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(d-000)

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 廻る。眼前の光輪は分解されたように七色に光っている。
 溶けだした胸元が天井へ上り、臓物や骨がくろい液体に変えられている。それも一緒に浮かんでいって喪失が幸福へ還る。根源的恐怖の一つは虚無へ向けられると誰かが言っていた気がするけれど、美しいと感じてしまった。
 表情は薄ら笑いで一見憑かれているように動かないが、眼筋が微細な振動を起こしていた。風の匂いが答え合わせをしてくれた気がした。それが消えて、少し寂しくなった。何かが流れる音が私の後頭部から聞こえた気がしたが、それも無くなっていく。視界だけは未だ生きている。空が白く薄れて、中心に青が彩られているのがとても綺麗だった。もう首から下すら残っていない。脳裏に在るのは何時かの思い出ばかりで、靄を気にする事もできない。音が聞こえる。おわる前になるといつもやってくる、愛らしくて抱きしめたくなってしまう冷酷で零落した音。
 くろいひとがいた。
 あのひとの体温、何度目だろう。
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