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しおりを挟む―会って…もうこれ以上会わないと伝えよう…
絵梨はバッグとコートを手に取って、玄関を出た。
エントランスを出ると、道路の向かいに和也の乗った車が止まっていた。
和也は絵梨に気付いて手を振って車の中から出てきた。
「どうぞ!」
和也は助手席に回り込んでドアを開けた。
絵梨は会釈をして中に入った。
和也はドアを優しく閉じると運転席へ回り、中に乗り込んだ。
「あの…青山さんが管理会社に掛け合って下さったんですね…。ありがとうございました。」
絵梨はお礼を言った。
「大したこと無いよ。」
和也は笑顔で言うと、エンジンをかけた。
「警察からも連絡あったんです。今後はパトロールを強化してくれるって言ってました。本当に何から何まで…私のせいでご迷惑おかけしてしまって…」
絵梨は俯いた。
「迷惑じゃないよ。」
和也は優しく微笑んだ。
車はきさらぎガーデンヒルズ駅を通りすぎ、大きな幹線道路へ出た。
「…あの…どこへ行くんですか?」
「…どこだと思う?」
絵梨には検討がつかなかった。
和也は絵梨をチラと見てクスっと笑った。
和也は喫茶店のような建物の駐車場に車を止め
「着きました!」
と言って助手席のドアを開け、絵梨に手を差し伸べた。
「…ここは…」
古民家風の建物に大きな看板があった。
豆柴カフェ
「入ろう!」
和也は絵梨の手を引っ張って中に入った。
中に入ると可愛い豆柴犬たちが一斉に二人を見た。
「わぁ! 可愛い!」
たくさんの豆柴に囲まれて、絵梨の顔はたちまちパァ~っと明るくなった。
「よしよし! いい子だねぇ~!」
絵梨は豆柴を撫でた。
和也は嬉しそうな絵梨を見て目を細めた。
「やっと笑顔になった。」
「あ…」
絵梨は我に返って、また表情が硬くなった。
和也は優しく微笑みかけながら絵梨の頭にポンポンと手をやった。
そして二人は童心に戻って犬と戯れた。
豆柴カフェを出た後、和也は港の見えるレストランに絵梨を連れて行った。
二人は窓際の席へ案内された。
窓からは夜景が綺麗に見えた。
「何を食べますか? お嬢さん!」
和也はふざけて言った。
「…私は…その…申し訳ないです…こんなとこまでついてきちゃって…」
「何、言ってんの! 俺が誘ったのに…。ま、遠慮するだろうとは思ったけど…ほんとに遠慮するね~! じゃあ、俺が勝手に選ぶよ!」
和也はウェイターに注文した。
「…私…今日はちゃんと言おうと思って…それで…」
俯きがちな絵梨は青ざめていた。
「…何を?」
和也はテーブルに両肘をつき、組んだ両手に顎を乗せた。
「もう…青山さんには会いません…。」
「…。」
「だって…青山さんは朋美の旦那さんなのに! 朋美は大事な友達なのに…。」
「…。」
絵梨はわなわなと震えていた。
和也は何も言わず、ジッと絵梨を見つめていた。
そしてしばらく考えた後、言った。
「…分かった。」
もちろんそのつもりだったとはいえ、あまりに物分かりのいい和也に絵梨は正直驚いた。
そして和也が望み通り自分の気持ちを汲み取ってくれたというのに、絵梨の心は鈍い痛みを感じた。
いけないと思いつつ目が潤んできた。
そして今にも涙が零れ落ちそうなのを必死で堪えた。
「…君が…もう大丈夫だって…ちゃんと見届けたら、もう会わないって誓うよ。」
和也はじっと絵梨の目を見て言った。
絵梨は顔を上げ和也を見ると、堪えていた涙がついに落ちてしまった。
「…ごめん。君の気持ちを考えると…今日だって会うべきじゃなかったよな…。でも…俺、どうかしちゃってるんだ…。」
和也は絵梨の手を取り、両手で愛おしそうに包み込んだ。
「君の事が…頭から離れなくて…もうおかしくなりそうなんだ…。」
和也は両手で包み込んだ絵梨の手を自分の額に当てて溜息をついた。
和也はチェックインを済ますと、俯いて後ろに立っていた絵梨の背中に手を回し、エレベーターに乗り込んだ。
そして部屋のロックを解除して中へ入った。
カーテンを開けると、横浜の夜景が眼下に広がっていた。
二人は無言だった。
敢えて何も言わなかった。
その方が良かった。
和也は両手で俯いている絵梨の顔を上げ、そして優しくキスをした。
和也は絵梨をギュっと抱きしめた。
絵梨も和也の背中に手を回してそれに応えた。
和也は自分の上着を脱ぐと絵梨の上着も脱がし、そのまま抱きかかえベッドに連れて行った。
お互い目だけで会話をしているようだった。
美しく煌めく夜景も目に入らないほど、二人は無我夢中でお互いの体を貪りあった。
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