【完結】没落令嬢オリビアの日常

胡暖

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恋人編

20

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 アリス嬢の姿が見えなくなった後、私は会頭室に向かってくるりと方向を変えた。
 このまま帰るわけにはいかない。今日アルフレッドが夜会後に執務室に来るかは賭けだが、こんな気持ちのままでは帰れない。
 自分の席について、色々と考えるが、頭をよぎるのは悪い想像ばかり…。
 どんよりと落ち込みながら、じっと時計を睨んでいた。


 結局、朝まで待ってもアルフレッドは戻って来なかった。
 あと少し、もう少しと待ち続けたが、明るくなり始めた空に、ついに重い腰を上げた。
 今日はフレイヤ様が来る日だからだ。
 個人的感情で約束をすっぽかすことはできない。しかし、考えようによっては、誰かと話している方が気が紛れるかもしれないい。自分に言い聞かせながら気持ちを立て直す。
 とぼとぼと伯爵家に帰るとお父様が心配そうに部屋のドアの前に立っていた。
 私の顔を見るなり駆け寄ってきて抱き締められた。

「あぁ、良かった…!あと一時間待って帰ってこなければ、アルフレッド様に助けを求めに行こうかと…」
「連絡もせず、外泊してごめんなさい…」

 昨日は頭に血が登って、家族の事などすっかり抜け落ちていた。
 ひどく心配をかけてしまった。
 夜にミシェル一人を置いて探しに出ることなど出来なかったのだろう。今もミシェルが寝ているから、部屋から離れられずに悶々としていたに違いない。
 とにかく無事で良かった、とお父様は私を部屋の中に入れてくれる。
 ひどく落ち込んだ顔をしてダイニングの席に着いた私に、そっと温かい飲み物を差し出し、お父様は私の向かいに座る。私はお父様に無断外泊の理由を話した。
 お父様はポツポツと語る私の言葉を、黙って頷きながら聞いてくれた。
 話を聞き終わった後、静かに自分の意見を述べる。

「アルフレッド様が何も言わないということは、何か考えがあっての事だと思うよ。私は少なくとも、彼は誠実な青年だと思う」

 私はこぶしを握り、うつむいた。



「オリビア先生、今日具合悪い?」
「…っ、どうして?」
「だってさっきから、溜め息ばかり」

 フレイヤ様の指摘に、慌てて両手で口を塞ぐ。
 ダメだ、授業に集中しないと…。
 お父様に話を聞いてもらった後、そこから寝る時間はなかったので、とりあえず、温かい湯を浴びそのまま朝食をとって、ミシェルと子供部屋に向かった。
 普段通りを心掛けていたつもりだったけど、どうやらフレイヤ様にはバレバレだったらしい。首を軽く振りながらフレイヤ様に苦笑した。

「すみません…。具合が悪いわけではなくて、少し寝不足なんです」

 そう?と首を傾げたフレイヤ様は、さらりと話題を変える。

「そうだ、先生!先日いただいた、図鑑、友達と見ました。友達もすごく面白いって!オリビア先生にも会ってみたいって言ってました」

 お、大人だ。駄目ね、子供に気を遣わせたら…
 私も会ってみたいな、とやんわり笑って答えた。
 そして、全力で反省する。軽く頬を叩いて、そこからはきちんと集中して授業をした。




 授業が終わったあと、今度はアルフレッドの部屋の前で待ち構えることにした。
 アルフレッドと話をしないと、いつまでも暗い顔をしてみんなに迷惑をかけることになるからだ。とにかく、アリス嬢の話が本当なのか、きちんと確認したかった。
 アルフレッドの部屋の前に立ってから、一時間ほどして、私は遂にアルフレッドに会うことが出来た。
難しい顔をして帰ってきたアルフレッドは、部屋の前にいる私の顔を見てビックリしすぎて目を擦った。
 アルフレッドの行動が少しだけ幼い子供に見えて、そんな気分ではなかったはずなのに、思わず吹き出す。

「本物よ」
「……ビックリしました。あなたから僕の部屋を訪ねてくれるなんて」
「勝手にこの階に入り込んでごめんなさい」
「それは、良いんですが……」

 どうしたんですか?とこちらに問うアルフレッドは、ずいぶん疲れた顔をしていた。

「話があるの、入れてくれる?」

 アルフレッドは、一瞬戸惑ったものの、中に入れてくれた。
 初めて入ったアルフレッドの部屋は、キレイに整頓されているもののどこか殺風景な部屋だった。布系の小物は寒色系の色でまとめられ、家具は濃い目の木製のものが多い。物珍しくてきょろきょろする私に、苦笑しながらソファを勧めてくれる。

「何か面白いものはありますか?」
「んー、というか、あなたの私的な空間に入るのが初めてで物珍しい感じ」
「…恥ずかしいので、あまり見ないでください」

 アルフレッドは上着だけをぞんざいに椅子の背に引っ掛けると、私の横に座って肩に凭れ掛かってくる。

「それで?話って何ですか?」

 ちらりとアルフレッドの方を見ると軽く目を閉じている。
 すごく疲れている所申し訳ない…そう思いながらアリス嬢が来たことを話す。

「……それでね、アリス嬢が王妹があなたの婚約者に名乗りを上げたって…」
「あーーー」

 そこまで言い切ったところで、アルフレッドが両手で顔を覆いながら、返事ともつかない声を上げる。

「…本当なの?」
「……言いたくありません」

 手を下ろしたアルフレッドがぶすっとした顔で呟く。

「はぁ!?」

 何、その子供みたいな反応!?

「言いたくないじゃないわよ!どういうつもり!?」

 アルフレッドは体を起こして、私の方に体ごと向きを変える。

「じゃぁ、リビィ、その件がもし本当だとして、あなたは僕と別れるって言いませんか?」
「何それ……」
「僕は今必死で頑張っているつもりです。なのに、あなたが僕から離れて行ったら、僕は何のために頑張ればいいんですか?」
「ちょっと待って。結果の話は今置いておいて、あなたの状況を教えてほしいの。何も知らないままでは私、何も判断できないわ」
「……嫌です。弱音を吐いて、あなたに女々しいところを見せたくないんです」

 グチグチと言うアルフレッドに頭に血が上るのが分かった。
 アルフレッドの胸元を両手でつかんで叫ぶ。

「当事者なのに、状況も分からないまま不安な状態で居ろって言うの!?弱音じゃなくて状況説明をしろって言ってんのよ!大体あんた、今まさに女々しいわよ!!秘密主義もいい加減にしなさい!!!私じゃ役に立たないかもしれないけど、知らないまま事が終わっているなんて私はごめんよ!あなたが何も言わないなら、このまま出ていくわ!!」

 大声で一息に叫ぶと、アルフレッドから手を放して肩で息をする。
 目を真ん丸にしてこちらを見ていたアルフレッドだが、次に思い切り噴出した。

「ちょっと!笑ってるんじゃないわよ!!」

 憤る私に、片手を上げて制し、もう片方の手で口元を抑えて笑っている。笑いすぎて喋れないらしい。私、そんなに面白いこと言ったかしら…
 ひとしきり笑った後、アルフレッドは再び顔をこちらに戻した。その顔は少しすっきりしたのか、幾分柔らかくなっている。

「そうですね。リビィは、終わるまで待っているような人ではありませんでしたね」
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