ときめきざかりの妻たちへ

まんまるムーン

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「その事を妻に話しました。全て忘れる。もう一度、一からやり直していこうって…。」
早瀬は言った。

「そうですか。良かったですね。」
輝也は感慨深く頷いた。

「そしたらねっ! 妻は何て言ったと思います?」
早瀬が急に身を乗り出した。

 輝也は早瀬の勢いに唾を飲みこんだ。

「私はあの人無しじゃもう生きていけない。私の人生最後の恋なのよ! …って。」
早瀬は涙目になった。

 輝也はうなだれた早瀬の肩に手をやった。

ー奥さんは…この人のどこが不満だったんだろう…。

 改めて早瀬を見ると、ルックスが悪い訳でも、不潔な訳でも、ましてや臭い訳でも無い…。

 むしろ誰しもが好印象を抱く外見だ。

 話をしていても人を不快な気持ちにさせないし、気配りだってある…。

「僕のどこがいけなかったんでしょうか? 自慢じゃないけど、収入だってけっこうある方だと思うし、給料だってちゃんと家に入れていた。家事の手伝いだってしていたというのに…。」

―家事の…手伝い…!

 輝也はその言葉にピクンと反応した。

「早瀬さん、僕もね、全く同じなんですよ。あぁ、うちは妻が浮気したとかじゃないんですけど、もうとにかく鬼嫁で、僕の顔を見るたびに苦虫を噛みつぶしたような顔して…」
早瀬は上目遣いで輝也を見た。

「その鬼嫁からこの間ブチ切れられたんですけど…そのブチ切れポイントっていうのが…どうも「手伝い」っていうワードらしくて…。」

「え? 手伝い? 手伝う事が気に障るって事ですか? 何もしない方が良いって事なんですか!?」
早瀬は小さく叫んだ。

「いや…そうじゃなくて…鬼嫁が言うには、自分の家族の事なのに、「手伝う」とは何だ! もっと自分の事として自ら率先して動いて当然だろ! …だ…そうです…。」

 輝也の言葉に早瀬は口をポカンと開けた。

 しばらく彼は放心状態になった。それから小さく呟いた。

「…そんな事で?」

 輝也は早瀬の反応に目を瞑って何度も頷いた。

「…結局、妻が浮気に走ったそもそもの原因は僕にあったという事なのか…。」

「い…いや…そうとは限らないですよ。」
輝也はとっさにフォローを入れた。

「…でも…高橋さんの言葉は、妙に腑に落ちる気がします。思い返すと…僕は家事をする時は妻にいつも「~しといてあげたから」とか「~手伝うよ」とか言っていた…。当然喜んでくれると思っていたのに、妻はいつも不機嫌そうな顔をしていた…。こっちは仕事で疲れていても家の手伝いまでしてあげてるって言うのに、何なんだ、その態度は…って、いつも思ってたんですよ…。」

 早瀬の頭の中に数々の思い出が蘇った。

「でもね、僕の実家は母が家事をするのが当たり前で、そんな環境で僕は育った。きっと僕ら世代はみんなそうですよね?」
早瀬は言った。

「うちもそうでした。だからついつい手伝ってあげてるっていう気持ちがあったんだ。だけど…考えてみると、妻も仕事をしているし、女が大部分の家事を賄って当たり前って考え…当たり前じゃ無かったのかもしれないですよね。僕はつい、自分の方の稼ぎが多いから自分優先になってしまってて…いや、悪気がある訳じゃないですよ! だけど男は無意識にそう思ってしまいますよね…。妻も同じくらいの時間、外で働いているというのに…。もちろん僕にだって反論はありますよ。だけど…もし立場が逆だったらって考えてみたら…俺はやな男だな…。」
輝也は溜息を洩らした。

「高橋さん!」
早瀬が呼び掛けた。輝也は顔を上げて早瀬を見た。

「僕…今日…あなたにお会い出来て良かったです。」

「え?」

「正直…妻に対しての怒りは治まらないけど…僕の考え方にも問題があったかもしれない事に気が付く事が出来ました…。」

「早瀬さん…。」

「もう一度、妻とよく話し合ってみようと思います。」





 オープンスクールが終わり、輝也と純、早瀬と満里奈は校門の前で少し立ち話をした。

「今度、飲みにでも行きましょう!」
早瀬が言った。

「是非!」
輝也は微笑んだ。

「早瀬さん、じゃあ、塾でね!」

「うん! 一緒に合格できるように頑張ろうね!」

 純と満里奈はヤル気が漲ったようだ。

 お互いの親子は挨拶して別れた。

 輝也は時計を見た。もうすでに正午を過ぎている。

―モッコさん…もう帰ったかな…もしかして今から行ったら…まだ会えるかな?

「パパ! お腹空いた!」
純が言った。

―今日は…無理か…。

「…そうか。何か食ってくか?」
和也は純に聞いた。

「肉食べたい!」

「わかった! 肉食べ行こう!」

 輝也と純は昼食を食べに向かった。

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