ときめきざかりの妻たちへ

まんまるムーン

文字の大きさ
上 下
60 / 101

60

しおりを挟む



 絵梨が自宅のマンションに戻ると、マンション前に大きなトラックが止まっていた。

 チェーンソーのような音がする。

 近寄って見て見ると、絵梨の部屋の前にまで伸びていた敷地内の大きな大木の枝が切り倒されようとしていた。

 先日の不審者は、その枝を伝って絵梨の部屋のベランダに忍び込んだのだ。

―もしかして…

 絵梨はスマホを取り出した。

(今、業者がうちのマンションの木の枝を伐採してるんですけど、もしかして青山さんが不動産屋と交渉して下さったんですか?)

 絵梨はメッセージを送った。するとすぐに返事が来た。

(そうか。対応早くて良かった)

 スマホの画面を見て、絵梨の心は温かくなった。

 和也に守られているような気がして、心臓がキュっとなり、鼻先がツンとした。

 天涯孤独の生活に慣れていたのに、誰かの優しさを感じて改めて自分の弱さを知った。

 人差し指で涙を拭っていると、スマホが鳴った。


「もしもし…」
和也だった。

「…はい。」
絵梨は泣いているのが悟られないように気を付けて返事をした。

「俺…今仕事終わったんだ。帰りに寄るから…いい?」

「…え…」
絵梨は戸惑った。

 あんな事があった以上、和也に会ってはいけないと思っていたのに。

「…あ…あの…」

「俺、今日、車なんだ。マンションに着いたら連絡するから出てきて!」

「…あ…」

 絵梨が返事をする前に和也は電話を切った。

 絵梨は動揺した。

 心臓がバクバク音を立てて鳴っている。

 本心を言えば和也に会いたい。

 でもそれは許されることではない。

 自分はもう罪を犯してしまっているのだから…。

 絵梨は自分の部屋へ戻ると、冷蔵庫を開け、コップに水を注ぎ入れた。

 そしてそれを一気に飲み干した。それでも動悸は治まらない。

―どうしよう…。




 和也はあの事件の次の日、絵梨のマンションの管理会社と警察に連絡していた。

 本当は引っ越すのが最善なのだろうが、すぐにという訳にはいかないだろう。

 それは追々手助けしようと思った。

 絵梨のマンションに向かう道すがら、いろんな想いが頭に浮かんだ。

 朋美や両親の顔、今まで自分が歩んできた非の打ちどころの無い人生…。

 もちろん今まで浮気しなかったとは言わない。

 朋美の預かり知らぬところで一度や二度の遊びはあった。

 しかしその程度の浮気は、男なら誰しも経験あるものだ。

 自分の人生を転覆させるような事では無い。

―しかし今回は訳が違う…。

 和也は分かっていた。

 このまま先へ進んではいけない。

 今、立ち止まらなければならないのだと。

 しかしそう思えば思うほど絵梨の顔が浮かんでくるのだった。

 それは儚く、今にも消えてなくなってしまいそうな美しさだった。

 和也はあの件以来、絵梨の事ばかり考えている。

 頭から離れないのだ。自分でも理性的な男だと思っていた。

 実際そうだった。

 朋美と恋に落ちた時ですら、全く自分の心をかき乱されるような事は無かった。

 しかし絵梨の事を考えると、胸が苦しくなって、自分がどうにかしてやりたいという気持ちになるのだった。




(下にいるよ)

 和也からメッセージが来た。

 絵梨は和也から電話があってからずっとスマホを握ったままだった。

―どうしよう…。どうしたらいいの?

 絵梨はベランダに出た。

 下を見ると、和也の車らしき大きな外車が止まっていた。

 鼓動がさらに激しくなった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

幼馴染以上恋人未満 〜お試し交際始めてみました〜

鳴宮鶉子
恋愛
婚約破棄され傷心してる理愛の前に現れたハイスペックな幼馴染。『俺とお試し交際してみないか?』

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...