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2章 騎士団の見習い
15.二つの宗教
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アンナリーナに連れられ、何度か角を曲がると外に出た。城の中庭というのだろうか、四方を城に囲まれた中にぽっかりと開いた空間があった。そこに、神殿が立っている。
婚約式で一度訪れたことのある場所だ。
アンナリーナによると、この神殿は王族が神に祈りをささげるために使う神殿らしい。また、王族の婚約や結婚もここで式典を行う。
「あら、やはり神殿が気になるのね。懐かしいかしら?」
「……多少は。でもやっぱり僕のいたところとはだいぶ見た目が違うから……王城にあるから豪華なのかな?」
「おや、アンナリーナ様ではありませんか。どうかなさいましたか?」
エヴァとアンナリーナが話していると、横から声をかけられた。
神殿長のクリストフ・バックマンだ。
「神殿長、御機嫌よう。婚約者のエディに王城を案内していたのよ」
「ほう……そうですか」
クリストフは冷たい目でエヴァを見下ろした。
「王女のお手を煩わすでないぞ」
婚約式の時はちらっとしか顔を合せなかったから気づかなかったけれども、神殿長もなかなかエヴァに思うところがありそうだ。エヴァは肩をすくめることで答える。クリストフはエヴァの不遜な態度に少しイラっとした顔をした。
「そうだ、神殿長。折角ですので、神殿内を見学させていただけないかしら」
「それは……もちろんかまいませんが……」
アンナリーナの無邪気な頼みを断れなかったクリストフに連れられ、神殿の中に入る。
神殿に入ってすぐ、正面には羽根の生えた男性神の銅像が立っている。
これが王族と血縁のある神の像だろう。エヴァはふと疑問に思ってアンナリーナに尋ねてみる。
「そういえば王族は、神族の血をひいているということですが、どちらの種族の血をひいていらっしゃるのですか?」
「え?」
アンナリーナはきょとんとした顔をし、クリストフは顔をこわばらせた。
エヴァは二人の反応に首をかしげる。
「あれ?だって、神族は、2つの種族がいらっしゃいますよね?」
エヴァの言葉に、クリストフは激高を隠さず言った。
「そなた何を言っておる。我らが信仰するアイノア教では、始祖ユマーラ様とその系譜であられる神々のみを神と認めておる……さては、そなた異教徒であるな?」
クリストフの言葉に、エヴァは素直に頷いた。
「そうですね。僕の育った神殿ではヴァン教を信仰していました」
「なんと穢らわしい……!」
そういうと、クリストフはエヴァと同じ空気を吸うのも嫌だとでも言わんばかりに、徐に口を押さえてその場を立ち去った。
エヴァは呆気にとられる。困ってアンナリーナを見る。
アンナリーナも少し険しい顔をしていた。
「私たち貴族は、もれなくアイノア教を信仰しているのよ……これは少しまずいことになったかもしれないわ……」
◆
「……盲点だった。そうか庶民は信仰が違うのか」
アンナリーナの勧めで、先ほどの出来事をユーハンに相談することにしたエヴァは、ラタにラーシュ宛の伝言を頼んだ。
お茶会の後、人目を避け、三人でベルタに用意してもらった部屋に入る。
そこで、エヴァにクリストフとのやり取りを聞かされたユーハンは、思わずというように、額を押さえて呻いた。
「そうみたいだね」
「……しかし、まずいな。貴族は全員アイノア教なんだ。改宗せねばなるまい」
「アンナも言ってた。僕は別に信仰にこだわりはないけど?」
エヴァには、ユーハンとアンナリーナが何をそんなに懸念しているのか、よく分からなかった。エヴァ自身にこだわりはないので、ヴァン教からアイノア教に改宗したって構わない。
エヴァの様子に、ユーハンは緩く頭を振る。
「バックマン神殿長が、異教の神殿で育ったお前を受け入れぬ、とごねたら面倒だ」
「そうしたらどうなるの?王女様との婚約なくなる?」
「いや……王がそれを許さぬだろう。お前が異教徒であることを隠して婚約したことを不服として、我が家に無理難題を押し付けてくることはあってもな」
「えー……」
「怖いのは神殿がどう動くか分からないところだ。最悪、お前が異教徒だと断罪されかねない」
「断罪?」
エヴァは、ユーハンからでた物騒な言葉を繰り返す。異教徒であることは罪なのか?思ってもみなかった言葉に、エヴァはめをパチパチと瞬かせる。
「聞かれた相手が悪かったな……。バックマンは伯爵家だから、家格はそれほど高くない。ただ、彼が先王の弟であることと、現王が王になるにあたり、権威付けのために神殿の後ろ楯を得て即位している経緯もあり、にわかに権力が高まっている。現王は神殿を無視できない。神殿長に騒がれたら何がどう転ぶか分からない……」
クリストフに異教徒だとばれたことで、こんなに大事になるとは。エヴァはがくりと項垂れる。口は禍の元だ……。
「まぁ、神殿に改宗の儀式の依頼を出して沙汰を待つしかなかろう。父上からそれとなく王に進言してもらえるように私も動こう」
「……ありがとう、ユーハン」
「……しかし、まぁなんだ。王女と仲睦まじそうでよかった、な」
ユーハンが多少気まずそうに、「少しは人目に気をつかえ」と言うと、先ほどまで黙って話を聞いていたラーシュが急に勢い込んで言う。
「そうだ、お前はまだ子供なんだから、節度を持って付き合うべきだ!」
エヴァはきょとんとするが、どうやらアンナリーナの作戦はうまくいっているようだと思うことにする。
「ちゃんと聞いているのか!?」
ラーシュに揺さぶられながら、その日は解散となった。
婚約式で一度訪れたことのある場所だ。
アンナリーナによると、この神殿は王族が神に祈りをささげるために使う神殿らしい。また、王族の婚約や結婚もここで式典を行う。
「あら、やはり神殿が気になるのね。懐かしいかしら?」
「……多少は。でもやっぱり僕のいたところとはだいぶ見た目が違うから……王城にあるから豪華なのかな?」
「おや、アンナリーナ様ではありませんか。どうかなさいましたか?」
エヴァとアンナリーナが話していると、横から声をかけられた。
神殿長のクリストフ・バックマンだ。
「神殿長、御機嫌よう。婚約者のエディに王城を案内していたのよ」
「ほう……そうですか」
クリストフは冷たい目でエヴァを見下ろした。
「王女のお手を煩わすでないぞ」
婚約式の時はちらっとしか顔を合せなかったから気づかなかったけれども、神殿長もなかなかエヴァに思うところがありそうだ。エヴァは肩をすくめることで答える。クリストフはエヴァの不遜な態度に少しイラっとした顔をした。
「そうだ、神殿長。折角ですので、神殿内を見学させていただけないかしら」
「それは……もちろんかまいませんが……」
アンナリーナの無邪気な頼みを断れなかったクリストフに連れられ、神殿の中に入る。
神殿に入ってすぐ、正面には羽根の生えた男性神の銅像が立っている。
これが王族と血縁のある神の像だろう。エヴァはふと疑問に思ってアンナリーナに尋ねてみる。
「そういえば王族は、神族の血をひいているということですが、どちらの種族の血をひいていらっしゃるのですか?」
「え?」
アンナリーナはきょとんとした顔をし、クリストフは顔をこわばらせた。
エヴァは二人の反応に首をかしげる。
「あれ?だって、神族は、2つの種族がいらっしゃいますよね?」
エヴァの言葉に、クリストフは激高を隠さず言った。
「そなた何を言っておる。我らが信仰するアイノア教では、始祖ユマーラ様とその系譜であられる神々のみを神と認めておる……さては、そなた異教徒であるな?」
クリストフの言葉に、エヴァは素直に頷いた。
「そうですね。僕の育った神殿ではヴァン教を信仰していました」
「なんと穢らわしい……!」
そういうと、クリストフはエヴァと同じ空気を吸うのも嫌だとでも言わんばかりに、徐に口を押さえてその場を立ち去った。
エヴァは呆気にとられる。困ってアンナリーナを見る。
アンナリーナも少し険しい顔をしていた。
「私たち貴族は、もれなくアイノア教を信仰しているのよ……これは少しまずいことになったかもしれないわ……」
◆
「……盲点だった。そうか庶民は信仰が違うのか」
アンナリーナの勧めで、先ほどの出来事をユーハンに相談することにしたエヴァは、ラタにラーシュ宛の伝言を頼んだ。
お茶会の後、人目を避け、三人でベルタに用意してもらった部屋に入る。
そこで、エヴァにクリストフとのやり取りを聞かされたユーハンは、思わずというように、額を押さえて呻いた。
「そうみたいだね」
「……しかし、まずいな。貴族は全員アイノア教なんだ。改宗せねばなるまい」
「アンナも言ってた。僕は別に信仰にこだわりはないけど?」
エヴァには、ユーハンとアンナリーナが何をそんなに懸念しているのか、よく分からなかった。エヴァ自身にこだわりはないので、ヴァン教からアイノア教に改宗したって構わない。
エヴァの様子に、ユーハンは緩く頭を振る。
「バックマン神殿長が、異教の神殿で育ったお前を受け入れぬ、とごねたら面倒だ」
「そうしたらどうなるの?王女様との婚約なくなる?」
「いや……王がそれを許さぬだろう。お前が異教徒であることを隠して婚約したことを不服として、我が家に無理難題を押し付けてくることはあってもな」
「えー……」
「怖いのは神殿がどう動くか分からないところだ。最悪、お前が異教徒だと断罪されかねない」
「断罪?」
エヴァは、ユーハンからでた物騒な言葉を繰り返す。異教徒であることは罪なのか?思ってもみなかった言葉に、エヴァはめをパチパチと瞬かせる。
「聞かれた相手が悪かったな……。バックマンは伯爵家だから、家格はそれほど高くない。ただ、彼が先王の弟であることと、現王が王になるにあたり、権威付けのために神殿の後ろ楯を得て即位している経緯もあり、にわかに権力が高まっている。現王は神殿を無視できない。神殿長に騒がれたら何がどう転ぶか分からない……」
クリストフに異教徒だとばれたことで、こんなに大事になるとは。エヴァはがくりと項垂れる。口は禍の元だ……。
「まぁ、神殿に改宗の儀式の依頼を出して沙汰を待つしかなかろう。父上からそれとなく王に進言してもらえるように私も動こう」
「……ありがとう、ユーハン」
「……しかし、まぁなんだ。王女と仲睦まじそうでよかった、な」
ユーハンが多少気まずそうに、「少しは人目に気をつかえ」と言うと、先ほどまで黙って話を聞いていたラーシュが急に勢い込んで言う。
「そうだ、お前はまだ子供なんだから、節度を持って付き合うべきだ!」
エヴァはきょとんとするが、どうやらアンナリーナの作戦はうまくいっているようだと思うことにする。
「ちゃんと聞いているのか!?」
ラーシュに揺さぶられながら、その日は解散となった。
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