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「しばらく旦那さんに迎えに来てもらうとかした方がいいかもしれないですね。」
和也は言った。

「…夫はいません。」
絵梨は少し戸惑うように言った。

「そうなんですか? あれ…おかしいな…確か朋美は…」

―幸せを絵にかいたような家庭よ!

 確かに朋美はそう言っていた。

「他の友達と勘違いしたんじゃないですか?」

 絵梨がそう言うと、

「…そうかもしれない…」
和也は納得した。

 絵梨からはどこか儚く寂しそうな雰囲気が漂っていて、幸せな家庭があるというのは想像できなかった。


「絵梨さんは…結婚しないの?」

「え?」

「そんなにキレイなのに…。周りがほっとかないでしょ。」

「そんなこと無いですよ…。私は…結婚に憧れなんて、そもそも無いの。でも…」

「でも?」

「…子供は…欲しかったなって…」
絵梨がそう言うと、ちょうど小さな女の子とその手を引く母親が窓の外を通り過ぎた。

「私には…叶いそうにない夢です…」
絵梨は寂しそうに笑って言った。

 和也はそんな絵梨を見つめた。

「私、そろそろ…。」
絵梨は席を立とうとした。

「送って行くよ。」
和也は言った。

「そんな、申し訳ないです。」

「いや、さっきの男がまだどこかに潜んでいるかもしれないから…」

 和也の決心は固そうだったので、絵梨はその申し出を受ける事にした。



 絵梨のマンションは和也たちの住むきさらぎヶ丘とは逆の、駅から反対方向にある菊ヶ丘にあった。

 駅から5分ほど歩けばついてしまう立地の良さだったが、きさらぎヶ丘方面とは違い、商店街が無いので人気が少ない。

 夜の女の独り歩きは危ない気がした。



「ここです。」

 絵梨のマンションは彼女のイメージに合っていた。

 木立の並ぶ小道がエントランスへ続き、重厚感のある石造りのエントランスに木製の大きな自動ドアがあった。

「送って下さって、ありがとうございました。良かったら…お茶でも…って、すみません、私ったら…。うっかり青山さんが朋美のご主人だってこと忘れそうになってました…。」
絵梨は苦笑いをした。

―じゃ、遠慮なく!

 和也は頭の中では即答していた。

―君子危うきに近づかず…だろ…

 和也は込み上げてくる気持ちに力いっぱい蓋をした。

「朋美によろしく!」
絵梨は笑顔で言った。

―おいおい、勘弁してくれよ…

 その笑顔に和也の心臓はドクンと音を立てて鳴った。

 絵梨はお辞儀をすると玄関へ向かって行った。

 その後ろ姿に和也は声を掛けた。

「もしさ!」

 絵梨は振り向いた。

「もし…何かあったら…連絡してくれる?」

 絵梨は目を見開いた。

 和也は何故か恥かしくなって首の後ろに手をやった。

「あの男がさ、また来るかもしれないし…だから…何かあったらすぐに電話して! 俺のケータイ番号、この間バスで渡した名刺に書いていたんだけど…まだ持ってる?」

 絵梨はコクンと頷いた。

「いつでもいいから! 駆け付けるから!」

 絵梨ははにかみながら和也に笑顔を向けた。

「じゃ!」
そう言うと、和也は去って行った。

 絵梨は上着のポケットに入れていたスマホをギュっと握りしめた。

 通りの街路樹は風に吹かれて葉が舞い散った。


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