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しおりを挟む絵梨が自宅のマンションに戻ると、マンション前に大きなトラックが止まっていた。
チェーンソーのような音がする。
近寄って見て見ると、絵梨の部屋の前にまで伸びていた敷地内の大きな大木の枝が切り倒されようとしていた。
先日の不審者は、その枝を伝って絵梨の部屋のベランダに忍び込んだのだ。
―もしかして…
絵梨はスマホを取り出した。
(今、業者がうちのマンションの木の枝を伐採してるんですけど、もしかして青山さんが不動産屋と交渉して下さったんですか?)
絵梨はメッセージを送った。するとすぐに返事が来た。
(そうか。対応早くて良かった)
スマホの画面を見て、絵梨の心は温かくなった。
和也に守られているような気がして、心臓がキュっとなり、鼻先がツンとした。
天涯孤独の生活に慣れていたのに、誰かの優しさを感じて改めて自分の弱さを知った。
人差し指で涙を拭っていると、スマホが鳴った。
「もしもし…」
和也だった。
「…はい。」
絵梨は泣いているのが悟られないように気を付けて返事をした。
「俺…今仕事終わったんだ。帰りに寄るから…いい?」
「…え…」
絵梨は戸惑った。
あんな事があった以上、和也に会ってはいけないと思っていたのに。
「…あ…あの…」
「俺、今日、車なんだ。マンションに着いたら連絡するから出てきて!」
「…あ…」
絵梨が返事をする前に和也は電話を切った。
絵梨は動揺した。
心臓がバクバク音を立てて鳴っている。
本心を言えば和也に会いたい。
でもそれは許されることではない。
自分はもう罪を犯してしまっているのだから…。
絵梨は自分の部屋へ戻ると、冷蔵庫を開け、コップに水を注ぎ入れた。
そしてそれを一気に飲み干した。それでも動悸は治まらない。
―どうしよう…。
和也はあの事件の次の日、絵梨のマンションの管理会社と警察に連絡していた。
本当は引っ越すのが最善なのだろうが、すぐにという訳にはいかないだろう。
それは追々手助けしようと思った。
絵梨のマンションに向かう道すがら、いろんな想いが頭に浮かんだ。
朋美や両親の顔、今まで自分が歩んできた非の打ちどころの無い人生…。
もちろん今まで浮気しなかったとは言わない。
朋美の預かり知らぬところで一度や二度の遊びはあった。
しかしその程度の浮気は、男なら誰しも経験あるものだ。
自分の人生を転覆させるような事では無い。
―しかし今回は訳が違う…。
和也は分かっていた。
このまま先へ進んではいけない。
今、立ち止まらなければならないのだと。
しかしそう思えば思うほど絵梨の顔が浮かんでくるのだった。
それは儚く、今にも消えてなくなってしまいそうな美しさだった。
和也はあの件以来、絵梨の事ばかり考えている。
頭から離れないのだ。自分でも理性的な男だと思っていた。
実際そうだった。
朋美と恋に落ちた時ですら、全く自分の心をかき乱されるような事は無かった。
しかし絵梨の事を考えると、胸が苦しくなって、自分がどうにかしてやりたいという気持ちになるのだった。
(下にいるよ)
和也からメッセージが来た。
絵梨は和也から電話があってからずっとスマホを握ったままだった。
―どうしよう…。どうしたらいいの?
絵梨はベランダに出た。
下を見ると、和也の車らしき大きな外車が止まっていた。
鼓動がさらに激しくなった。
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