【完結】没落令嬢オリビアの日常

胡暖

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婚約者編

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「お部屋にお戻りの所、すみません。少し手伝っていただけませんか?」

 そうクラースさんに声をかけられたのは、フレイヤ様と夕食をとって、部屋に戻ろうとしていた時だった。私に?と思ったけれど、断る理由もないし、快諾してついて行く。
 階段を降りて、外へと続く扉を開けて出ていく。
 あれ?妙に暗い方に行くな、そう思った時には後ろから何者かに薬を嗅がされ昏倒させられていた。
 薄れゆく意識の中で、見える景色は妙にスローモーションで、半身だけこちらを向いたクラースさんの、相変わらず背筋がピンと伸びた立ち姿に「あぁ、騙された」と思った瞬間、意識が途切れた。

 ◆

 ぼんやりと意識が戻り、まず感じたのは黴臭さだった。
 うぅ、とうめき声を漏らしながら体を起こす。頭が重く、くらくらした。
 薄暗い中で、自分の姿の見聞をする。多少汚れてはいるが、服はきちんと着たままだし、外傷はない。拘束もされていないし、ひどいことはされていないようだった。
 でも、何で?疑問が頭の中をぐるぐるする。クラースさんはセオドア様の家令。クラースさんについていって拐われたということは、私達、セオドア様に騙されていた?それともクラースさんが裏切り者?
 痛む頭を押さえながら考えるが考えがまとまらない。それに、少し寒い。外套も着ずに暖房もないところに放り出されているのだから仕方ない。体を擦りながらあたりを見渡しても、碌に奥行きのない狭い小屋に押し込められていることが分かるだけだった。

 ぎぃと軋むような音がして扉が開く。
 私は身を固くして、入ってくるものを睨みつけた。

 入ってきたのは、クラースさん。そして、その後ろに続いて入ってきたのは、宰相だった。

 あぁ、裏切っていたのはクラースさんだったのね。
 宰相に従う様子を見せるクラースさんに、私はぎゅっと目を閉じる。
 宰相は私の様子を見ると高らかに嗤った。

「ははは!無様だな!身の程をわきまえず、私に楯突くからこのようなことになる」

 私はむっとして怒鳴り返す。

「私は、何か間違ったことを言ったかしら?こうなったからには、もっと言ってやればよかった!」
「はん、減らず口を…!全く忌々しい娘だ。ここで口を封じても良いが、せっかく捉えたのだ。陽動程度には使えよう。ははは、精々助けが来るよう祈るが良い!」

 悦に入った宰相の言葉に身を乗り出す。アルフレッドは国家間で一触即発の状態だと言っていた。

「陽動?あなたたち何を企んでいるの!?」

 私を見下ろして、宰相はニヤリと目を細めた。

「そなたはどうせ知ることの無いことだ。皇太子の独断での婚約。私は今回のことで、王家の連中にはほとほと愛想が尽きたのだ」
「はぁ?フレイヤ様との婚約のどこに問題があるって言うのよ!」
「貴族の婚姻は感情ではなく、外交だ。それが、皇太子ともあろうものが、うまみのない隣国の貴族などと…。惚れた腫れたでは国は立ち行かないのだ」

 何それ。一方的に決めつけた宰相の言葉に怒りで震える。

「セオドア様は恋愛感情に振り回されるような方ではないし、フレイヤ様は賢明な方よ。思い込みで勝手なことを言わないで!」
「いいや、血は争えない。セオドア様は周囲が見えていないのだ。だから、私の言葉に耳を貸さない」
「はん!それこそ思い上がりが甚だしいわ!!どうしてセオドア様が、一宰相にお伺いを立てる必要があるの?」

 私の言葉に宰相は目を吊り上げた。しかし、私はもう止まらない。

「あなたが旨味の無い、と言う我が祖国には、肥沃な土地がある。そちらの国アルストリアが喉から手が出るほど欲しいであろうね。フレイヤ様はそれをさらに富ませる研究をしたいと言っている。自国の未来の発展を考えるセオドア様は、フレイヤ様のそんな真面目なところに引かれたのよ」

 それがどんなに尊いことか。

「頭の固い頑固爺には分からないわよねぇ」
「な、なにを…!」

 私はピンと背筋を伸ばす。これだけは、売り言葉に買い言葉ではない。

「賢明な若い二人が、お互いを慈しみ合いながら、この二国を結び付け、さらに富ませてくれることを、私は信じていますし、視野の狭い年長者の偏った意見に二人の未来が潰されることを私は望みません。そのためにはこの命に変えても抗わせていただきます!」
「減らず口を…!ふん。王も皇太子ももう終わりだ。今後のアルストリアはある方の元で生まれ変わるのだ!」

 宰相は顔を真っ赤にし、唾を飛ばしながら吐き捨てる。
 私の言葉を分かって貰えるとも思わないし、宰相も、もはやここで引くことはできないのだろう。
 お互いに無言で睨み合っていると、扉の外から声が聞こえた。

「宰相?…誰かいるのか?」

 そして、入ってきた人物に私は思わず息を飲んだ。
 対照的に宰相は、相好を崩して礼をとる。

「これはこれはテオドール様。こんな薄汚れたところにはお出でにならないで良いのですよ。……いやね、陽動に使えそうな娘を一人連れてきたのです」
「…テオドールさま?」

 私は宰相の言葉を繰り返す。チラリとその美しい相貌がこちらに向けられる。その瞳にはなんの感情も写されてはいなかった。
 一方で私の頭の中は混乱を極めていた。
 だって、彼女、彼?はミシェルさんの筈だ。
 私が会った時には何時も下ろしていた髪は高く結われ、化粧もしていないけれど…そう言えば、あの赤髪…?
 第一、ミシェルさんはアルフレッドの協力者の筈だった。それが実は宰相と繋がっていた…?どういうこと…?

 思考の渦に絡めとられて、一言も発しない私を一別すると、ミシェルさんは宰相に向き直る。

「そう…女性に手荒なことはしないでね」
「もちろんでございます。さ、行きましょう。……後は良いな?クラース」
「は」

 ミシェルさんの言葉に軽く応じた宰相は、後の事を全てクラースさんに丸投げして、出ていった。
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