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しおりを挟む健二は南方の部隊にいた。
出された指令は、どんでもない物だった。400キロ近く離れた陣地を奪還せよ、などという無謀な命令だった。兵站は全くと言っていいほど十分ではない。現地までの移動すら足りない食糧で、武器すらまともに揃っていないのに、どうやって戦えというんだ!兵隊たちは口には出せないが、皆怒りを感じていた。上からの指示では、食料や武器は敵から奪い取って補充しろ、とのことだった。物資が無くとも大和魂で勝て!という幹部の言葉に、大和魂とは随分万能な物だな、と健二は皮肉を言いたい気分だった。
しかし軍の命令には逆らえず、無謀な行進は始まった。途中、飢えや病気で死んでいく仲間も少なくなかった。健二はただひたすら、無我夢中で歩いた。そして敵地へ近づいた。敵の装備を見て、皆が腰を抜かしそうになった。奴らに比べたら、自分たちの武器など子供だましのようだった。しかし戦うしかない。逃げることは許されない。銃を構えて一人でも多くの敵を討ち取る。
健二は思った。
お国の為だったら、人殺しも正義なのか?
人を傷つけたり殺したりしたら地獄に落ちるって、みんな言ってたんじゃなかったのかよ!
だけど…俺は一人でも多くの敵を殺す!
それがおまえのもとに戻ることが出来る、ただ一つの道なら
俺は鬼でも悪魔にでもなってやる!
殺して、殺して、一人残らず殺しまくって、
生きて由紀子のもとへ帰るんだ!
健二は無我夢中で戦った。ジャングルの中、敵を追いかけ走り回った。あまりの緊迫状態からか、健二を呼ぶ由紀子の声が聞こえたような気がした。健二は一瞬立ち止まった。その時、銃声が鳴り響き、健二は胸を打ちぬかれて倒れた。
俺はこんなとこで死ぬわけにはいかないんだ!
由紀子が…俺の帰りを待っているんだ!
健二は力を振り絞って立ち上がろうとした。しかしもうその力は残っていなかった。健二は胸のポケットに入れていた由紀子の写真を取り出した。
由紀子…ごめんな…。
俺、おまえとの約束を…果たすことができないみたいだ…。
見上げると、満天の星空が見えた。手を伸ばせば星に手が届きそうだった。
そして健二は、朦朧とする意識の中に由紀子の姿を見た。
健二さん、いつか再び、戦争の無い自由な世界で、またあなたに会いたい。
約束しましょう!
きっとこの四つ葉のクローバーが、私たちを導いてくれるはずだから!
由紀子は笑顔でそう言うと、ゆっくり消えていった。
由紀子、生まれ変わっても必ずおまえを探す!
俺は絶対におまえを見つけ出すから!
熱帯のジャングルの中、たった一人孤独に、健二はその生涯を終えた。
空には悲しいくらいに美しすぎる満天の星空が広がっていた。
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