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しおりを挟む「早かったわね!」
朋美が和也に言った。
「…あぁ…」
和也は朋美の横に座っている絵梨と目があった。
「この間はどうも。」
絵梨は和也に会釈した。
「…この間?」
朋美は絵梨に聞いた。
「え? 成田空港でお会いしたの…朋美、聞いてなかった?」
絵梨はてっきり和也が朋美に話していると思っていた。
「その節はどうも…。」
和也は普段と変わりない笑顔を絵梨に向けた。
―何故、絵梨と会ったことを私に黙ってたのかしら…。っていうか…何故、和也と絵梨はお互いを知っているの? 私を介して会ったこと無い筈だけど…。
朋美は和也の表情を観察した。
いたって変わった所も無ければ動じてもいない。
忙しい夫は妻の友達に会った事など、ウッカリ忘れてしまうほど大したことではないのかもしれない。
「横田さんの事は知ってるよね?」
朋美は和也に聞いた。
「…どちらでお会いしましたでしょうか?」
和也は完全に横田を覚えていなかった。
「ほら! この間行ったカフェでお会いしたじゃない! 覚えて無いの?」
朋美は言った。
―あぁ…いい年して見習いの!
和也はやっと思い出した。
「あぁ…! あのカフェの…。で…何故、僕の妻と一緒に?」
「ここで飲んでいたら偶然奥様が入ってこられて、嬉しい事に僕なんかの存在を覚えて下さってて…」
横田は目を細めて嬉しそうに語った。
その様子を見て、和也はイラっとした。
「青山和也です。」
和也は横田に名刺を渡した。
「あぁ、どうも。…僕…名刺を…持ち歩いてなくて…」
横田は笑いながら頭を掻いた。
―持ち歩いてない…じゃなくて、持ってない…だろ?
声には出さないが和也は内心、横田を見下していた。
「朋美、もう遅いし、そろそろ帰ろう。」
和也が言った。朋美は時計を見た。
「あぁ…もうこんな時間だったのね…。」
「楽しい時間はあっという間ですね~。」
横田がニコニコしながら言った。
和也はそんな横田の言葉にまたカチンときた。
「今日は本当に楽しかったわ。朋美…また会える?」
絵梨は言った。
「もちろんよ。また会いましょう。」
「朋美さん、僕もまた会える?」
横田が冗談めかして絵梨の真似をした。
すると和也が冷たい目で横田を睨んだ。
「冗談ですよ~!」
横田がそう言うと、朋美はプッと吹き出した。
「あの男…何?」
帰り道、和也が朋美に言った。
「あれはただのお酒の席の冗談でしょ! まともに受け取るなんてあなたらしくないわ。」
「いいや、あれは下心ある目だったね…。もう会うんじゃないぞ!」
「…やれやれだわ…。」
―結婚生活も10年を遥かに超えて、お互いの行動にも興味が無くなってきているというのに、この人にはまだ妻に対する嫉妬心が残っていたのね…。
朋美にとってそれは新たな発見だった。
―でも…それは私の事を大事に思っているのか、単に自分の所有物を奪われないよう外敵を排除するという男の本能なのか、それは分からないわね…。
朋美は横を歩いている自分の夫を改めて眺めた。
―悪く無い…。この年にしては、和也はいい男だと思う。だけど…、今日の横田のように、和也に誰か他の女が言い寄ってきたら…果たして私には嫉妬心が湧いてくるのだろうか…?
そんな事を考えていたら、ふと絵梨の事を思いだした。
そう言えば、絵梨は和也と会ったと言っていた。
「絵梨と会ったこと、何故私に言わなかったの?」
別に二人の関係を疑う気持ちなど全く無かったが、その質問を投げかけた時の和也の一瞬の表情の違和感を朋美は見逃さなかった。
「…何故って…しょうがないだろ! 俺だって忘れてたんだから!」
和也は起こったような口調で言った。
朋美は意外な顔をしていた。和也は言った後でしまったと思い、態度をコロッと変えた。
「出張で疲れてて…ごめん、君の友達なのにいい加減にしか覚えて無くて…」
「…いいのよ。私だって、あなたの友達に会ったとしても、忘れるかもしれないし。」
朋美は和也に微笑んだ。
「見て! 満月!」
朋美は指をさした。
「ほんとだ…。なんだか今日の月は不気味だな…。」
和也は言った。
「そう? 私は美しいと思うけど。」
「…そうか?」
和也はろくに月など見ずに、物思いに耽った。
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