彼と彼女の選択

沢 美桜湖

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彼女の

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何をやってるんだろう、わたし………



やさしい湊に甘えてさんざん傷つけたのに。

偶然会ったからって。
変わらず笑顔を向けてくれるからって。
6年のブランクなんて無かったかのように居心地がいいからって。


調子に乗って、なにやってるんだろう………


冷水を浴びせられたように、一気に指先まで冷えていくのがわかった。勢いよく煽ったビールはものすごくぬるくて苦いのに・・・・。指先は冷えて感覚が無くなっていくようだった。



その時
「ほんと、わかりやすいよな、おまえは。」
なんだか呆れたような、面白がるような口調が聞こえた。顔をあげるとタブレットと書類を片付けた湊が苦笑いで私を見ている。

「・・・え?なにが?・・・」

意味がわからず聞き返すが、湊はただ笑って首をふり、
「なんでもないよ。悪かったな。電話、時間かかりすぎたな。」
そう言った。
また手が伸びてきて、今度は髪の毛をぐしゃぐしゃにかき回された。

顔が上げられない・・・。さきほどのような憎まれ口はもう出てこない。重たい錘を飲み込んだように息苦しかったから。

「仕事なら仕方ないよ。」
笑ってそう言いたいのに。言わなきゃいけないのに。わたしは俯くことしかできなくて、ただ首を横にふる。

残ったビールを飲み干した湊が言った。

「そろそろ行こうか。」

「うん。そ・・だね。」


支払いは最初の約束通り湊もち。
「ごしそうさまでした。」
と女将さんや板さんにお礼をいう。
「ぜひまたお越しくださいね。お待ちしております。」
女将さんに優しい笑顔でそう言われ、
「はい、ありがとうございます。すごく美味しかったです。また友達を連れてきますね。」
と、軽く会釈をして先に外に出るため引き戸を開けた。

「あらあら、篠原さんも案外頼りないんですねぇ。大事な人はしっかり捕まえなきゃだめですよ。」
そう湊に話しかける女将さんの声が耳に入ったが、そのまま引き戸の向こうに出た。


そうか・・・
やっぱり湊には大事な人がいるんだ
当たり前だよね   あれから六年も経ってるんだもの


外は雨だった。天気予報は晴れだったはず。
ほんとついてないな・・・
なんだか涙が出そうになり慌てて空を見上げた。

軒下から見上げる空は真っ黒で雨は止みそうも無い。
ふぅーと大きく深呼吸。
よし!大丈夫!

視線を下ろせば、足元に続く道は濡れて色濃くなっていた。

通りにでてタクシー拾うかな

ぼんやりとそう思ったとき。

「おっと。雨かぁ。」
出てきた湊が引き戸を閉めながら言った。

「ごちそうさまでした。すごくおいしかった。」
そう言って、傍で空を見上げる湊に軽く頭を下げる。
「どういたしまして。気に入ってくれてよかった。」
そう言って微笑む湊にまた胸が苦しくなって、わたしは俯いてしまった。

「それじゃ、わたし、向こうでタクシー拾うか」
「俺のホテルのほうが近い。走るぞ。」
言いかけたわたしを遮ってそう言った湊は、わたしの手を取ると雨の中を走り出した。
もつれそうになる足を何とか動かしながら、叫んだ。
「ま、まって!みなと!・・ちょっ・・待って!」
「ほら、がんばれ!もうすぐだから。」
わたしの手を引いた湊は足を緩めることなく走り続ける。


ぽつぽつと落ちる水滴が、湊のスーツのジャケットをまだらに色濃くしていく。


すぐにわたしの息は上がってきて、湊に引かれるまま走った。必死に足を動かしながら

このお気に入りのパンプス  これで駄目になっちゃうのかなー   高かったのに・・・

なんて関係の無いことを考えていた。


煌びやかなホテルのエントランスに走りこみ、ドアマンにドアを開けてもらったときにはワンピースがわたしの体に張り付くくらいには濡れていた。
息が上がり、肩で息をするわたしの手を引く湊。


ロビーを突っ切って、黙ったままエレベーターのボタンを押す湊に焦った。
「み、みなと…私、フロントでタクシー呼んでもらって帰るからっ。手、は、離し」
「嫌だ。」
「いやって・・何言ってるの。子供じゃないんだから。みなと・・」
正面を睨むように見つめる湊。雨で濡れた体は冷えているのに、強く握られたままのわたしの手は熱を持ち始めた。


チン!と軽快な音と共にエレベーターのドアが開く。湊は私の手をつかんだまま箱のなかに引き入れた。
「ま、待って!湊、わたしはっ」
「十分待った。もういいだろ。」

え?十分待った?どういうこと?


混乱しているわたしにかまわずエレベーターは引力に逆らってぐんと上昇を始め、私は軽く目眩がした気がした。












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