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「お…お茶! 淹れてきます!」

 モッコはフラフラとキッチンへ行き、先ほど摘んだハーブを洗った。

「…もしかして…ハーブティーですか?」

 輝也はモッコの元へやって来た。

 モッコの顔は真っ赤になった。

「え…えぇ…。」

 モッコは真っ赤になってしまった顔を見られまいと背を向けてハーブを入れたガラスのポットにお湯を注いだ。

「うわぁ~、いい香り!」
輝也は目を瞑って匂いを嗅いだ。

 モッコは棚からランチョンマットを出してテーブルの上に敷き、お気に入りのアンティークのカップアンドソーサーを二つ取り出した。そしてケーキ用のアンティーク皿も出した。

「良かったら…これ、私が作ったの…。」

 モッコは皿の上にパウンドケーキを乗せた。

「これ…モッコさんが作ったの? …凄い!」
輝也は目を丸くした。

「そんな大したものじゃないのよ! ほんとテキトーなの…。」

「いや、凄いですよ! 沙也加は手作りケーキなんて作ったことが無い…」

―いや…あるか…。でもあれは出会った当初だ…。

 輝也はマジマジとモッコのケーキを眺め続けた。

 モッコはそろそろいい頃合いかと思い、ハーブティーをカップに注いだ。

「どうぞ、召し上がって下さい!」

「いただきます!」
輝也は嬉しそうに手を合わせた。

「美味い! 何ですか、この隠し味は?」

「…隠し味なんてもんじゃないわ…。アールグレイの茶葉を粉末にして少し入れただけなの。」

「アールグレイか…。上品な味だぁ~!」

「…嬉しいわ、そんなに喜んでもらえて…。主人なんかね、当たり前って思ってんのか、何も言ってくれないのよ。」

「…羨ましいな…ご主人が…。」
 
 輝也の呟きに、モッコはまた動悸が激しくなった。

―私ったら…何ドキドキしてるんだろ…。

 モッコは胸を押えて深呼吸した。

 モッコも輝也もお互い何を話していいのか会話の糸口が見つからず、ただ時計の音だけが響いていた。

「あの…」

「これ…」

 モッコと輝也は同時に切り出した。

「お先にどうぞ…」

「いや、別に僕はたいした話じゃないんで…」

「私だって…」
モッコは真っ赤になって俯いた。

 そして今朝作ったハーブのスワッグを出した。

「これ…私が作ったの。良かったらどうぞ…。」
輝也の顔はさらにパァ~っと明るくなった。

「これ…モッコさんの手作り? すごい! 俺がもらっていいの? うわっ! すごくいい匂い! 嬉しい! ありがとう! 大事に飾らせてもらいます!」

 輝也は喜びと驚きが交じり合って、早口で感想をまくし立てた。

 モッコは他人からこんなに喜んでもらった事が無かったので、輝也の大袈裟なくらいの喜び方に嬉しいを通り越して感動していた。


「あ…あの…さっき言いかけたのって?」
モッコは言った。

「…あぁ…それは…このお皿…どこで買ったのかなって思って…あまり見ないタイプの物だから…。」
輝也は皿を眺めながら聞いた。

「あぁ…コレ? これは去年、アンティークマーケットで見つけたの。フランスのね…アンティークのお皿なんです。」

「アンティークか…そうだろうなぁ~。新しい物には無い魅力がありますよね~。うちの皿は全部家具の量販店でテキトーに揃えた物しかないからなぁ…。なんか、いいですよね! モッコさんとこの食器は一つひとつ吟味して選んであるだけあって、放つオーラが違う!」

 輝也の言葉にモッコの顔はパァ~っと明るくなった。

「あっちの食器棚にね、今まで揃えてきたものをしまってあるの。良かったら見てみます?」

「是非!」

 モッコは自慢のアンティーク食器コレクションを一つ一つ説明しながら輝也に見せた。

「わぁ…俺、これ好きだなぁ…。」
輝也はガラスのグラスを指さした。

「これはオールドバカラなの。30歳の時の誕生日に、自分へのご褒美で奮発して買っちゃった。」
モッコは嬉しそうに応えた。

「…コレ…何を飲むグラスなんだろ…。持ち手があるし…アイスコーヒー?」
輝也は腕組みして首を傾げた。

「わ! 気が合う! 一応ね、ワイングラスらしいんだけど、私は夏にこのグラスでアイスコーヒーを飲んでるの!」

 モッコは輝也と同じ発想だったのが嬉しくて顔をクシャクシャにして喜んだ。

「私…汗かきだから夏がずっと嫌いだったんだけど…このグラスでアイスコーヒーが飲めると思うと、夏が来るのが楽しみになったの…。」

 オールドバカラのグラスを愛おしそうに眺めながら話しているモッコに輝也はキュンとした。

「持ってみて! 手触りもいいのよ!」
モッコはバカラのグラスを輝也に手渡した。

「…ほんとだ! 安物とは全然違う!」
輝也はグラスを光にかざしたりしながらあらゆる角度から見ていた。

「なんか…いいなぁ…そういうの…。」

「え?」

「大きなイベントとかじゃなくて、日々の生活のちょっとした事に喜びを見いだせるのって…素敵な事だなって思う…。」

―じぃ~ん…

 モッコは輝也の言葉に涙ぐみそうになった。

 輝也が言った言葉は、まさにモッコの信念だった。

 派手じゃなくてもいい、目立たなくてもいい、ただ、心がポっと暖かくなれるような、そんな生活がしたくて、日々丁寧な暮らしを目指してきた。

 夫の浩太ですら全然理解してくれないのに…。

 モッコは自分の宝物のバカラのグラスを愛おしそうに眺める輝也を目を細めて見つめた。

「僕…バカラって買った事無いんだけど…けっこうするんでしょ? しかもアンティークだし…。」

 モッコは和也の耳元でコッソリ金額を言った。

「ひぃぃぃ~」
値段を聞いて和也は青ざめた。

「30歳の節目だったから特別なの。普段はそんなに高い物は買わないわ。」

「俺…その値段のグラスを普段使いには出来ない…。」

「普段使いの物ほど良い物を使った方がいいのよ! その方が日々の暮らしが豊かになるから!」

「…ま、確かに百均のコップで飲むのとバカラのグラスで飲むのでは満足感は違うよね…。」

「そうなの! 食器で味まで違う気がするのよ!」

「…確かになぁ…。ここでお茶するのとうちとじゃ天と地ほどの差だ…。」
輝也は何度も頷いた。

「もちろん、うちはまだ子供たちが小さいから普段の食事は高い物を使わないけど、でも…買う時は吟味して本当に気に入った物を買ってるの。」

「うん…ここの食器を見てたら分かるよ。」
輝也はモッコ自慢の食器棚を隅から隅まで眺めた。

「さっきアンティークマーケットで買ったって言ってたでしょ! それってこの辺でもやってるの?」
輝也は聞いた。

「やってるわよ。毎年春と秋に令成記念公園で大きなマーケットがあるの。それこそ今週末に秋のマーケットが開催されるんだけど…。」

「…モッコさん、行くの?」

「…行くつもりだったんだけど…今年は一緒に行く予定だった友達がぎっくり腰になっちゃって…一人で行くのもなぁって思ってて…。」

「俺、一緒に行ってもいいですか?」

「え?」

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