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犬も食わない馴れ初め
切ない思い出 ~sideA~
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フッと目を開けると、地べたに座り込んでソファを背もたれがわり半身を預けているルークと目が合う。
驚きすぎて呼吸が止まるかと思った。
「な、んで…ここ?」
「正気に戻ったかよ」
ゆっくりと体を起こして頭を振ると、ルークが水の入ったグラスを差し出してくれる。
ちびちびと水を飲みながら昨日の事を思い出す。
「で、俺になんか言うことないわけ?」
「……迷惑かけて、ごめんなさい」
引っ詰めていた髪はルークが解いてくれたのだろう。できるだけ俯いて髪で顔を隠す。
ふ、と髪が引っ張られた。ルークが手のひらで弄びながら微かに笑う。
「こうやって髪を下ろしてるのは、プロムの日以来だな」
その言葉に少し体を固くする。
プロムのことを思い出すのは少し、切ない。
◆
「ね、ねぇ。キャサリン、これちょっと……派手すぎない?」
「なぁに言ってんのよ!今日くらい派手にしないでいつ派手にするの!?」
キャサリンは片手にブラシを、もう片方の手を腰に当てて呆れたように言う。
家は貧乏子沢山をそのまま絵に描いたような家庭で、プロムの衣装やなんやを用立てることが出来なかった。
どうせ相手もいないし、卒業式だけ出て、プロムは欠席しようかなと思っていたところを、キャサリンに貸衣装屋に連れていかれた。お金がないから借りられないと、伝えると、お金はあるからその代わり全てキャサリンに任せるようにと言われたのだ。
(でも、それにしたってこれは……)
ドレスは薄いピンク地のシフォンを重ねたような可愛らしいものだが、前側にいくにつれて、丈の短くなる形で、膝より下ががっつりと出ている。学校の制服すら膝下丈のものを着用していた私にはハードルが高い。
沢山沢山試着した内の一つらしいが、あの日はあまりにも着替えすぎてもはや覚えていなかったし、最終的に決定したドレスをキャサリンは教えてくれなかったのだ。
そして、眼鏡は取り上げられ、お下げにしていた髪は、ハーフアップに結い上げられ華やかに巻かれている。
極めつけに、人生で初めてしっかりとメイクアップされた。
「相手もいないのに、こんな気合い入れたって…」
自分の事をしげしげと眺めながら呟くと、キャサリンはもー!と声を上げる。
「いないから気合い入れるんでしょー!しっかり良いお相手引っ掻けてくんのよ!」
「そんな無茶な…」
とは言え、自分の準備そっちのけで仕度をしてくれたのだ、ありがたいと思おう。もう時間もないし、着替えもない。
婚約者が迎えに来るキャサリンと別れ、そそくさと会場に向かう。さっさと行って、壁の花になっていれば目立たないであろう。
会場は学園の敷地内にある古ぼけた聖堂だ。ギギっと軋む音を立てて扉を開く。思いの外音が響いたのか、すでに来ていた人達の視線を感じて少したじろぐ。シャンと背筋を伸ばして、一度深呼吸をして歩きだした。壁際に向かいながら、周りを見渡す。
普段は礼拝用に設置された長椅子をすべて撤去したのだろう、広々とした空間となっている。ここはステンドグラスの美しい場所で、確かにパーティーにはもってこいだと思うが、聖堂と言う場所柄、壁際に並べられた食事達はいささか不謹慎ではないだろうか…。
(でも、ま、相手のいない私はご飯食べるくらいしかすることがないわけだし…)
「おい」
気を取り直して、食事を物色していると後ろから声をかけられた。
私にこんなぶっきらぼうに話しかけてくる人物は一人しかいない。ルークだ。
普段とは違う自分の姿を、少し恥ずかしく思いながら、そろりと振り返る。視線が絡んだ瞬間、ルークの瞳が大きく見開かれる。ポカンと空いた唇に、失礼ね、と思いながらじとっと視線だけで見上げる。
ルークの横には、ルークによく似た髪の色のとてもきれいな女の子が立っていた。年下だろうか。その顔は少し幼い。私など到底及ばない可愛らしさだ。
「何よ」
「お前、その恰好…」
「キャサリンがやってくれたの…どうせ似合わないっていうんでしょう?」
「……自分で似合っているとでも?」
ルークは口元をゆがめると意地が悪そうに嗤う。
分かっていることでも、面と向かってはっきり言われると傷つく。じわりと目に涙が浮かび、顔が熱くなってくる。きっと真っ赤になっているだろう。足元をじっと見ることで涙をこらえた。
(あぁ、私…嘘でも綺麗だよって言ってもらいたかったのね)
涙がこぼれる前に、と動き出す。支度してくれたキャサリンには悪いけれど、このままプロムに参加する気にはなれなかった。
(やっぱり今日は帰ろう)
ルークたちの横をすり抜けようとしたその時、ギュッと腕を掴まれる。
「何?」
「…帰るんだろ?送ってやる」
誰のせいで!と一瞬頭が沸騰しかけるが、ぐ、っとこぶしを握って深呼吸する。
「結構よ。…お相手の子を一人にするつもり?」
「ごめんね、直ぐ帰ってくるよ。料理でも食べて待っていて」
こちらの言葉には答えを返さず、パートナーに優しい笑顔を送ってそのまま、私を先導するように歩き出す。
私は文句も言えないまま、ただただ引っ張られる腕に身を委ねた。
驚きすぎて呼吸が止まるかと思った。
「な、んで…ここ?」
「正気に戻ったかよ」
ゆっくりと体を起こして頭を振ると、ルークが水の入ったグラスを差し出してくれる。
ちびちびと水を飲みながら昨日の事を思い出す。
「で、俺になんか言うことないわけ?」
「……迷惑かけて、ごめんなさい」
引っ詰めていた髪はルークが解いてくれたのだろう。できるだけ俯いて髪で顔を隠す。
ふ、と髪が引っ張られた。ルークが手のひらで弄びながら微かに笑う。
「こうやって髪を下ろしてるのは、プロムの日以来だな」
その言葉に少し体を固くする。
プロムのことを思い出すのは少し、切ない。
◆
「ね、ねぇ。キャサリン、これちょっと……派手すぎない?」
「なぁに言ってんのよ!今日くらい派手にしないでいつ派手にするの!?」
キャサリンは片手にブラシを、もう片方の手を腰に当てて呆れたように言う。
家は貧乏子沢山をそのまま絵に描いたような家庭で、プロムの衣装やなんやを用立てることが出来なかった。
どうせ相手もいないし、卒業式だけ出て、プロムは欠席しようかなと思っていたところを、キャサリンに貸衣装屋に連れていかれた。お金がないから借りられないと、伝えると、お金はあるからその代わり全てキャサリンに任せるようにと言われたのだ。
(でも、それにしたってこれは……)
ドレスは薄いピンク地のシフォンを重ねたような可愛らしいものだが、前側にいくにつれて、丈の短くなる形で、膝より下ががっつりと出ている。学校の制服すら膝下丈のものを着用していた私にはハードルが高い。
沢山沢山試着した内の一つらしいが、あの日はあまりにも着替えすぎてもはや覚えていなかったし、最終的に決定したドレスをキャサリンは教えてくれなかったのだ。
そして、眼鏡は取り上げられ、お下げにしていた髪は、ハーフアップに結い上げられ華やかに巻かれている。
極めつけに、人生で初めてしっかりとメイクアップされた。
「相手もいないのに、こんな気合い入れたって…」
自分の事をしげしげと眺めながら呟くと、キャサリンはもー!と声を上げる。
「いないから気合い入れるんでしょー!しっかり良いお相手引っ掻けてくんのよ!」
「そんな無茶な…」
とは言え、自分の準備そっちのけで仕度をしてくれたのだ、ありがたいと思おう。もう時間もないし、着替えもない。
婚約者が迎えに来るキャサリンと別れ、そそくさと会場に向かう。さっさと行って、壁の花になっていれば目立たないであろう。
会場は学園の敷地内にある古ぼけた聖堂だ。ギギっと軋む音を立てて扉を開く。思いの外音が響いたのか、すでに来ていた人達の視線を感じて少したじろぐ。シャンと背筋を伸ばして、一度深呼吸をして歩きだした。壁際に向かいながら、周りを見渡す。
普段は礼拝用に設置された長椅子をすべて撤去したのだろう、広々とした空間となっている。ここはステンドグラスの美しい場所で、確かにパーティーにはもってこいだと思うが、聖堂と言う場所柄、壁際に並べられた食事達はいささか不謹慎ではないだろうか…。
(でも、ま、相手のいない私はご飯食べるくらいしかすることがないわけだし…)
「おい」
気を取り直して、食事を物色していると後ろから声をかけられた。
私にこんなぶっきらぼうに話しかけてくる人物は一人しかいない。ルークだ。
普段とは違う自分の姿を、少し恥ずかしく思いながら、そろりと振り返る。視線が絡んだ瞬間、ルークの瞳が大きく見開かれる。ポカンと空いた唇に、失礼ね、と思いながらじとっと視線だけで見上げる。
ルークの横には、ルークによく似た髪の色のとてもきれいな女の子が立っていた。年下だろうか。その顔は少し幼い。私など到底及ばない可愛らしさだ。
「何よ」
「お前、その恰好…」
「キャサリンがやってくれたの…どうせ似合わないっていうんでしょう?」
「……自分で似合っているとでも?」
ルークは口元をゆがめると意地が悪そうに嗤う。
分かっていることでも、面と向かってはっきり言われると傷つく。じわりと目に涙が浮かび、顔が熱くなってくる。きっと真っ赤になっているだろう。足元をじっと見ることで涙をこらえた。
(あぁ、私…嘘でも綺麗だよって言ってもらいたかったのね)
涙がこぼれる前に、と動き出す。支度してくれたキャサリンには悪いけれど、このままプロムに参加する気にはなれなかった。
(やっぱり今日は帰ろう)
ルークたちの横をすり抜けようとしたその時、ギュッと腕を掴まれる。
「何?」
「…帰るんだろ?送ってやる」
誰のせいで!と一瞬頭が沸騰しかけるが、ぐ、っとこぶしを握って深呼吸する。
「結構よ。…お相手の子を一人にするつもり?」
「ごめんね、直ぐ帰ってくるよ。料理でも食べて待っていて」
こちらの言葉には答えを返さず、パートナーに優しい笑顔を送ってそのまま、私を先導するように歩き出す。
私は文句も言えないまま、ただただ引っ張られる腕に身を委ねた。
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