堪らないの。」
絵梨はハンカチで涙を押えた。

「…で、どうするつもり?」
沙也加は真剣な顔で聞いた。

「産みたい。私…この子を産む!」
絵梨の声はか細かったけれど、沙也加を見つめる視線は力強かった。

―この子にとって、他の選択肢は無いという事ね…。

 沙也加も自分の中で覚悟を決めようとした。

「…分かった。じゃあ、これからの事を話しあいましょう。」
沙也加は絵梨の手を取って言った。

 絵梨は泣きそうな顔で心強いこの友人に向かって微笑んだ。

「それから…状況的に言っていいのか分からないけど…私くらいは言わせて…。」
沙也加は呟いた。

 絵梨はどんなきつい事を言われても当然だ、と覚悟した。

「おめでとう。」
沙也加は真っすぐ絵梨の目を見て言った。

「…沙也加。」
絵梨は拍子抜けして思わず泣きだしてしまった。ベソをかいた子供みたいな顔で肩を震わせてポロポロと涙を流した。

「…あぁ、あぁ、ったく…鼻水まで垂れ流して…。あんた、ものっすごくブサイクよ!」
沙也加は苦笑いしながら言った。

 絵梨はそう言われて、止まらぬ涙をハンカチで拭いながら笑った。






 
「モッコさ~ん!」
輝也は向かいのバス停から大きく手を振った。

 さっき到着したバスに乗っていたようだ。

 モッコの乗ったバスは既に5分前に着いていて、モッコはバス停のベンチに座って待っていた。

「おはようございます! …あれ? 沙也加は~?」
モッコは輝也に向かって叫んだ。

 輝也は信号が変わると急いで横断歩道を渡ってモッコの元へ来た。

「すみません! 待たせちゃいましたよね?」

「ううん、私もさっき来たとこ。あの…沙也加は一緒じゃないの?」

「あぁ、あいつは用事があるらしくて、後で合流するから先に行っといてって…言ってました。」

「そうなの…。」

―沙也加がいないんじゃ…気まずいな…。でも…用事があるんだったら、しょうがないよね…。

「行きましょうか!」
輝也は嬉しそうに笑顔で言った。

 会場に続く通りはすでに人がたくさんいた。皆、大きなバッグを持ってきている。

 モッコは入り口で案内図を貰うと、ペンを取り出してチェックをし始めた。

「モッコさん…さすが常連さんって感じですね!」
輝也は感心して言った。

「そんな事無いわよ~! ただね、人気の作家さんのブースなんかは、早めに行かないとすぐに無くなっちゃうの!」

「そうなんだぁ~。」

 マーケットはアンティーク雑貨だけでなく、花屋や飲食店、手作り作家たちも出店していた。

「よしっ! いざ出陣するわよ~!」
モッコは気合を入れた。輝也もモッコにつられて拳を握りしめた。






 3時間後…

「モッコさん、かなり買ったね~!」
輝也はニコニコしながら移動販売車で買ったカフェオレを両手に持って、モッコの座るベンチへ戻ってきた。

「ありがとう!」
モッコは輝也からカフェオレを受け取ると、笑顔でお礼を言った。

「…美味しい。」
モッコはまだ熱いカフェオレをフーフー吹きながらゆっくり飲んだ。

「美味しいね。」
輝也はそんなモッコを愛おしそうに眺めながら言った。

 モッコが振り向くと輝也は目を細めて笑った。

「それにしてもモッコさん…すごい荷物だね…。」

「そうおっしゃる輝也さんこそ、けっこう買ったんじゃない?」

「俺? そんな事ないよ。ほとんどがクッキーとかジャムとか食い物系だし…。あ、でもこれは今日イチの戦利品だなぁ~!」

 輝也はバッグから厳重に包まれた物を取り出した。

 そしてその包みを開けてモッコに手渡した。

「素敵ね…。これ…私もいいなと思ったのよねぇ~。」

 それは小さな一輪挿しだった。

 青白い白の陶磁器で、水色で繊細な花模様が描かれている。

 モッコは一輪挿しを両手の上に乗せてウットリと眺めた。

「…モッコさんに似合うと思って…。」
輝也はボソッと言った。

「え?」
モッコは振り返って輝也を見た。

「何か…プレゼント…したかったんだ…。」
輝也は真っ赤になった。

「そんな! 申し訳ないわ!」
モッコは困惑した。

「モッコさん…正直に言う…。俺、あなたの事が好きなんだ!」

 輝也は真っすぐモッコを見て言った。


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