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婚約者編
プロローグ
しおりを挟む(すごい…!天辺が霞んで見えるわ)
私は眼前に広がる巨大で壮大な連峰に思わずため息をこぼした。ほうと吐く息が白い。
ぶるると身を震わせると手をこすり合わせる。昼だというのにこんなにも空気が冷たい。
祖国、ハンナカーメルはどちらかと言うと平野が多い、緑や花々が咲き乱れる農業大国である。めったに雪が降ることもなく、こんな風に岩がゴロゴロした山や積もった雪を間近に見たのは初めてだった。
(それもこれも、このピュハ・セイナ山脈のおかげなのね)
天まで届きそうな高さを誇る、切り立った崖を寄せ集めたようなごつごつとした山々に、たくさんの湿った空気を含んだ雲が衝突し、この山の手前側にすっかり雪を降らせてしまうので、この山脈を境に、気候がまるで違うのだ。
そう、ここは我が祖国と隣国アルストリアの国境なのである。
ここから先は、常雪の国。学問と芸術の王国 アルストリア。
(あぁ、来ちゃったわ)
少しだけ後ろめたい気持ちで、まじまじと山を見つめる私の後ろから明るいフレイヤ様の声がする。
「オリビア先生!すごいですね!こんなに大きな山、初めて見ました!」
私は気を取り直して、振り返る。キラキラと輝くフレイヤ様と目が合う。寒くないように、白くてフワフワのケープを着たフレイヤ様に目を細める。モコモコしてぬいぐるみみたい…。
「そうですね。昔は、この山脈のおかげで、隣国とは全く行き来ができなかったのです。でも、かの国が編み出した掘削技術で山を抜けるトンネルを作ったんですって。ほら、あそこ。どんな技術か気になりますよね」
「あ、それセオドア様に伺いました。何でも、火薬?を使うとか…」
フレイヤ様の言葉に目を見張る。
「まぁ、武器にしか使わないようなものを利用しているのですか。それにしても、あの山は聖なる山として大切にされているのでは…」
「うふふ、それはそれとして、思いついたら試さずにはおられないのがアルストリア人だとおっしゃっていましたよ」
すごい、流石学者ばかりの国……。ちょっと、価値観が違うみたい…。信仰の対象を爆破するなんて、とてもじゃないができないことだ。合理主義者なのか、探求心が旺盛なのか…。私は賢明にも口を噤んでフレイヤ様に微笑みかける。
そうして、二人で笑いながら視線をトンネルの方に移した。門番と談笑しながら、私たちの通行交渉をしているセオドア様が見える。
そう。私は今、祖国へ里帰りするセオドア様と、その帰省に合わせて隣国を訪問する予定のフレイヤ様の付き人として、国境に来ているのである。
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