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しおりを挟む今晩の月はいつになく輝いていた。しばらく月を見上げていて、ふと視線を戻すと、目の前に見たこともないような裏路地が現れた。
こんな路地あったっけ?
狭い路地には無数の赤い提灯がぶら下げられてあった。なんだか怪しい雰囲気。
興味本位で路地に足を踏み入れてみた。すると後ろから何かに押されたかのように、気が付くと一軒の小料理屋の前に立っていた。
小料理 たぬき
入るつもりは全くなかったけど、私は無意識に戸を開けていた。戸が開くと後ろからまたドンと押されて中になだれ込んでしまった。
「いらっしゃいませ。」
しょうがないので、目の前のカウンターに座った。他に客はいないようだ。
「どうぞ。」
店の女将がおしぼりとお茶を出してくれた。
「あったかい…」
おしぼりはいい香りがして、心まで温めてくれた気がした。
そしてなんとも言えない緑茶の香り。飲んでみるとちょうどいい温度で、張り詰めていた体と心ほぐれていった。
完璧なおもてなしだぁ…。
しかし、ふと女将を見て私は固まってしまった。
タ、タヌキ…!
カウンター越しにニコーっと微笑んでいる女将は、まさにタヌキそのものだった!
「あら、そんなにジロジロ見ないでくださいよ! 照れちゃう!」
タヌキ女将は体をクイックイッっとよじりながら照れている。
「まあ私はこの界隈じゃ、美人女将って言われてるのだけどね!」
「は、はぁ…」
私はタヌキ女将から目が離せないでいた。
何?
コレ、ドッキリなの?
タヌキの女将に驚きながらも、溜まり溜まったストレスのせいか、その時の私は、そんなことはどうでもいいことのように思えていた。
「いい! 何も言わなくていいわっ! 私、こう見えて、実は第六感があるのよっ!」
タヌキ女将は鼻息交りにドヤ顔をした。
「お客さんの飲みたいお酒、当ててあげるわっ!」
「は、はぁ…」
タヌキ女将はしばらく目を瞑って尻尾を左右に揺らした。
「マムシ酒!」
タヌキ女将は自信満々に大きなマムシ酒の瓶をカウンターの上に置いた。
酒に付け込まれているマムシと目が合った!
ぎぇー!
「違います!」
「遠慮しなさんなって! うちのは上物よ!」
「飲みたくないですって! 怖いし! 速くしまってください!」
「マムシ酒…本当に飲みたくないの?」
「飲みたくないです!」
「マムシ…」
「嫌だって!」
「マ…」
「いい加減にしてくださいよ!」
「ブブゥー! 残念でしたぁ~! 私が言おうと思ったのはマッコリでぇ~す!」
タヌキ女将は勝ち誇ったようにキャッキャッと浮かれている。
あ~面倒くさい…
「ささ、おひとつ!」
タヌキ女将はニコニコしながらマッコリを勧めてくる。
しょうがないので一杯いただくことにした。
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