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1章 やり直し人生のはじまりのはじまり

1度目の人生 2

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 あのデビュタントの日、ライアンの気持ちが二度と自分へ向くことがないと悟ったフローリアは先手を打つ事にした。

 フローリアの望みはこの国の王妃になる事でもライアン妻でもましてやライアンの邪魔をする事でもない。

 彼女の望みはただ一つ。

 大事な幼馴染のライアンに幸せになって欲しい、そして王として国を豊かにしてほしい。

 ただそれだけだった。

 知り合ってから長い時間を一緒に過ごしたライアン。

 彼に恋心を抱いたと思った事もあったけれど、デビュタントの日……その気持ちが自分が思っていた物とは違う事が明確になった。

 
 私にはわからないのだ。決定的にただ一人を恋い慕う気持ちがわからない。



 だから自分の隣で人が恋に落ちる瞬間を見た時も悲しみや悔しさ、ましてや憎しみなど感じる事さえなかった。

 むしろ感じたのは……。


 この人は私の運命ではなかった。


 それだけ。

 フローリアは自分が人として決定的に何かが欠けているのを無意識に感じ取っていたのだ。


 だから自分から簡単に手放した。

 ライアンが望むなら私は喜んでこの婚約を白紙に戻そう。

 普通なら、王子であるライアンの望みでフローリアとの婚約を結んだので生半可な覚悟で婚約破棄など出来ない。それもこの婚約はライアンの望みであると共に王家の意向でもある。

 一臣下でしかないナイトレイ侯爵には断る事の出来ない縁談だった。

 それでもほぼ王命に近いこの婚約を白紙に戻すには婚約を決めた陛下と侯爵の許可がいる。

 それをきちんと理解しているフローリアはライアンが困らないように全てに手を回していた。

 だから誰も気が付かなかった。

 ライアンの父である現陛下と自分の父であるナイトレイ侯爵に全てをライアンの望むままにと。

 そして婚約を白紙に戻した後は幸せになるライアンの障害にならないように国を去ると伝えた。

 この事は陛下も侯爵もすぐには許してはくれなかったけれど、ライアンの為そして将来の国の為と説得しライアンが望めばすぐに実行して欲しいと頼んだ。

 渋々だが願いを聞き届けて貰えたフローリアは安心して王宮を去り、モルガン学園からも去った。

 彼女は人知れずナイトレイ侯爵家の領地にある本邸に篭る事に決めた。

 無駄な諍いを生まないようにと。

 しかしフローリアの献身は彼の方に伝わる事なく最悪な形で彼女の前に現れる事となる。




 
 デビュタント以降、男爵令嬢であるマリーベルとの恋に夢中になるライアンは、フローリアの献身も自分の前から去ったことすら気が付かずに王太子としての責務も放棄し怠惰な日々を過ごしていた。

 あれだけ執着をしていたフローリアを捨てマリーベルに侍るライアンは周りの人間に自分がどう思われているかも気にすることなくマリーベルの傍から離れないただの馬鹿な男になっていた。

 魅了の力を持つマリーベルの色香に惑わされたまま。

 そしてかつて愛したフローリアを排除しマリーベルを正妃として迎えたいライアンは、モルガン学園の卒業式のプロムでフローリアの断罪を決めた。

 マリーベルの言葉や側近の者の言葉を信じ本質を確かめようとしなかったライアンは既に次代の王としての資質を問われていたのにも気が付いていない愚か者に成り下がり自分の地位の危うさにすら気が付かない。


 そしてモルガン学園の卒業式後のプロム。

 フローリアを断罪する愚か者のライアン。

 見た事のない厳しい目でフローリアを睨みつけるライアンと、とても残念な顔でライアンを見つめ返すフローリア。

 謂れのない罪を並べ立てられ罵倒されるフローリア。

 ライアンは既にフローリアが望む立派な王太子のライアンでなくなっていた。

 彼はただの恋に溺れた下種な男。

 フローリアは悲しみに暮れる……私の知るライアンは死んだのだと。

 フローリアが敷いたライアンを自由にするレールはただライアンを駄目にするだけの物だと気が付いた時は遅すぎたのだ。

 
「王太子殿下、あなたの望みはなんでしょうか?」


 ライアンを駄目な人間にしてしまった事を悔やむフローリアはどうしたらライアンが目を醒ましてまたあの聡明で民に信頼と愛される立派な王太子に戻れるかと考え、結論に至り思わず尋ねた。



「私の望みはフローリア、そなたが私の目の前から消えることだ」


 あぁ、なんて私の予想通りに動いてくれる王太子様だ事。

 愛しい愛しい、私の幼馴染の王子様。

 あなたを間違った道へ導いてしまった私の罪は私が償います。

 だから目を醒まして本来のあなたに戻り、立派な王になる事を私は望みます。

 
 いつもアルカイックスマイルしか浮かべないフローリアが、昔のような本当に心から笑う笑顔を見せた。

 昔の笑顔を見たライアンが目を見張った瞬間……。


「承知致しました。わたくしその望み永遠に叶えて差し上げます。ですから殿下どうか立派な、立派な王になってください。約束ですよ。」

 そう言うと同時に隠し持っていた護身用のナイフで首を切り裂いたフローリア。


 彼女は自分の命と引き換えに魅了の魔術を破った。





 倒れるフローリアの首から吹き出しき出し流れるおびただしい量の血。

 隣に侍るマリーベルを振り切ると、絶命する彼女に駆け寄るライアン。


 そこで彼は自分がしでかした事の重大さに気が付いた。


 本当に愛していた人を自分の手で殺してしまった。



 絶望にそまるライアンとナイトレイ侯爵。


 彼女の献身は彼女の命と引き換えに国の安寧を取り戻した。


 これが一度目のフローリアの知る現実だった。




 一度目の人生は大切な人への献身で身を滅ぼす結果となった。

 それでもフローリアは満足だった。


 大切な人が幸せになる世界に私がいなくてもよかった。


 だって私は……。

 


 

 

 
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