彼と彼女の選択

沢 美桜湖

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彼女の

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「ここ?」
「そう。ここ。」
戸惑うわたしに、湊はにっこり笑って返した。




「香奈子、揚げだし好きだったよな?うまい店見つけたんだ。」
そういって湊はわたしをここに連れてきた。
表通りから一本奥に入った路地にある小さな日本料理の店。らしい。一見普通の古民家だ。いや、日本家屋。入り口にある小さな看板が無ければ、まったく店だとはわからない。年代を感じさせる引き戸を湊が開けて、わたしに中に入るように促す。

「どうぞ?」

やっぱり6年ぶりだ。笑顔を向けられるたびにドキドキしてしまう自分になんだか腹が立つ。


中に入ると着物を着て前掛けをかけた女性が「いらっしゃいませ。」と笑顔で出迎えてくれた。板前さんの「らっしゃい!」という声も重なる。
軽く会釈して目を上げると、その女性がわたしの後ろから入ってきた湊に声をかける。

「あら、お帰りなさい、篠原さん。今日もお疲れ様でした。」

あれ? 知り合い? 

不思議そうなわたしの背中を押して歩きだす湊。当たり前のように「ただいま。」と返し、「今日は奥に行っていいですか?」と言った。
「まあまあ。ええ。もちろんです。奥へどうぞ。今お茶をお持ちしますね。」
にこにことなんだかうれしそうな女将さんの案内で奥の座敷に向かった。



「香奈子。ビールでいいよな? おかみさん、生二つで。」
「はい。かしこまりました。」

お茶とおしぼりを置いて、にこにこ顔のおかみさんが下がった後
「ここの近くのホテルに泊まってるんだ。で、帰ってきた日に部長に連れてきてもらったんだけど、それから毎日仕事のあと、ここに通ってるんだよ。なんか日本の飯、久しぶりでさ。もう一週間通い詰め。」

不思議顔の私にそう話し始める。

「向こうでは日本食、食べないの?」
「うーん。西には結構うまい日本食のレストランとかあったんだよ。でも東海岸に移ってからはさっぱりだな。いくつか日本食レストランってのがあるけど、ありゃ日本食じゃない。まずい。やっぱ日本人が作る日本食とはちがうんだよな。」
「自分で作ればいいじゃない。お母さんに日本の食材送ってもらったりしないの?」

自然に出てきた お母さん という言葉。湊のお母さんにも付き合っていた頃に何度かお会いした事があった。とても良くしていただいたのだが。言った後に あ!と思っても遅い。
お付き合いしているときはいざ知らず、今、湊のお母さんを気安く お母さん と呼ぶべきではないだろう。


何やってんのわたし!



内心あせっているわたしを余所に湊はこぼす。

「最初はいろいろと送ってもらってたんだけど時間ないし、自分で作る飯ほど味気ないものはないしなー。第一俺が料理できないの知ってるだろ。」

言いながら恨みがましくわたしをみるな!わたしは関係ない! 


「はいはい。ではせっかくの日本ですから、思い切り日本食堪能してくださいな。」

そう投げやりに言ったとき、
「失礼しますよ。お待たせしました。どうぞ。」
おかみさんがビールのジョッキを持ってきた。「ありがとうございます。」と受け取る。

「仲がよろしいんですね。」
おかみさんがおっとりとした口調で話し出す。
「篠原さんたら、ここ一週間、仕事帰りは毎日うちにいらっしゃるから心配していたところだったんですよ。一緒にいらっしゃるのも、男の方ばかりで…。何年ぶりかの日本だっておっしゃっていたのに、会いたい方とかいらっしゃらないのかしらって主人とも話していたんですよ。
でもこんなきれいな方連れていらして。よかったわ。」

後半は湊に向かって言った。。湊は「あはははっ」とさわやかに笑っている。
「い、いえ!私はそんなんじゃ・・・・・」
あせって訂正しようにも、湊はすぐに料理の注文を始めてしまいタイミングを逃してしまった。


なんだか居心地悪い…


「あ、それから揚げだしひとつ。こいつ揚げだしが好きなんですよね昔から。」

はい。大好物ですよ
覚えてくれてたのはうれしいのですけれど
やっぱり居心地わるいぞ


「まあ、そうですか。じゃとびきりおいしいものをご用意いたしますね。」
そういっておかみさんが座敷を出て行った。
う、訂正のチャンスはなし・・・ですか・・?

湊は気にする風もなく、ジョッキを持ち上げて、目で合図してくる。わたしにもジョッキを持てと? どこまでもマイペースな人。

「じゃ、久しぶりの再会に。」
ニッと笑いながらジョッキを突き出す湊に、わたしも苦笑いでジョッキを持ち上げる。
カツンと合わせ、湊がおいしそうにジョッキをあおるのを見ながら、「まいっか」と火照る頬を押さえながら、わたしも冷たいビールをのどに流し込んだ。










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