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13 「もう一つの人知れない恋の話」
しおりを挟む「もう一つの人知れない恋の話」
主な登場人物 岩崎和夫(俺のじーちゃん)
若松澄子(じーちゃんの初恋の相手)
藤川小夜(えびす屋のおばあちゃん)
正一 (澄子の許婚・のち夫)
岩崎良子(俺のばーちゃん)
「小夜ちゃんは恋をしたことがあって?」
「あるわけないわ。私はせいぜい物語を読んで恋に恋する乙女どまりよ。」
澄子は実家の大黒屋でアルバイトをしている大学生と恋に落ちたという事を親友である小夜にだけ打ち明けた。許婚のある身で他の男と恋仲になるなど、親や周りの人間にバレたらとんでもない事になってしまう。しかしこの初めての恋心を誰かに打ち明けたかった。親友の小夜だけは自分の事をわかってくれると信じて思い切って打ち明けた。小夜は驚いた。大人しくて優しくて、いつも自分の事より周りを優先させて我慢ばかりするような澄子がこんな大胆なことをするとは夢にも思ってなかったからだ。だけどそんな澄子が敢えてこのような大胆な行動に出るには、よっぽどの覚悟があったからに違いない、自分を信じてきた人たちを裏切ってまで気持ちを貫きたい相手なのだろう、だったらみんなが敵にまわっても親友である私だけは澄ちゃんの味方になってあげよう。小夜はそう思った。
「ほら、あの方よ。」
澄子は小夜を大黒屋の工場に連れて行った。
窓から隠れるようにこっそりと中を見て和夫を見つけると小夜に教えた。小夜が窓から見てみると、背の高い男の人が後ろ向きに立って大きな袋を運んでいた。めくりあげたシャツの袖から逞しい腕が出ていた。。大きな袋を積み上げると、男は振り返った。
「和夫さんっておっしゃるのよ。」
澄子はウットリとした目で和夫を見ながら言った。
切れ長の目で鼻筋が通っていて、小夜から見てもステキな人だと思った。小夜は、澄ちゃんはこの方と恋に落ちたのね、二人とも美男美女でお似合いだわ、と思った。少しうらやましくも感じた。
「和夫さんてね、真面目そうに見えるでしょ?でもよくとんでもなく面白いことを言って、私大笑いしてしまうのよ。」
澄子はよく小夜に和夫の事を話していた。
小夜は話した事の無い和夫に、澄子を通して親近感を感じていた。
澄子と和夫は、よく周りの目を盗んで逢引をした。和夫の下宿先のある街のジャズ喫茶に連れて行ってもらった事を、澄子は興奮まじりに小夜に話した。澄子の話を聞きながら、小夜もいつかそのジャズ喫茶に行ってみたいと思った。できたら和夫のようなステキな男性と一緒に行ってみたいと夢見るようになった。
二人の恋は日を追うごとに深くなっていき、もうお互いの存在無しでは生きていけないとまで思うようになっていた。そんな澄子たちの行動を親に不審がられて危なっかしい時もあったが、小夜がうまく動いて二人の関係を隠し通したことも多々あった。しかし、澄子の許婚の正一の目だけはごまかすことが出来なかった。
ある日、澄子は正一から呼び出された。彼の母親が会いたいと言っているから家に来るように言われたのだ。正一の家に行ってみると彼の母親はおろか、正一の他誰一人もいなかった。
「君の事は調べさせてもらったよ。僕の目を騙せるとでも思ったのか?」
正一は冷たい目で澄子を睨んだ。
「…正一さん、私…あなたと結婚できません。あなたを騙そうと思ってもいません。私は本気であの方を愛しているのです。」
澄子は決死の覚悟で言った。
目にはうっすら涙を浮かべ、握り締めた手は震えていた。
「何を血迷った事を言っているんだ。あんな貧乏学生が君らを養っていける訳が無いだろう!俺がどれだけおまえの家族を助けているかわかっているのか!」
正一は怒鳴りあげた。
「私は本気です。自分の気持ちをごまかす事はできないと分かったんです。これから帰って父にも伝えるつもりです。」
澄子はそう言ってその場を立ち去ろうとした。
正一は澄子の腕を引っ張り自分の方へ引き寄せて、力ずくで抱きしめ無理やりキスをした。そして正一はそのまま澄子を押し倒し、服を引き剥がそうとした。澄子は力いっぱい抵抗して、正一の腕に思いっきり噛み付いた。正一がひるんだ一瞬の隙に澄子は逃げ出し、靴も履かずに無我夢中で家に向かって走った。家に帰ると、汚れた足のままズカズカと父親のいる居間へ行き、勇気を振り絞って自分の気持ちを打ち明けた。当然の如く父親は怒り狂い、澄子をぶちまわした。父親は母親の制止を振り切って、ひたすら澄子を殴り続けた。澄子は家を飛び出し、和夫の元へ向かった。
二人が一夜を明かし、澄子の父親から引き離された後も、二人の気持ちは揺るぎ無かった。これまで澄子は自分の意見など通した事が無かったが、この恋だけは誰が何と言おうと、家族に迷惑かけようと、誰かを傷つけようと、絶対に貫き通すつもりだった。
そしてある日、正一がやって来た。正一は澄子にこう言った。
「君が大人しく僕の元へ来ないのなら、あの男の内定が決まっている会社に、あの男は私の許婚をたぶらかした、と言いに行く。そうなったら内定は取り消しだろうな。噂が広まって、どこにも就職なんて出来なくなる。もちろん大学にも言いに行く。卒業を待たずして退学だ。俺はこの手であの男の全てを壊してやる。それでも君はあの男と一緒になるとでも言うのか?」
澄子に和夫の未来を壊せるわけが無かった。自分の家はどうなってもいいとまで思えた。しかし、愛する和夫の将来はそういうわけにはいかない。そうは絶対にさせないと思った。
澄子は正一と結婚することを選んだ。訳を言えば和夫は絶対に自分の未来などどうなってもいいと言うに決まっている。澄子は和夫に何も言わず二度と会わなかった。理由はどうであれ、和夫にとって残酷な事をしてしまった。
和夫さん、私の事を恨んでください。
そして和夫さんを幸せにできる誰かと結婚して、笑顔でいてください。
澄子はただそう祈った。
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