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しおりを挟む「私…高校時代…少しテレビに出ていたことがあって…。」
絵梨が小さな声で呟いた。
「やっぱり! 一般人とは違うと思っていたんですよ!」
和也は何度も頷いた。
「見たことないですか? 私の事…テレビで…」
―彼女が高校時代というと、俺が大学生の頃か…。
「僕、アメリカの大学に通っていたんですよ。こっちにはほとんど帰ってこなかったし。だから知らなかったのかな…。」
「…そうですか。」
絵梨は溜息を一つ漏らした。
「実は私、ドラマで演じた役柄が…」
絵梨はゆっくりと自分の事を話し始めた。
自分でも何でこの人にこんな話をしているのかが分からなかった。
時が経って人々に自分の事が忘れられていっても、それでも実際に会う人はあの当時の事を思い出す。
いまだに悪い印象を持っている人もいれば、気にするなという人もいる。
絵梨にとってはどちらも変わらない。
自分の事を知らないくせに、自分を判断したり、逆にいたわったり、求めてもいないアドバイスをされるのはウンザリだと思っていた。
そんな気持ちを今まで誰にも吐き出せなかった。自分を知っている人には吐き出したくもなかった。
どうせみんなフィルターをかけて自分の事を見るのだから…。
だからかもしれない…。絵梨は今まで心の中に溜めていたことをすべて吐き出してしまいたいと思ったのは。
自分の事を知らない人間に会うのは初めてだったから…。
「…次第に私だけじゃなくて、家族にまで誹謗中傷が及んでしまって…家の電話番号もどこからか漏れてしまっていたのか、鳴りやまない日が続いたんです…」
絵梨は俯いたまま続けた。
「父の経営している会社にまで変な噂を流されて…そして…」
絵梨はそこまで言うと言葉を詰まらせた。
和也は何も言わずに絵梨の言葉が出てくるのを待った。
「…父は自殺しました。」
「…え!」
和也は絶句した。
「その事もあってか、母も限界が来てしまっていたのだと思います。父の葬儀の後、母が倒れてしまって…それから一年後に…母は他界しました…」
絵梨は静かにそう言った。
顔を外に向けていたので見えなかったが、きっと涙を浮かべていたに違いない。肩が小さく震えていた。
「…辛かったですね…」
和也は必死に考えたが、その言葉をかけるのが精一杯だった。
そうこうしている間にきさらぎガーデンヒルズ駅が見えてきた。
「私、次で降ります。」
絵梨が言った。
「そうなんですか! 僕もです。同じ街に住んでたんですね。」
和也が言った。
絵梨は和也を見て微笑んだ。
「…なんだかすみません。長々とつまんない話をきかせてしまって…。でも…少しスッキリしちゃった…」
絵梨は恥ずかしそうに言った。
「…とんでもない。僕なんかに打ち明けてくれて…その…嬉しいっていうか…なんて言うか…。あの! もしまた気持ちが苦しくなったら…僕なんかで良かったら…いつでも聞き役になるので連絡してください!」
和也はそう言うと、焦って名刺を取り出し、裏にスマホの番号を書いて絵梨に渡した。絵梨は名刺を受け取ると少し困ったように微笑んだ。
「…じゃあ、もしまた会う事があれば…奥様とご一緒に!」
絵梨は笑顔でそう言った。
「…そ…そうです…よね…」
和也は肩透かしを食らったように、右手で首の後ろを掴んだ。
バス停を降りてお互い会釈をすると、二人は別の方行へ向かって歩いて行った。
少し歩いて絵梨は振り返った。
―朋美は…幸せになったのね…
絵梨は自宅の方向へ向かって、また歩き出した。
それと入れ違いに和也はふと立ち止まり振り返った。
目線の先には小さくなっていく絵梨の後姿が見えた。
その小さな背中に彼女の悲しみが重くのしかかっているように見えた。
和也はギュっと手を握りしめた。
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