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2章 騎士団の見習い
11.野生の魔獣
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「次は、もう一つの建物に行こう」
黙り込んだエヴァに何を思ったのか、バルトサールはエヴァの背に手を当て促す。エヴァはその手に素直に従った。
もう一つの建物は、野生の魔獣を飼育している獣舎だった。四角い建物は、ずっしりとしていて外からでは、全く中の様子が分からない。他の獣舎とあまりにも外観が違いすぎて、エヴァは最初ここが獣舎だとは気づけなかった。
ここは、入り口の警戒も厳重だった。バルトサールが、首から下げた魔石をドアの魔石に近づける。
「これはね、鍵の魔道具なんだけど登録してない人間が使用すると、開かないだけでなく、扉についた対になる魔石から電流が流れるんだ」
こともなげにニコニコ笑いながら、バルトサールは話す。
「鍵なしで無理に開けようとしても電流が流れるから、触らないでね」
エヴァはコクコクと頷いた。
中に入ると、そこは獣舎というより牢屋のようだった。
一つ一つの区画は、天井まで伸びる壁と格子によって遮られている。檻という方がふさわしい。
その中にいる魔獣は不自然に全く動かない。
その異様な雰囲気にエヴァは圧倒された。
――――ひどい……
「野生の魔獣は強力だからね。厳重に警戒しないといけないんだ。首につけている制約の魔術具はもちろん最大出力なんだけど、もし何らかが起こって、これが外れた場合でも、この区画を作る壁と格子に埋め込まれた吸収の魔術具で、力が出ないようにして、逃げ出せないようにしてるんだ」
バルトサールはゆっくり歩きながらそう話し、一つの檻の前で足を止めた。
エヴァの真っ青な顔を見たからだろう、バルトサールは心配気に「ひどいと思うかい?」と聞いてきた。
エヴァはこくりと頷く。
「そうだよねぇ。勝手に捕まえてきてこんなところに閉じ込めるんだから……でも、エヴァ。君が魔獣との仲を仲介してくれたら、もう少し彼らの待遇を改善することもできるかもしれない」
エヴァは檻の中にいる、野生のスレイプニルをじっと見つめる。
「早速なんだけど、これから少しこの子と話してみるかい?」
「……いいんですか?」
「ホントは騎士団立会いの下でないといけないんだけどね。……制約の魔道具の調節の仕方は分かる?」
いたずらっぽく笑うバルトサールに、エヴァはこくりと頷いた。制約の魔道具の調節の仕方は先日習ったばかりだ。
「よろしい」と言ってバルトサールは、首に下げた魔道具の鍵で檻を開ける。
「中に入って、扉を閉めたら魔道具の調整をして」
そっと、背中を押され、エヴァは檻の中に入る。
扉を閉めた後、スレイプニルの魔道具に触れた。ゆっくりと出力をゼロにする。
「こんにちは。僕の名前はエディ」
『……人間が何の用だ』
魔道具の名残があるのか、ぼんやりとした声が聞こえてきた。
「君と話がしたいんだ。僕はたまたま君たちの言葉が分かるから、君の要望をここの人に伝えてあげられる。何かしてほしいことはある?」
『……帰りたい』
引き絞るような声で告げられたスレイプニルの要望に、エヴァは言葉を詰まらせる。
「……ごめんね。それは……できない。僕の力では。……ここの生活は嫌?」
『いいはずがなかろう。群れから離され、閉じ込めた上に、思考さえも封じられる』
「でも、ここにいれば飢えることはないよね?」
『はっ。このようなところに閉じ込められるくらいなら、飢える方がましよ。誇りを奪われた今の状況を、生きているとは言わぬ』
「そう……だよね。……その気持ちはよく分かる」
しゅんとエヴァは肩を落とす。
エヴァとスレイプニルのやり取りが分からない、バルトサールが檻の外から声をかけてくる。
「エディ、どうだい?彼はなんて?」
バルトサールの声に、エヴァだけでなく、スレイプニルも彼の方に顔を向ける。そして吐き捨てるように言った。
『忌々しい。囚われの身でなければ食い殺してやるものを……』
そして、ふとエヴァは思う。
「あの、僕は今君の目の前にいるけど……僕を害そうとは思わないの?」
ラタやフェンは友達だから、エヴァを害することはない。でも、この野生のスレイプニルは、今日初めて会って、しかも、人間をこんなに恨んでいる。なのに、なぜ彼はエヴァを攻撃してこないのだろうか?
『お前を……?お前を害すことなどできまいよ』
「それは……なぜ?」
スレイプニルはふんと鼻を鳴らす。
『神に愛された娘を害せるはずもなかろう』
そう言うと、もう話す気がなくなったかのようにスレイプニルはエヴァにそっぽを向いて座り込んだ。
エヴァは言葉を失っていた。確かにエヴァは神の遣いである虹の姫巫女として神殿で育てられてはいた。
しかし、それは人間の理の中での話ではなかったのだろうか。エヴァ自身は、魔獣の言葉が分かるだけの普通の少女のはずだ。
エヴァは疑問に思ったが、今日はもうこれ以上彼に話を聞くのは無理そうである。
「ありがとう、ごめんね」と言って制約の魔道具の出力をまた最大に戻してエヴァは檻を出た。
「どうだった、エディ。彼はなんて?」
檻を出るとにこやかなバルトサールに前のめりに尋ねられた。少しのけぞるようにしながら、エヴァは答える。
「……帰りたいって」
エヴァの悄然とした様子に、バルトサールも勢いをそがれ、「そっかぁ」と呟いた。
「次は、演習場のすみっこで能力試験をしたいんだけど、彼は付き合ってくれそうかな?」
「……分からない。僕を害することはないだろうけど、魔道具を外して外に出ると、そのまま故郷に帰ってしまうかもしれない」
「うーーん。それは困るなぁ……ちょっと何か対策を取らないとね。まぁ、それが分かっただけでも今日は良しかな。ありがとうエディ!」
黙り込んだエヴァに何を思ったのか、バルトサールはエヴァの背に手を当て促す。エヴァはその手に素直に従った。
もう一つの建物は、野生の魔獣を飼育している獣舎だった。四角い建物は、ずっしりとしていて外からでは、全く中の様子が分からない。他の獣舎とあまりにも外観が違いすぎて、エヴァは最初ここが獣舎だとは気づけなかった。
ここは、入り口の警戒も厳重だった。バルトサールが、首から下げた魔石をドアの魔石に近づける。
「これはね、鍵の魔道具なんだけど登録してない人間が使用すると、開かないだけでなく、扉についた対になる魔石から電流が流れるんだ」
こともなげにニコニコ笑いながら、バルトサールは話す。
「鍵なしで無理に開けようとしても電流が流れるから、触らないでね」
エヴァはコクコクと頷いた。
中に入ると、そこは獣舎というより牢屋のようだった。
一つ一つの区画は、天井まで伸びる壁と格子によって遮られている。檻という方がふさわしい。
その中にいる魔獣は不自然に全く動かない。
その異様な雰囲気にエヴァは圧倒された。
――――ひどい……
「野生の魔獣は強力だからね。厳重に警戒しないといけないんだ。首につけている制約の魔術具はもちろん最大出力なんだけど、もし何らかが起こって、これが外れた場合でも、この区画を作る壁と格子に埋め込まれた吸収の魔術具で、力が出ないようにして、逃げ出せないようにしてるんだ」
バルトサールはゆっくり歩きながらそう話し、一つの檻の前で足を止めた。
エヴァの真っ青な顔を見たからだろう、バルトサールは心配気に「ひどいと思うかい?」と聞いてきた。
エヴァはこくりと頷く。
「そうだよねぇ。勝手に捕まえてきてこんなところに閉じ込めるんだから……でも、エヴァ。君が魔獣との仲を仲介してくれたら、もう少し彼らの待遇を改善することもできるかもしれない」
エヴァは檻の中にいる、野生のスレイプニルをじっと見つめる。
「早速なんだけど、これから少しこの子と話してみるかい?」
「……いいんですか?」
「ホントは騎士団立会いの下でないといけないんだけどね。……制約の魔道具の調節の仕方は分かる?」
いたずらっぽく笑うバルトサールに、エヴァはこくりと頷いた。制約の魔道具の調節の仕方は先日習ったばかりだ。
「よろしい」と言ってバルトサールは、首に下げた魔道具の鍵で檻を開ける。
「中に入って、扉を閉めたら魔道具の調整をして」
そっと、背中を押され、エヴァは檻の中に入る。
扉を閉めた後、スレイプニルの魔道具に触れた。ゆっくりと出力をゼロにする。
「こんにちは。僕の名前はエディ」
『……人間が何の用だ』
魔道具の名残があるのか、ぼんやりとした声が聞こえてきた。
「君と話がしたいんだ。僕はたまたま君たちの言葉が分かるから、君の要望をここの人に伝えてあげられる。何かしてほしいことはある?」
『……帰りたい』
引き絞るような声で告げられたスレイプニルの要望に、エヴァは言葉を詰まらせる。
「……ごめんね。それは……できない。僕の力では。……ここの生活は嫌?」
『いいはずがなかろう。群れから離され、閉じ込めた上に、思考さえも封じられる』
「でも、ここにいれば飢えることはないよね?」
『はっ。このようなところに閉じ込められるくらいなら、飢える方がましよ。誇りを奪われた今の状況を、生きているとは言わぬ』
「そう……だよね。……その気持ちはよく分かる」
しゅんとエヴァは肩を落とす。
エヴァとスレイプニルのやり取りが分からない、バルトサールが檻の外から声をかけてくる。
「エディ、どうだい?彼はなんて?」
バルトサールの声に、エヴァだけでなく、スレイプニルも彼の方に顔を向ける。そして吐き捨てるように言った。
『忌々しい。囚われの身でなければ食い殺してやるものを……』
そして、ふとエヴァは思う。
「あの、僕は今君の目の前にいるけど……僕を害そうとは思わないの?」
ラタやフェンは友達だから、エヴァを害することはない。でも、この野生のスレイプニルは、今日初めて会って、しかも、人間をこんなに恨んでいる。なのに、なぜ彼はエヴァを攻撃してこないのだろうか?
『お前を……?お前を害すことなどできまいよ』
「それは……なぜ?」
スレイプニルはふんと鼻を鳴らす。
『神に愛された娘を害せるはずもなかろう』
そう言うと、もう話す気がなくなったかのようにスレイプニルはエヴァにそっぽを向いて座り込んだ。
エヴァは言葉を失っていた。確かにエヴァは神の遣いである虹の姫巫女として神殿で育てられてはいた。
しかし、それは人間の理の中での話ではなかったのだろうか。エヴァ自身は、魔獣の言葉が分かるだけの普通の少女のはずだ。
エヴァは疑問に思ったが、今日はもうこれ以上彼に話を聞くのは無理そうである。
「ありがとう、ごめんね」と言って制約の魔道具の出力をまた最大に戻してエヴァは檻を出た。
「どうだった、エディ。彼はなんて?」
檻を出るとにこやかなバルトサールに前のめりに尋ねられた。少しのけぞるようにしながら、エヴァは答える。
「……帰りたいって」
エヴァの悄然とした様子に、バルトサールも勢いをそがれ、「そっかぁ」と呟いた。
「次は、演習場のすみっこで能力試験をしたいんだけど、彼は付き合ってくれそうかな?」
「……分からない。僕を害することはないだろうけど、魔道具を外して外に出ると、そのまま故郷に帰ってしまうかもしれない」
「うーーん。それは困るなぁ……ちょっと何か対策を取らないとね。まぁ、それが分かっただけでも今日は良しかな。ありがとうエディ!」
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