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しおりを挟む絵梨はその日、都内で仕事だった。
大きな展覧会の通訳の仕事が入っていたのだった。
今朝、目が覚めた時、体が重くてなかなか起き上がれなかった。
少し熱っぽくもあり、風邪を引いたのかもしれないと思った。
しかし今日の仕事は急に代わりを頼めるものではなかったので、体に鞭を打って現場へ向かった。
あれからずっと、和也と会っている。
和也は毎日のように絵梨の元へ会いに来た。
絵梨は ダメだと分かっていても、和也を拒めないでいた。
絵梨はふと、朋美の幼馴染だった慶介の事を思い出した。
―私はどうして朋美の物ばかり奪ってしまうんだろう…。本当に最低だ…。最低の女だ…。
絵梨は自分の事が嫌で堪らなくなった。
罪悪感に苛まれていると、吐き気がしてきた。
急いでトイレへ駆け込み戻そうとしたが、もともと食欲が無くて朝から何も食べて無いせいで吐くことも出来なかった。
うがいをして鏡を見ると、前にも増して青ざめた自分の顔が映った。
―なんて顔してるんだろう…。
絵梨は朋美の事を思い浮かべた。
益々自分が情けなくなり、非の打ちどころのない健康的な朋美を羨ましく思った。
仕事は無事に終わり、なんとか一日をこなすことが出来た。
関係者から食事に誘われたが、絵梨は体調が悪い事を理由に足早に会場を去った。
電車は案の定満員で、絵梨はフラフラしながらつり革にぶら下がった。
その時、前に座っている女性から声をかけられた。
「絵梨じゃない!」
見ると、沙也加だった。
「あら…沙也加も今帰りなの?」
「まぁ…ね。ってかあんたさ、顔が真っ青じゃない? ここ、座んなよ!」
沙也加は絵梨に自分の座っていた席を譲った。
「ありがとう…。」
絵梨はへたり込むように席に着いた。
ただでさえ体調が良くないのと、満員電車内の空気の悪さで吐き気がしていた。
沙也加が席を代わってくれて本当に助かったと感謝した。電車はきさらぎガーデンヒルズ駅に着いた。
「じゃあ、私はここで…」
絵梨はフラフラしながら立ち上がって言った。
「…私も降りるわ。」
沙也加は絵梨の腕を支えた。
―そう言えば沙也加は、昔から口は悪いけど根は優しい子だった…
絵梨は沙也加の親切を嬉しく思った。
二人はそのままエスカレーターを登り改札を抜けた。
沙也加は絵梨の顔を覗き込んだ。
「ちょっと休んでいかない? うちは今晩旦那の食事はいらないし、息子は塾に行ってるから私一人なのよ。絵梨…歩くのも辛いんでしょ? あんた一人暮らしだし、こんな状態で家に帰っても料理なんか出来ないでしょ? 何か食べて行こ!」
沙也加が言った。
絵梨は料理どころか買い物すらしていなくて冷蔵庫もカラッポだった。
二人が入ったのは横田の経営するカフェだった。
「あれ? 絵梨さん!」
横田が絵梨に気付いた。絵梨は小さく会釈した。
「誰? 知り合い?」
沙也加が聞いた。
「はい…。僕、絵梨さんのちょっとした知り合いなんです。」
横田はニヤニヤしながら沙也加に言った。
「そうなんですか…。」
沙也加は頷きながら横田を見た。
―まさか絵梨の彼氏?
「私、シーフードドリア! 絵梨は何にする?」
「私…ミネストローネ。」
「そんだけ? ちゃんと食べなよ! 食べないからそんなにフラフラなんだよ!」
沙也加はそう言ったが絵梨はスープだけ注文した。
「熱は…?」
沙也加は絵梨の額に手を当てた。すこし暖かいが平熱より少し高いくらいだった。
「…働き過ぎじゃないの?」
「…そうかもね…。」
絵梨は俯いた。
しばらく二人はお互いの近況などを話した。
実際、話のほとんどは沙也加の愚痴だった。
絵梨は久しぶりの友人との会話で気分転換が出来たのか、体調の悪さを紛らわせた。
「お待たせしました! シーフードドリアです!」
横田が沙也加の前にシーフードドリアを置いた。
その場にいい香りが漂った。
絵梨はその匂いを嗅ぐと、突然吐き気を催し、口をハンカチで覆うとトイレに駆け込んだ。
沙也加は驚いてその様子を見ていた。
横田もそんな絵梨を見て、何か考え込んでいた。
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