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再会編

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 ほっとしていた私に向かって、急に王が話しかけてきた。

「さて、ベネット元伯爵令嬢。アルフレッドの捜査によると、そなたらは詐欺に遣って不当に領地を失うことになったようだ。どうだ?伯爵家として復権を望むか?」

 私は王の言葉にゆっくりと瞬く。
 今、もし領地が帰ってきても、それは王家を謀ったガルシア子爵家を連想される。お父様の経営手腕では折角の鉱山も宝の持ち腐れになる可能性が高い。しかし、王家の直轄領であれば、このままの流行を維持できるどころか、さらに箔が付くに違いない。鉱山は金のなる木となる。
 そして、お父様は貴族位を望んでいない。で、あるならば…。
 私は背筋を伸ばして王へと返答する。

「畏れながら発言させていただきますと、此度の事、我が家は何もなすすべなく、アルフレッド様のご尽力がなければ、真実を明らかにすることも出来なかったでしょう。もともと、伯爵位は我が家には過ぎた権威だったのです。であれば、王家に領地をお返しし、適切に運用いただくのが領民にとっても望ましいことと思います」

 私の言葉にえっ!っと叫んだのはブラウンだ。そして、アルフレッドの顔と私の顔を見比べている。
 何で?ブラウンが驚くの?今、アルフレッド、関係なくない?
 王もほう、と言いながら顎髭を撫でる。
 皆して何で?
 私はコホンと咳払いをして続ける。

「ただし、一つ我が儘を通させて頂くのであれば、元ベネット伯爵領に関しては、ガルシア子爵家より没収するのではなく、我が家から返還したとお認め頂けないでしょうか?」

 そうすれば、返還料が貰えるはず。
 下手に領地なんてあっても、貧乏伯爵家じゃ結局ミシェルが社交界で肩身の狭い思いをするし、跡取りを産めだなんだとまた、お父様に後妻を勧める人が出てくるはず。同じ轍は踏まないにこしたことはないわ。貧乏伯爵家より、裕福な平民の方がましよ。お父様は今の暮らしに満足してるって言ってたしね。

「ふむ、では、領地返還に際する返還料をもって元ベネット伯爵家への補償としよう」
「ありがとうございます」

 表面では澄ました顔をしながら、よし!と、私は心の中で拳を握る。

「…欲の無い御令嬢には借りが出来たな」

 王妃様の方を見てにこにこと笑う陛下。

「本当ですこと。直轄領となるのであれば、陛下にいくら宝石を願っても大丈夫ですわね」

 うきうきと笑う王妃様。
 御二人の仲睦まじい様子に少し緊張が溶ける。


 こうして、私達も両陛下の御前を後にした。
 くたくたになったが、一度商会に戻って着替えないと帰れない。アルフレッドと一緒に馬車に乗る。ブラウンはやることがあるとの事で別便で帰るらしい。
 馬車の座席で一息つく。今日のこの結果を迎えられたのもアルフレッドのお蔭である。
 私はきちんと座り直してアルフレッドを見る。

「ここまで協力してくれて本当にありがとう。全部あなたのお蔭よ」

 ペコリとお辞儀をすると、アルフレッドは目を丸くした。
 そして破顔する。

「ねぇ、先輩。キスして良いですか?」

 はぁ?何言ってるの!?
 急に投げ掛けられた言葉に動揺する。

「ダメよ!」

 そうしたら、笑顔のままアルフレッドが馬車の中でぐいっと身を乗り出してきた。私の体を挟んで背凭れに両腕をつくようにされたので身動きがとれない。
 背中に冷や汗をダラダラ流しながらアルフレッドを見上げる。

「僕、今回結構頑張ったと思うんですけど?」
「そ、それは感謝してるけど……ちょっと待って?私達そういう関係じゃなかったでしょ?」
「あなたが大切だと、僕の気持ちは伝えたはずですが?」

 確かに聞いた…ような気もする。
 真っ赤になっておろおろする私に、アルフレッドは首をかしげるようにして顔を近づけてくる。
 ち、近いよー!!

「ご褒美、くれるんですよね」

 ほとんど唇が触れそうな距離で囁かれる。

「そ、それとこれとは……!」
「どうしても?」

 ううう、止まらない!
 近すぎて焦点が合わない距離のアルフレッドを見ていられなくて思わず目を閉じる。
 刹那、噛みつかれたと思った。

「んぅ…!」

 吐息まで全て飲み込むようなキスをされる。頭を固定され逃げられなかった。
 抗議しようと開いた口にぬるりと柔らかな舌の感触を感じてびくりと震える。閉じた目を見開いてその距離の近さに慌ててまた目を閉じる。同時に片腕で抱き寄せられたので、唇だけじゃなく体全体でアルフレッドの熱を感じて、溺れそうになった。
 アルフレッドを阻むために出していた両手で、すがるようにアルフレッドの胸元を掴む。そして、喘ぐように呼吸をし、何とか声を紡ぎ出した。

「ま、待って…!」

 アルフレッドは微かに唇を放すと吐息だけで笑った。
 待って、そこで話されるとくすぐったい…!

「…この状況で待てができるのはよっぽどの忠犬だけですよ、先輩。おあいにく様、僕は犬じゃない」

 私は目を見開く。
 アルフレッドは、また性懲りもなく唇を近づけてくる。唇をはみ、舌でなぞられ、背筋が震えた。身体中が痺れる。目に涙が浮き、ふるふると震えた私の背を宥めるようにアルフレッドが撫でる。
 そこで我慢の限界に達した私はきっ、とアルフレッドを睨み上げ、渾身の力でアルフレッドの胸を叩いた。

「や、やめてくれなきゃ、嫌いになる…!」

 戦慄く唇で囁くと、アルフレッドがピタリと止まる。
 そしてため息をつく。

「…分かりました。少し、性急すぎましたね。今日はもう何もしません」

 そう言って苦笑すると、私からそっと体を離して両手を上げた。

「私、待ってって言ったのに…」

 アルフレッドを睨みながらも、ふと離れた熱に寂しさを感じた。急に甘えたくなって、今度は自分からギュッとアルフレッドの胸元に顔を埋めた。
 ピキッとアルフレッドの笑顔が固まる。

「…先輩?」
「今日はもう、何もしないって言ったわ」

 思いきって、アルフレッドの胸に寄せた顔を、グリグリと擦り付けてみる。化粧が付いたかもしれないけど、そんなの気にしないわ。地の底より深いため息が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。温かな体に包まれて馬車の心地よい揺れに身を任せる。

(私、やられっぱなしは性に合わないの)

 そして、そのまま眠りに落ちた。
 起きたらアルフレッドに伝えようと考えながら。

 ――――私もあなたが大切です、と。
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