ときめきざかりの妻たちへ

まんまるムーン

文字の大きさ
上 下
51 / 101

51

しおりを挟む


「その事を妻に話しました。全て忘れる。もう一度、一からやり直していこうって…。」
早瀬は言った。

「そうですか。良かったですね。」
輝也は感慨深く頷いた。

「そしたらねっ! 妻は何て言ったと思います?」
早瀬が急に身を乗り出した。

 輝也は早瀬の勢いに唾を飲みこんだ。

「私はあの人無しじゃもう生きていけない。私の人生最後の恋なのよ! …って。」
早瀬は涙目になった。

 輝也はうなだれた早瀬の肩に手をやった。

ー奥さんは…この人のどこが不満だったんだろう…。

 改めて早瀬を見ると、ルックスが悪い訳でも、不潔な訳でも、ましてや臭い訳でも無い…。

 むしろ誰しもが好印象を抱く外見だ。

 話をしていても人を不快な気持ちにさせないし、気配りだってある…。

「僕のどこがいけなかったんでしょうか? 自慢じゃないけど、収入だってけっこうある方だと思うし、給料だってちゃんと家に入れていた。家事の手伝いだってしていたというのに…。」

―家事の…手伝い…!

 輝也はその言葉にピクンと反応した。

「早瀬さん、僕もね、全く同じなんですよ。あぁ、うちは妻が浮気したとかじゃないんですけど、もうとにかく鬼嫁で、僕の顔を見るたびに苦虫を噛みつぶしたような顔して…」
早瀬は上目遣いで輝也を見た。

「その鬼嫁からこの間ブチ切れられたんですけど…そのブチ切れポイントっていうのが…どうも「手伝い」っていうワードらしくて…。」

「え? 手伝い? 手伝う事が気に障るって事ですか? 何もしない方が良いって事なんですか!?」
早瀬は小さく叫んだ。

「いや…そうじゃなくて…鬼嫁が言うには、自分の家族の事なのに、「手伝う」とは何だ! もっと自分の事として自ら率先して動いて当然だろ! …だ…そうです…。」

 輝也の言葉に早瀬は口をポカンと開けた。

 しばらく彼は放心状態になった。それから小さく呟いた。

「…そんな事で?」

 輝也は早瀬の反応に目を瞑って何度も頷いた。

「…結局、妻が浮気に走ったそもそもの原因は僕にあったという事なのか…。」

「い…いや…そうとは限らないですよ。」
輝也はとっさにフォローを入れた。

「…でも…高橋さんの言葉は、妙に腑に落ちる気がします。思い返すと…僕は家事をする時は妻にいつも「~しといてあげたから」とか「~手伝うよ」とか言っていた…。当然喜んでくれると思っていたのに、妻はいつも不機嫌そうな顔をしていた…。こっちは仕事で疲れていても家の手伝いまでしてあげてるって言うのに、何なんだ、その態度は…って、いつも思ってたんですよ…。」

 早瀬の頭の中に数々の思い出が蘇った。

「でもね、僕の実家は母が家事をするのが当たり前で、そんな環境で僕は育った。きっと僕ら世代はみんなそうですよね?」
早瀬は言った。

「うちもそうでした。だからついつい手伝ってあげてるっていう気持ちがあったんだ。だけど…考えてみると、妻も仕事をしているし、女が大部分の家事を賄って当たり前って考え…当たり前じゃ無かったのかもしれないですよね。僕はつい、自分の方の稼ぎが多いから自分優先になってしまってて…いや、悪気がある訳じゃないですよ! だけど男は無意識にそう思ってしまいますよね…。妻も同じくらいの時間、外で働いているというのに…。もちろん僕にだって反論はありますよ。だけど…もし立場が逆だったらって考えてみたら…俺はやな男だな…。」
輝也は溜息を洩らした。

「高橋さん!」
早瀬が呼び掛けた。輝也は顔を上げて早瀬を見た。

「僕…今日…あなたにお会い出来て良かったです。」

「え?」

「正直…妻に対しての怒りは治まらないけど…僕の考え方にも問題があったかもしれない事に気が付く事が出来ました…。」

「早瀬さん…。」

「もう一度、妻とよく話し合ってみようと思います。」





 オープンスクールが終わり、輝也と純、早瀬と満里奈は校門の前で少し立ち話をした。

「今度、飲みにでも行きましょう!」
早瀬が言った。

「是非!」
輝也は微笑んだ。

「早瀬さん、じゃあ、塾でね!」

「うん! 一緒に合格できるように頑張ろうね!」

 純と満里奈はヤル気が漲ったようだ。

 お互いの親子は挨拶して別れた。

 輝也は時計を見た。もうすでに正午を過ぎている。

―モッコさん…もう帰ったかな…もしかして今から行ったら…まだ会えるかな?

「パパ! お腹空いた!」
純が言った。

―今日は…無理か…。

「…そうか。何か食ってくか?」
和也は純に聞いた。

「肉食べたい!」

「わかった! 肉食べ行こう!」

 輝也と純は昼食を食べに向かった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ぼくたちのたぬきち物語

アポロ
ライト文芸
一章にエピソード①〜⑩をまとめました。大人のための童話風ライト文芸として書きましたが、小学生でも読めます。 どの章から読みはじめても大丈夫です。 挿絵はアポロの友人・絵描きのひろ生さん提供。 アポロとたぬきちの見守り隊長、いつもありがとう。 初稿はnoteにて2021年夏〜22年冬、「こたぬきたぬきち、町へゆく」のタイトルで連載していました。 この思い入れのある作品を、全編加筆修正してアルファポリスに投稿します。 🍀一章│①〜⑩のあらすじ🍀 たぬきちは、化け狸の子です。 生まれてはじめて変化の術に成功し、ちょっとおしゃれなかわいい少年にうまく化けました。やったね。 たぬきちは、人生ではじめて山から町へ行くのです。(はい、人生です) 現在行方不明の父さんたぬき・ぽんたから教えてもらった記憶を頼りに、憧れの町の「映画館」を目指します。 さて無事にたどり着けるかどうか。 旅にハプニングはつきものです。 少年たぬきちの小さな冒険を、ぜひ見守ってあげてください。 届けたいのは、ささやかな感動です。 心を込め込め書きました。 あなたにも、届け。

【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木
ライト文芸
番外編は時系列順ではありません。 更新日 2/12 『受け継ぐ者』 更新日 2/4 『秘密を持って生まれた子 3』(全3話) 02/01『秘密を持って生まれた子 2』 01/23『秘密を持って生まれた子 1』 01/18『美之の黒歴史 5』(全5話) 12/30『とわずがたり~思い出を辿れば~2,3』 12/25『とわずがたり~思い出を辿れば~1 』 本編は完結。番外編を不定期で更新。 11/11~11/19『夫の疑問、妻の確信1~3』  10/12 『いつもあなたの幸せを。』 9/14  『伝統行事』 8/24  『ひとりがたり~人生を振り返る~』 お盆期間限定番外編 8月11日~8月16日まで 『日常のひとこま』は公開終了しました。 7/31 『恋心』・・・本編の171、180、188話にチラッと出てきた京司朗の自室に礼夏が現れたときの話です。 6/18 『ある時代の出来事』 -本編大まかなあらすじ- *青木みふゆは23歳。両親も妹も失ってしまったみふゆは一人暮らしで、花屋の堀内花壇の支店と本店に勤めている。花の仕事は好きで楽しいが、本店勤務時は事務を任されている二つ年上の林香苗に妬まれ嫌がらせを受けている。嫌がらせは徐々に増え、辟易しているみふゆは転職も思案中。 林香苗は堀内花壇社長の愛人でありながら、店のお得意様の、裏社会組織も持つといわれる惣領家の当主・惣領貴之がみふゆを気に入ってかわいがっているのを妬んでいるのだ。 そして、惣領貴之の懐刀とされる若頭・仙道京司朗も海外から帰国。みふゆが貴之に取り入ろうとしているのではないかと、京司朗から疑いをかけられる。 みふゆは自分の微妙な立場に悩みつつも、惣領貴之との親交を深め養女となるが、ある日予知をきっかけに高熱を出し年齢を退行させてゆくことになる。みふゆの心は子供に戻っていってしまう。 令和5年11/11更新内容(最終回) *199. (2) *200. ロンド~踊る命~ -17- (1)~(6) *エピローグ ロンド~廻る命~ 本編最終回です。200話の一部を199.(2)にしたため、199.(2)から最終話シリーズになりました。  ※この物語はフィクションです。実在する団体・企業・人物とはなんら関係ありません。架空の町が舞台です。 現在の関連作品 『邪眼の娘』更新 令和7年1/25 『月光に咲く花』(ショートショート) 以上2作品はみふゆの母親・水無瀬礼夏(青木礼夏)の物語。 『恋人はメリーさん』(主人公は京司朗の後輩・東雲結) 『繚乱ロンド』の元になった2作品 『花物語』に入っている『カサブランカ・ダディ(全五話)』『花冠はタンポポで(ショートショート)』

「桜の樹の下で、笑えたら」✨奨励賞受賞✨

悠里
ライト文芸
高校生になる前の春休み。自分の16歳の誕生日に、幼馴染の悠斗に告白しようと決めていた心春。 会う約束の前に、悠斗が事故で亡くなって、叶わなかった告白。 (霊など、ファンタジー要素を含みます) 安達 心春 悠斗の事が出会った時から好き 相沢 悠斗 心春の幼馴染 上宮 伊織 神社の息子  テーマは、「切ない別れ」からの「未来」です。 最後までお読み頂けたら、嬉しいです(*'ω'*) 

青い死神に似合う服

fig
ライト文芸
テーラー・ヨネに縫えないものはない。 どんな洋服も思いのまま。 だから、いつか必ず縫ってみせる。 愛しい、青い死神に似合う服を。 寺田ヨネは洋館を改装し仕立て屋を営んでいた。テーラー・ヨネの仕立てる服は特別製。どんな願いも叶える力を持つ。 少女のような外見ながら、その腕前は老舗のテーラーと比べても遜色ない。 アシスタントのマチとチャコ、客を紹介してくれるパイロット・ノアの協力を得ながら、ヨネは日々忙しく働いていた。 ある日、ノアの紹介でやってきたのは、若くして命を落としたバレエ・ダンサーの萌衣だった。 彼女の望みは婚約者への復讐。それを叶えるためのロマンチック・チュチュがご所望だった。 依頼の真意がわからずにいたが、次第に彼女が受けた傷、悲しみ、愛を理解していく。 そしてヨネ自身も、過去の愛と向き合うことになる。 ヨネにもかつて、愛した人がいた。遠い遠い昔のことだ。 いつか、その人のために服を縫いたいと夢を見ていた。 まだ、その夢は捨ててはいない。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

ハナノカオリ

桜庭かなめ
恋愛
 女子高に進学した坂井遥香は入学式当日、校舎の中で迷っているところをクラスメイトの原田絢に助けられ一目惚れをする。ただ、絢は「王子様」と称されるほどの人気者であり、彼女に恋をする生徒は数知れず。  そんな絢とまずはどうにか接したいと思った遥香は、絢に入学式の日に助けてくれたお礼のクッキーを渡す。絢が人気者であるため、遥香は2人きりの場で絢との交流を深めていく。そして、遥香は絢からの誘いで初めてのデートをすることに。  しかし、デートの直前、遥香の元に絢が「悪魔」であると告発する手紙と見知らぬ女の子の写真が届く。  絢が「悪魔」と称されてしまう理由は何なのか。写真の女の子とは誰か。そして、遥香の想いは成就するのか。  女子高に通う女の子達を中心に繰り広げられる青春ガールズラブストーリーシリーズ! 泣いたり。笑ったり。そして、恋をしたり。彼女達の物語をお楽しみください。  ※全話公開しました(2020.12.21)  ※Fragranceは本編で、Short Fragranceは短編です。Short Fragranceについては読まなくても本編を読むのに支障を来さないようにしています。  ※Fragrance 8-タビノカオリ-は『ルピナス』という作品の主要キャラクターが登場しております。  ※お気に入り登録や感想お待ちしています。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

処理中です...