【完結】没落令嬢オリビアの日常

胡暖

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婚約者編

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 後ろを警戒しながら、躓かないように、でもできる限りの速さで、急くように歩いて、宮殿に到着する。門番の姿を見つけてほっと一息をついた。
 門番にハンナ・カーメルから来た証明の札を見せると、簡単な手荷物検査の後、中に通される。
 人二人が手を広げるといっぱいになりそうな狭さの門を抜けると、開放的なアプローチが広がっていた。土地柄、あまり庭に花は植えないらしく、背の低い常緑樹が道の脇にきれいに整列して植えられている。白い輝く石で作られた塀が見事だった。
 門番に先導されながら、宮殿の中に入る。セオドア様の家令のクラースさんが出迎えてくれ、挨拶した後、宮殿の侍女に案内が代わり、そのまま用意されている部屋へと向かった。


 ◆


 用意された部屋はこじんまりとしていたが、貴族を迎えるに相応しく整えられ、ソファのカバーや、絨毯の繊細な織りは流石だった。
 どさりと荷物を床に落とすと、ベッドに飛び込む。淑女にあるまじき行動だが誰も見てやしない。

 一人になって、今更ながらに震えが来た。
 知らない土地で一人、命を失うかもしれない経験をして、心細くなる。もしアルフレッドに、会わないまま帰れなくなったらどうしよう。
 心底、きちんとアルフレッドと向き合わずに、こちらに来た自分の行いを反省する。
 震えながらも、ノロノロとベッドから起き上がり、既に運び入れられていた荷物の中から、小綺麗なワンピースに着替えて身繕いする。
 呼び鈴をならして、フレイヤ様のところへ案内してもらうことにした。夕食はフレイヤ様のところで摂ることになっていたからだ。
 本来なら主であるフレイヤ様と共に食事をするなど恐れ多いことなのだが、何となく出会いが出会いなので、フレイヤ様とはどうしても距離が近い。道中、一人ご飯は寂しいので一緒に食べたいなんて言われたら、断れるわけがなかった。皆には秘密ですよ、というのが精一杯。

 それに、私の命を狙った何者かが、フレイヤ様に牙を向かないとも限らない。彼女の様子はできるだけそばで見ていたかった。

 フレイヤ様の部屋は、一部屋一部屋の広さは私が宛がわれたものと同じくらいだが、いくつもの部屋が連なっていた。調度品は繊細で、一目で値の付くものではないことが分かる。しかし、古臭くはなく、少女が好みそうな柔らかい意匠と色調になっていた。その内の一室でまずは食前にお茶を頂くことになった。
 部屋を訪れた私をフレイヤ様は嬉しそうに迎えてくれたが、少し表情が硬い。もしやフレイヤ様にも何か?焦った私はフレイヤ様に尋ねる。フレイヤ様は首を振ったが、でも、と話してくれた。

「少しびっくりしたのです。セオドア様が、出迎えてくださった家令のクラース様と少しお話をした後、急に大きな声でお怒りになったので…」

 普段フレイヤ様の前で声を荒らげる人物などいないだろう。しかし、何が原因でセオドア様がそんなに激高したのかしら…。フレイヤ様には、なぜ怒ったのかはよく分からなかったという。しかも、その後はすぐに普通の調子に戻って、フレイヤ様を部屋まで案内してくれたという。フレイヤ様は私に話してすっきりしたようだった。私も気にはなるけど、まさか直接聞くわけにはいかない。まぁ、彼女の身が危険にさらされたのでなくてよかったわ。

 食事を摂る部屋として整えられた部屋は、美しいレースのテーブルクロスに同じレースのカバーがかけられた椅子が置かれていて、全体的にピンク色の可愛らしい感じになっていた。

 運ばれてくる料理をゆっくりと口にしながら、フレイヤ様と話をする。

「すごく綺麗な宮殿で吃驚しましたね」
「この王都を整える時に出た石で出来てるそうですよ!切り出した石を研磨すると大変美しく輝いたので、その石を同じ形に整えて積み上げて作られているんですって」
「あら、セオドア様に教えていただいたんですか?」
「はい」

(可愛いなぁ……)

 セオドア様から聞いた話を大切そうに話すフレイヤ様に目を細める。出会ったばかりの二人だけど仲睦まじいのは良いことである。
 ほんのちょっぴりだけ、アルフレッドのことを思って寂しい気持ちになる。ほんのちょっぴりだけだけど。

 しんみりしていると、フレイヤ様のわぁ!という歓声で意識を料理に戻す。

「可愛い!」

 夕食は既に終盤で、デザートが運ばれてきたようだ。お皿の上には、目にも楽しい飾り切りのフルーツが乗っていた。生のフルーツはこの国の食料自給率を考えると、とても高価なものだ。それに、あちこちにフレイヤ様を楽しませたいというセオドア様の細やかな気遣いが見えて微笑ましくなる。

 食事をすませると、今日は早々に就寝だ。食べ終わるか否かのタイミングで既に眠気と戦っていたフレイヤ様を、ハンナが優しく促す。
 私は、フレイヤ様に就寝の挨拶をすると自分に宛がわれた部屋に引き上げた。

 帰りの廊下で考える。
 宛がわれた部屋も、今日の食事の内容も、王族はこの訪問を歓迎してくれていると思う。
 では、誰が私の命を狙ったの?それとも私の考えすぎ?いえ、絶対誰かに押されたわ。

 考えすぎて分からなくなる。少し風に当たりたくなって、部屋に付いていた窓を開ける。
 夜風に当たり、ぼんやりしていたら、だんだん腹が立ってきた。
 何で私がしょんぼりしないといけないわけ?
 大体、私は何も悪いことなんてしていないわ。一体全体、どこの誰が何を考えているのか、明らかにしてやらないと気が済まない。
 ふふふ、私を狙ったことを後悔させてやるわ!

 拳を顔の前でぐっと握る。
 腹が据わると、急に眠たくなってきた。
 アクビをひとつして、窓を閉める。夢は見なかった。
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