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しおりを挟む俺が鯛焼きを諦めたのを悟ると、女将はまたニコニコ笑顔で対応してくれた。
何なんだよ、まったく…。
しかし料理はどれも美味しかったので、さらに食欲が増してきた。他の物も頼んでみよう。
「女将、おすすめってありますか?」
「おすすめねぇ…、そうだ! とっておきのがあるわよ! これは私が究極の味を求めて神戸の王子、和歌山の白浜、東京の上野をさまよって、さらにそれを極めたくて中国に渡り、臥竜、そして成都までいって研究を重ねた一品なのよ…。」
女将は遠い目をしてフゥと一つ溜息をついた。
「…そんなにいろんな地を巡って味を研究したなんて、女将すごいなぁ~!」
「あら、それほどでも! 料理人としては当たり前の事よ。」
さすがプロは違うな。…ん…、まてよ…、神戸の王子…和歌山の白浜…東京の上野…? おまけに中国の臥竜と成都って…
パンダがいる所ばかりじゃん!
さては女将、味の研究なんて言ってるけど、単なるパンダ巡りしてただけじゃないのか?
女将は俺に褒められたのがそんなに嬉しかったのか、頬に両手をあててウフッウフッと喜びまくっている。
「…女将…パンダ好きなんですか…?」
「あらっ! どうしてわかるの! すごくなぁ~い!」
…やっぱり…
女将はJK口調で驚きを表している。
「パンダってさ、かわいいわよねぇ。丸くってコロコロしてて、顔も笑ってるようだものねぇ…。見ていてほんと癒されるわぁ~ウフ~。」
女将はパンダに思いを馳せてウットリしている。
…料理の研究じゃなくて、単なるパンダ巡りじゃねーかよっ!
しかも女将! あなたも十分丸くてコロコロしてますよっ!
あらゆる疑念に苛まれる俺に、女将はスッと料理を差し出した。
「揚げ豆腐のネギダレかけでございまぁ~す。熱々のうちにどうぞ!」
いろんな都市に、しかも中国にまで渡って研究した割に素朴な料理じゃないか。せめて中華とかならわかるけど…。そう思いながらも一口食べてみる…。
う…うまい…うますぎる!
熱々に揚げた豆腐の上にこれでもかってくらいのネギ。ネギは醤油と…ゴマ油?
シンプルだけど、揚げ豆腐を最高に引き立てるタレだ!
俺は脇目も降らずに無我夢中で女将の料理を食べ続けた。このところ心労で、あまり食べ物が喉を通らなかった。こんなにたくさん食べたのは久しぶりだ。女将の料理を堪能していると、何とも言えない幸福感が俺を包み込んだ。
「どうぞ。」
完璧なタイミングで女将は俺にほうじ茶を差し出した。
俺は黙ってほうじ茶を飲んだ。ほうじ茶の香りに癒された。心がホッコリしてしまった…。そして迂闊にも、涙が頬を伝ってしまっていた。そんな俺を見て、女将は新しいおしぼりを差し出してくれた。熱々だ。顔の上に乗せると、何もかも許してくれるような温かい愛に包まれたような気持ちになった。
俺は涙を拭いて、女将にお礼を言った。
「生きていると…いろいろあるわよね…」
女将は洗い物をしながら、俯いたまま呟いた。俺は女将に全てを聞いてもらいたくなった。
「女将…俺の話…聞いてもらえますか?」
女将は大きなグラスにたっぷりとハイボールを作り、俺の前に置いた。
「とことん付き合うわよ!」
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