24 / 65
恋人編
8
しおりを挟む
一人で、予定よりも随分早く帰ってきた私に、ルーシーは驚いた顔をした。
「お一人ですか?会頭は?」
「…知らない」
私の思い詰めた表情に何かを察したのだろう、それ以上追求することなく、着替えを手伝ってくれる。そして、ドレスの中に忘れ物がないかを確認して、ポケットにハンカチが入ったままなのに気付いたようだ。
「これ……」
「……もう要らなくなったの。捨てておいてくれる?」
「そんな……」
ハンカチを受けとる気力もなくて、ルーシーに頼むと、ルーシーは一瞬絶句したものの、ぎゅっとハンカチを握ってこう言った。
「不要でしたら、私に頂けませんか?」
「……そんなものでよければ、どうぞ」
ルーシーにはすごくお世話になっている。御礼にするには不吉だし、不格好だけど、それでもいいなら貰ってほしい。私自身は、あのハンカチはもう見たくないし、自分で処分することもしたくない。
ルーシーは私の返事に頷くと、綺麗に畳んで、自分のお仕着せの中にしまった。
(早く帰らないと…アルフレッドが帰ってくる前に)
ルーシーが馬車を呼んでくれるというのを首を振って断る。今は一刻も早く家へ帰りたい。のろのろと、出入り口の方へ歩き出す。心配そうに後ろからルーシーがついてきてくれるが、構う余裕がない。
(ごめんね、ルーシー。ありがとう)
外に出て、ルーシーが見えなくなるところまで歩いて、立ち止まる。
先程は我慢した涙を、今度は心のままに流す。
立っていられなくて、子供みたいにしゃがみ込む。
こんなんじゃダメだ、アルフレッドが戻ってくる前に、家まで帰りつかないと。
…きっと彼は優しいから、探しに来てしまう。
今の私は、冷静じゃない。きっと彼にひどいことを言ってしまう。
「リビィ!」
(あぁ、ダメだ)
アルフレッドに追いつかれてしまったようだ。きっと私が帰ってから、そう時間が立たないうちに戻ってきたのだろう。荒い息を吐くアルフレッドに、後ろからギュッと抱きしめられる。
「心配した。急にいなくなるから」
アルフレッドの体は、びっくりするほど熱かった。
「放して」
自分から出た声は固く尖っていて、それでも、震える涙声でなかったことに安堵する。
「嫌だ」
「わがまま言わないで」
アルフレッドは私の首筋に顔を押し付けるようにする。
「だって、また、僕に相談もせず諦めようとしてる」
「婚約者が決まったんでしょう?私とはもう終わりじゃない…」
「候補です。別に決まったわけじゃない」
アルフレッドの言葉に、私は激しく首を振る。
そうじゃない。そうじゃないのよ。
「もう、無理よ。私、あなたの婚約者候補が現れるたびにこんな風に心を揺らされるの?……そんなの、耐えられない」
私の様子にアルフレッドも語気を荒くする。
顔を覗き込んでこようとしたので、慌てて精一杯顔を逸らす。
「ねぇ、顔を見せて。お願いです、話を聞いてください。僕が側にいたいのは、好きなのはあなただけです」
私の顔を両手で挟み込んで、アルフレッドは真剣な顔でそう言うけど、でも。
「そんなの今だけよ。私は何も持ってないのよ。若さも、資産も、権力も」
「そんなものが欲しくて僕はあなたを選んだわけじゃない」
間髪入れずに否定してくれるアルフレッドの言葉に少し喜んでいる浅ましい自分。そして気づく。途方もなくアルフレッドを愛していることに。
(あぁ、どうして諦められると思っていたんだろう)
――――こんなにも、この人が好きなのに。
目を閉じて、少しだけ震える声でアルフレッドに問いかける。
「あなた言ったじゃない、一旦先のことを考えずに、お付き合いを始めようって」
「はい」
「それで、私がどんどんあなたの事が大切になって、あなたの横を離れられなくなったらどうするつもり?好きにさせるだけ好きにさせて、いらなくなったら棄てるの?」
思っていることを言いきって、ゆっくりと目を開ける。
今度はアルフレッドが一度ぎゅっと目をつぶって、ゆっくりと目を開けて言う。
「そんなわけないでしょう?そうやって、あなたが絆されてくれたら万々歳だ。……僕は、それくらい必死なんです」
アルフレッドの強すぎる視線に、訳も分からず苦笑しながら、子供のように首を振る。
「無理、無理よ…」
アルフレッドは、私の両手を取って、祈るように組み合わせ、自分の額につける。そして請うように言った。
「ねぇリビィ。家族を守るために、命すら惜しくないと言った、その10分の1で良い。僕との未来のために、あがいてはもらえませんか?二人で生きる明日を、簡単に切り捨てないでもらえませんか?」
私は何も言えなくなって、そのまま沈黙が落ちる。二人の息遣いだけが聞こえる、静かな夜だ。
しばらくして、沈黙がどうにも気まずくて、私は悔し紛れに言う。
「あなたって、すごく私の事好きなのね」
呆れたように言うと、アルフレッドはふふんと笑って。
「やっと自覚してもらえました?」
私は悔しくなって、さらにアルフレッドを問い詰める。
「いつから私の事好きなの?」
そう言うと、アルフレッドは少し罰が悪そうな顔になって視線をそらす。
おや、っと思って顔を覗き込む。
アルフレッドは観念するように大きく息を吐いた。
「……学園で初めて会ったあの日から、僕はあなたの事しか見てませんよ」
「お一人ですか?会頭は?」
「…知らない」
私の思い詰めた表情に何かを察したのだろう、それ以上追求することなく、着替えを手伝ってくれる。そして、ドレスの中に忘れ物がないかを確認して、ポケットにハンカチが入ったままなのに気付いたようだ。
「これ……」
「……もう要らなくなったの。捨てておいてくれる?」
「そんな……」
ハンカチを受けとる気力もなくて、ルーシーに頼むと、ルーシーは一瞬絶句したものの、ぎゅっとハンカチを握ってこう言った。
「不要でしたら、私に頂けませんか?」
「……そんなものでよければ、どうぞ」
ルーシーにはすごくお世話になっている。御礼にするには不吉だし、不格好だけど、それでもいいなら貰ってほしい。私自身は、あのハンカチはもう見たくないし、自分で処分することもしたくない。
ルーシーは私の返事に頷くと、綺麗に畳んで、自分のお仕着せの中にしまった。
(早く帰らないと…アルフレッドが帰ってくる前に)
ルーシーが馬車を呼んでくれるというのを首を振って断る。今は一刻も早く家へ帰りたい。のろのろと、出入り口の方へ歩き出す。心配そうに後ろからルーシーがついてきてくれるが、構う余裕がない。
(ごめんね、ルーシー。ありがとう)
外に出て、ルーシーが見えなくなるところまで歩いて、立ち止まる。
先程は我慢した涙を、今度は心のままに流す。
立っていられなくて、子供みたいにしゃがみ込む。
こんなんじゃダメだ、アルフレッドが戻ってくる前に、家まで帰りつかないと。
…きっと彼は優しいから、探しに来てしまう。
今の私は、冷静じゃない。きっと彼にひどいことを言ってしまう。
「リビィ!」
(あぁ、ダメだ)
アルフレッドに追いつかれてしまったようだ。きっと私が帰ってから、そう時間が立たないうちに戻ってきたのだろう。荒い息を吐くアルフレッドに、後ろからギュッと抱きしめられる。
「心配した。急にいなくなるから」
アルフレッドの体は、びっくりするほど熱かった。
「放して」
自分から出た声は固く尖っていて、それでも、震える涙声でなかったことに安堵する。
「嫌だ」
「わがまま言わないで」
アルフレッドは私の首筋に顔を押し付けるようにする。
「だって、また、僕に相談もせず諦めようとしてる」
「婚約者が決まったんでしょう?私とはもう終わりじゃない…」
「候補です。別に決まったわけじゃない」
アルフレッドの言葉に、私は激しく首を振る。
そうじゃない。そうじゃないのよ。
「もう、無理よ。私、あなたの婚約者候補が現れるたびにこんな風に心を揺らされるの?……そんなの、耐えられない」
私の様子にアルフレッドも語気を荒くする。
顔を覗き込んでこようとしたので、慌てて精一杯顔を逸らす。
「ねぇ、顔を見せて。お願いです、話を聞いてください。僕が側にいたいのは、好きなのはあなただけです」
私の顔を両手で挟み込んで、アルフレッドは真剣な顔でそう言うけど、でも。
「そんなの今だけよ。私は何も持ってないのよ。若さも、資産も、権力も」
「そんなものが欲しくて僕はあなたを選んだわけじゃない」
間髪入れずに否定してくれるアルフレッドの言葉に少し喜んでいる浅ましい自分。そして気づく。途方もなくアルフレッドを愛していることに。
(あぁ、どうして諦められると思っていたんだろう)
――――こんなにも、この人が好きなのに。
目を閉じて、少しだけ震える声でアルフレッドに問いかける。
「あなた言ったじゃない、一旦先のことを考えずに、お付き合いを始めようって」
「はい」
「それで、私がどんどんあなたの事が大切になって、あなたの横を離れられなくなったらどうするつもり?好きにさせるだけ好きにさせて、いらなくなったら棄てるの?」
思っていることを言いきって、ゆっくりと目を開ける。
今度はアルフレッドが一度ぎゅっと目をつぶって、ゆっくりと目を開けて言う。
「そんなわけないでしょう?そうやって、あなたが絆されてくれたら万々歳だ。……僕は、それくらい必死なんです」
アルフレッドの強すぎる視線に、訳も分からず苦笑しながら、子供のように首を振る。
「無理、無理よ…」
アルフレッドは、私の両手を取って、祈るように組み合わせ、自分の額につける。そして請うように言った。
「ねぇリビィ。家族を守るために、命すら惜しくないと言った、その10分の1で良い。僕との未来のために、あがいてはもらえませんか?二人で生きる明日を、簡単に切り捨てないでもらえませんか?」
私は何も言えなくなって、そのまま沈黙が落ちる。二人の息遣いだけが聞こえる、静かな夜だ。
しばらくして、沈黙がどうにも気まずくて、私は悔し紛れに言う。
「あなたって、すごく私の事好きなのね」
呆れたように言うと、アルフレッドはふふんと笑って。
「やっと自覚してもらえました?」
私は悔しくなって、さらにアルフレッドを問い詰める。
「いつから私の事好きなの?」
そう言うと、アルフレッドは少し罰が悪そうな顔になって視線をそらす。
おや、っと思って顔を覗き込む。
アルフレッドは観念するように大きく息を吐いた。
「……学園で初めて会ったあの日から、僕はあなたの事しか見てませんよ」
0
お気に入りに追加
1,402
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

元婚約者が愛おしい
碧桜 汐香
恋愛
いつも笑顔で支えてくれた婚約者アマリルがいるのに、相談もなく海外留学を決めたフラン王子。
留学先の隣国で、平民リーシャに惹かれていく。
フラン王子の親友であり、大国の王子であるステファン王子が止めるも、アマリルを捨て、リーシャと婚約する。
リーシャの本性や様々な者の策略を知ったフラン王子。アマリルのことを思い出して後悔するが、もう遅かったのだった。
フラン王子目線の物語です。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる