犬も食わない物語

胡暖

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犬も食わない馴れ初め

蜂は泣きっ面を狙ってくる ~sideA~ 

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「誰が本気で相手にするかよ、あんな偏屈で堅物の面白味もない女!」

 吐き捨てられた言葉に、俯いて泣かないようにするのが精一杯だった。


 ◆


「しっかし、あんたもホント男運無いわよねー」

 友人から一世一代の恋をそんな風に笑われ、ムッとする。

「どうせ私は偏屈で堅物の面白味の無い女ですよー」
「やだー、でたでた。呪いの言葉!」

 きゃはは、と軽い声を上げて、キャサリンが笑う。
 本当になんで私と友達になってくれたのか分からない。彼女は底抜けに明るい人だ。心配性で、臆病でウジウジしている私をいつも、軽く笑い飛ばしてくれる。結婚して母になった彼女をこうして夜に呼び出すのは、多少気が引ける。それでも、他に友達のいない私は「いいのよー」、という彼女の軽い言葉を信じて、飲みに誘った。

「全く、アイリスは何でも固く考えすぎよ。学生の時みたいにルールに縛られずにもう少し楽に生きてごらんなさいよ」
「それができたら、こんな風になってないわよ」

 私はキャサリンの言葉に口を尖らせる。
 全く、23歳にもなって、自分が嫌になる。
 だいたい皆、学校を卒業する18歳頃には相手を見つけ、結婚する。私は、学校で相手を見つけられず、そのまま就職した。
 心配性で真面目な性格を好み、目をかけてくれた上司のお陰で仕事にやりがいはある。いつまでいるの、あの子?という子育てを終えて戻ってきた先輩方の目と、後から入ってくる後輩の、はなりたくない、という視線は堪えるものの、日々淡々と仕事に生きていた。
 けれど、本当は、心の奥底では、そんな自分を厭い、変わりたいと思っていたのだと思う。

 だからこそ、少しばかり優しくされて、ころっと堕ちてしまったのだ。

「まさか、あんたが既婚者に引っ掛かるとはねぇ」

 そう。今日の飲み会のきっかけ。私の失恋。
 彼は職場に出入りする花屋で、いつも、優しい笑顔を浮かべている人だった。
 後からキャサリンに「取引先で仏頂面の男がいるもんか」と言われて、我に返ったが、普段笑顔を向けてもらうことの少ない枯れた女が好感を持つには十分だったのだ。
 アイリスさん、なんて呼ばれて、あなたに似合うと思って、なんて花をもらって、舞い上がってしまったのだ。
 こっそり手紙をもらって、今日良ければ飲みに行きましょうなんて書いてあって、浮かれて行ってみたらこの様だ。

 仕事後に落ち合った彼と二人、ご飯を食べに行こうとしたところで、奥さま登場。弾けるような若さを持つ彼女を呆然と見ていると、あっという間に彼につめよってくる。怒った顔の奥さまに慌てた彼はこう吐き捨てた。

「誰が本気で相手にするかよ、あんな偏屈で堅物の面白味もない女!」

 そして、涙ぐむ奥さまを宥めるように肩をだいて、私の方を見ること無く立ち去った。本当に浮気じゃないのかと不安そうに見上げる奥さまに彼が優しく話しかける言葉がいやに耳に残った。

「馬鹿言うなよ、取引相手の接待に決まってるだろ?」

 そうか、私は接待で相手をしていただいただけなんだな、と。
 まだ、始まってもいない恋だった。それでも、これから先の未来を想像して、にやにやする時もあった。
 まさか既婚者だったなんて。

 でも、それだけなら耐えれた。こんな風に、キャサリンを呼び出して酒に溺れることも無かった。

 俯く私に追い討ちをかけたもの。

「は、無様だな。何浮かれちゃってるわけ?」

 奥さまと共に登場したこの男。ルーク。学生時代からの腐れ縁で、顔を合わせる度に皮肉を言ってくるこの男。
 私も可愛げがなく、負けん気の強い性格なものだから、一々突っ掛かって応戦してしまう。
 彼は、王室警備隊に所属していて、女官をしている私の職場とも近い。会いたくもないのにしょっちゅう顔を会わせるのだ。外面が良く、爽やかな顔をしているのでモテるし、それこそ学生時代は女の子を取っ替え引っ替えしていたが、就職してからは忙しいのだろう。結婚もせず、誰とも遊んでいる様子がなかった。そして、その鬱憤を晴らすかのように、私の元に来ては皮肉を言って去っていくのだ。

 いつもは、にやにやしているその顔が、今日は酷く冷たくて、腹が立つより先に落ち込んだ。変な威圧感を持ってゆっくりと近づいてくるもんだから、これ以上なにか言われる前にと走って逃げ出した。もうこれ以上は耐えられそうになかったのだ。

 そして、その足でキャサリン宅まで向かい、こうして酒場で愚痴を聞いてもらっているというわけだ。

「まぁ、でもせっかく勇気を出した結果がこれじゃ、落ち込んでも仕方ないわよ」
「……このまま私、恋人もできず結婚もできないのかな…」
「あら、何よ。結婚したいの?」
「分からない…皆が普通にできていることができないことに焦っているのかも…」

 キャサリンの言葉に酩酊した回らない思考でゆっくり首を振る。

「ルークが、偶々あの場にいてね、無様だなって言ったの。あぁ、私って無様なんだなって。これまで仕事頑張ってるから良いやって、見て見ぬふりしてたけど、この歳でまともな恋愛経験もない私って人としてどうなのかと思って…」
「……ったく、あいつは…良い年して、10代の子供かよ」

 キャサリンは額を押さえて首を振る。

「あんたもあんたよ、言われっぱなしで逃げ帰るなんてらしくないじゃない!」
「だって…」

 もう、疲れてしまったのだ。
 何でもないですよ、という取り繕った顔ばかり上手くなってしまって、心を置き去りにしてきた反動だろうか。

「あー、もう分かった!あんたに良いものあげるわ!」

 髪をかきむしったキャサリンが、ポケットから飴玉のようなものを出す。

「いい加減、この膠着状態も見飽きたわ。これ、食べて、ほら、早く!」

 ぐいっと飴玉を口に入れられて、大人しくなめる。

「なに、これ」
「自白剤よ、あんたは少し素直になりなさい」

 物騒な言葉に思わず固まる。今は育児のため休業しているが、キャサリンは薬師だ。とてもとても優秀な…。
 どうしよう、と思いながら一度口に入れたものを出すのは、はしたないな等と悠長に考えている私は多分、大分酔っている。

 すっと、席を立ったキャサリンがぐるりと店内を見渡したかと思うと、誰かを引っ張って戻ってきた。

「ルーク……」

 あ、っと思ったけどもう遅い。
 ビックリして思わず、自白剤を飲み込んでしまった。
 喉を押さえるが、そこにはもう何もない。
 キャサリンは、そっぽを向くルークを無視して、私に笑いかける。

「私、子供の世話があるからもう帰るわ。ルークは、アイリスを家まで送り届けること、良いわね?」
「あぁ?なんで俺が…」

 迷惑そうなルークに居たたまれなくなって立ち上がる。

「いいよ、私一人で帰れる」

 でも、思っている以上に飲みすぎたようで、足元がふらつく。それを見て、舌打ちしたルークが支えてくれる。

「ふふん、ここはルークの奢りで良いわね?じゃ、私帰るから」

 そう言って機嫌良く笑ったキャサリンは本当に帰ってしまった。

「おい!待てよ!なんで俺が!!!」

 ルークは怒鳴るが、キャサリンは肩で手をヒラヒラさせるだけで、振り向きもしなかった。
 ルークは盛大に舌打ちしたが、一度私を椅子に座らせると「絶対に動くな」と念押しをしてこの店の支払いに向かった。
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