犬も食わない物語

胡暖

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犬も食わないハジメテの

どうしてこうなった~sideR~

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「あ゛ーーーー。……やっちまった」

 軽い足音で去っていくアイリスをその場で見送って、扉が閉まるや否や、頭を抱える。

「…いや、よく耐えた。うん。俺、よくやった」

 ほぼ無意識で動いていた自分の体。彼女の温かさ、柔らかさ、そして甘い匂い。思い出すだけで体が熱くなる。彼女の熱を知ってしまった自分はこれから、これまでと同じように我慢することができるのだろうか。
 今後、自分が必要とするであろう忍耐力に気が遠くなりながらも、案の定、怖気づいた彼女をあれ以上追い詰めることのなかった自分を褒めてやりたい。

 色々な衝動と感情から、しばらく動くことが出来なかったが、覚悟を決めてノロノロと動き出す。
 気分転換にジョギングでもするか…。
 急にぽっかりと開いてしまった予定に、余計なことを考えたくなくて無心に体を動かすことにした。
 その日は、走って走って、倒れ込むように眠った。

 ◆

 翌日の仕事帰り、約束通りに迎えに来た俺に、ほっとした顔をするアイリスを抱きしめてもみくちゃにしたい衝動にかられながら、それをおくびにも出すことなく、これまで通り、紳士的な距離を開けて歩く。

「昨日は本当にごめんなさい。……私、覚悟できてるつもりだったの」

 俯いたアイリスがポツリと呟く。
 きっとその話題になるだろうと、思ってはいたものの、正直もう一度突き詰めて話したい話題ではなかった。こっちだって、余裕なんてない。必死に見ないふりをして蓋をした感情である。変にこじ開けでもしたら、大惨事になるに違いない。

「蒸し返すなもういい」

 若干ぶっきらぼうになったが仕方ない。
 しかし、アイリスはそうは思わなかったようで、足を止める。

「……やっぱり怒ってる?」

 同じように足を止めた俺をじっと見上げてくる。
 勘弁してくれ……。

「いや…そういえば、お前ん家に挨拶行くの、いつにする?」

 首を振って話題を変えた俺にアイリスは少し視線をさ迷わせる。

「ねぇ、それなんだけど。やっぱり…」

 少し迷うように言葉を切った。
 いつもそうだ。家族に挨拶させて欲しいと言うと、彼女は言葉を濁して逃げる。
 なんでだ?何がいけない?

「嫌なのかよ?」
「違うよ。違うけど……」

 煮え切らないアイリスの様子にイライラが募る。
 思わず詰問するように問いかける。

「違わないだろ?俺と結婚したくないのか!?」
「そうじゃない、そうじゃないけど!!どうしてそんなに結婚を焦るの?私はもっと、お互いのことを知ってから…!」
「だから、これ以上何を知りたいんだ!お互いいい年なんだ、すぐ結婚したっておかしいことなんかないだろう!?」

 喧嘩したい訳じゃないのに。お互いにヒートアップして引けなくなっていた。
 毎回こうだ。同じことで何度も何度も言い合いをして。結論は出ないまま堂々巡り。

「結婚さえすればこっちのものだと思っているんでしょう?」

 いきなりアイリスから飛び出てきた言葉にうぐ、と喉が詰まったような音が出た。腹の中に抱えた疚しい気持ちを見透かされたようで、気まずくなる。
 そんな俺の様子を見て、納得顔をするアイリス。
 そりゃ、結婚さえしてしまえば、真面目なアイリスはちょっとやそっとの事じゃ、離婚なんぞ言い出さないと思っている。あんなことやこんなこと……結婚したらやりたいことはいくつもあるが、健康な男なら普通の欲望だと思う。

「ほら、やっぱり…!結婚さえしてしまえば、他の女と遊び放題って思ってる?私、浮気なんて許さないから!」
「は?」

 目が点になった俺の顔を見て、話がかみ合っていないことに気が付いたのだろう。アイリスもきょとんと首をかしげる。

「え?違うの?」
「違うっていうか…いったいどこからそんな発想出てきたんだよ」

 こちとら、これまでの行いが信じられないほど、懇切丁寧に大事に大事に接しているつもりだ。それが、他の女?どういうことだよ。まさか、誰にでもこんなことしてるとでも?
「だって」と口ごもったアイリスが視線を落とす。自然と剣のある顔になるが止められない。
 彼女も強い目でこちらを見返してくる。そして、ふいと顔を逸らす。

「違うならいい」

 そう言ってまた歩きだしたアイリスは、家に着くまでひたすら無言だった。ホント勘弁してくれ。
 何でこんなことでこじれるんだ?
 口を開かなくなってしまったアイリスにお手上げ状態。ここからどうすれば良いのかなんて分からない。

 絶対に頼りたくなかったが仕方ない。背に腹は代えられない。
 アイリスはまだ俺には本音を言わない。
 俺はキャサリンを呼び出すことにした。
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