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2章 騎士団の見習い
6.基礎訓練
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エヴァ達が入団してしばらくは、午前中にペアの見習いと共同で雑用、午後からはペアの相手は鍛錬に入り、エヴァ達新人は基礎体力作りの走り込みや剣の素振りが日課となる。
雑用や基礎体力作りは単調で、特に雑用は、傅かれ世話をされることに慣れきった貴族出身の子供達にはとても屈辱らしく、ぶつぶつ文句を言うものも多い。
そんな不満のはけ口になったのがエヴァだった。
小さいエヴァは体力もなく、基礎訓練も遅れることが多い。くすくす笑われ、ひそひそ後ろ指をさされるのだった。
しかし、遠巻きにされることには慣れている。エヴァは別に害もないので無視していた。
横で一緒に基礎訓練に励む、ラーシュの方がピリピリしていた。
今日も、ラーシュと準備体操をした後、走り込みで周回遅れとなっていたエヴァは、途中で一度立ち止まる。
「……つ、疲れた。大丈夫?リクハルド」
実は、エヴァに負けず劣らず体力がないリクハルドは、エヴァの横で今にも座り込みそうになりながら、肩で息をしていた。
「も、もう駄目だ……僕なんて……騎士団向いてない」
「んー。それは僕も同感。僕も向いてないんだよねぇ」
基礎訓練では、ぶっちぎりで最下位争い中の二人だ。
エヴァはもう走る気も失って、ほとんど歩きながら、リクハルドに尋ねた。リクハルドも置いて行かれるのは嫌だったようで、よろよろとついてきた。
「ねぇ、リクハルド。あんまり運動好きそうじゃないのに、なんで騎士団に入団したの?」
「……それは僕のセリフだけど……爵位を継げない貴族の次男以降の男児は、大雑把に言うと、騎士団に入るか、研究者・官吏になるかしか生活していく手段がないんだ。僕は本当は研究者になりたかったけど……」
そこで、リクハルドは言葉を区切った。
エヴァは、リクハルドの様子から、親が許してくれなかったのかなと、想像する。
「僕も保護者に急に騎士団に入るように言われたんだ、お互い苦労するよね」
エヴァの言葉にリクハルドは薄く笑った。
そこで、監督についていた騎士団員から「さぼるな」と怒声が飛んだので、二人はまたのろのろと走り出した。
◆
ヘロヘロになって、ようやく今日の訓練が終了した。
訓練の後は、皆で演習場の整地と使用した道具の整備をして終わる。
体力が切れ、うとうとと舟をこぎそうになりながら、武器を磨いていたエヴァの頭上にすっと影が差す。
「よっ、元気にやってるか?」
エヴァがのろのろと顔を上げる前に、声の主は、どかりとエヴァの横に腰を下ろした。
エヴァは恨めしそうに声を上げる。
「……これが元気そうに見える?」
「はは、見えないな。どうだ、騎士団の生活は。大変だろう?」
「うん。よく皆こんな生活できるよね。すっごくお腹すいてるのに、気持ち悪くてご飯が食べられない」
「……それは良くないな。飯はちゃんと食え。倒れるぞ」
「わかってるけど……」
エヴァはしょぼんと俯く。
ルーカスは、心配そうにじっとエヴァを見た。
――――少し痩せたか。
規則は変わったものの13歳未満の見習いを受け入れるからと言って、特に騎士団には変化がなかった。その時間もなかった。
ルーカスも少し心配していたのだが、案の定エヴァには過酷すぎるのだ。
入団した以上、露骨に贔屓はできないのであろうが、これではあんまりだと思う。
ルーカスは、集団生活では多少の軋轢は自分で何とかするしかないと思っているし、自分はそうしてきたので、ひとまず静観していたが、目立つ容姿の上に小さいエヴァは、不満のはけ口として格好の標的だ。
心も休まらず、毎日の過酷な訓練にこの小さな体が耐えられなくなるのも時間の問題だと思われた。
――――団長と副団長に少し相談してみるか……
ルーカスはポンポンとエヴァの頭を叩く。
「最初はきつくても、だんだん体も慣れてくるはずだ。睡眠と食事は疎かにしないようにな。がんばれ」
「ありがとう、ルーカス」
ルーカスが立ち去ったのを見て、少し離れたところにいたラーシュがエヴァのそばに寄ってきた。
「……あいつ、なんだって?」
「ご飯はちゃんと食べて、しっかり寝るようにって」
エヴァが力なく笑うと、ラーシュはエヴァを上から下までながめた。
「……ちょっと痩せたな。お前、最近あんまり飯食ってないだろ?」
「……気持ち悪くてご飯食べれない」
「まぁ、気持ちは分かる……大丈夫なのか?お前。明日からは、他の団員たちと剣の訓練だぞ?」
「……分からないー」
ついにぺしゃっと、エヴァはつぶれた。
明日からさらに訓練が過酷になるなど考えたくもない。
うううーと、唸り声とも泣き声ともつかない声を上げたエヴァに、ラーシュは少し慌てた。
◆
「団長、ご相談があります」
ルーカスは、エヴァと話をした後、さっそく団長のランバルドの元に相談に行った。
ランバルドは見習いの言葉であってもきちんと聞いてくれる良い上司だ。
「見習いに新しく入ったうちの弟のことなんですが」
「ん?どっちだ」
「……エディの方です」
それがどうした?と目で促され、ルーカスは話す。
「あの年で、他の皆と同じ訓練は荷が勝ちすぎるようです。飯も食えてないみたいです」
「あー。な、どうしたもんかな」
ランバルドはがりがりと頭を掻く。半年くらいエヴァのことを見てきたのだ。あまり体力がないことも何となくわかってはいた。しかも、ランバルドには、権力を使ってエヴァを無理やり騎士団に引きずり込んだ自覚もある。
強面で、子供には怖がられがちだが、実は子煩悩な二児のパパは若干後ろめたく、視線を下げてルーカスに問う。
「このままじゃまずいよな?」
ランバルドの言葉に、ルーカスは神妙な顔で頷いた。
「だよなぁ」とランバルドまたガリガリと頭を掻く。
「ただ、人不足で一人だけメニューを変えるわけにもいかんくてだな……。ちょっと副団長とも相談してみるわ」
「よろしくお願いします」
ぴしっと礼をしてルーカスは立ち去る。
その後姿を見ながら、ランバルドはぼそりと呟く。
「あんまり頼みたくないが……あいつに頼むしかないか」
雑用や基礎体力作りは単調で、特に雑用は、傅かれ世話をされることに慣れきった貴族出身の子供達にはとても屈辱らしく、ぶつぶつ文句を言うものも多い。
そんな不満のはけ口になったのがエヴァだった。
小さいエヴァは体力もなく、基礎訓練も遅れることが多い。くすくす笑われ、ひそひそ後ろ指をさされるのだった。
しかし、遠巻きにされることには慣れている。エヴァは別に害もないので無視していた。
横で一緒に基礎訓練に励む、ラーシュの方がピリピリしていた。
今日も、ラーシュと準備体操をした後、走り込みで周回遅れとなっていたエヴァは、途中で一度立ち止まる。
「……つ、疲れた。大丈夫?リクハルド」
実は、エヴァに負けず劣らず体力がないリクハルドは、エヴァの横で今にも座り込みそうになりながら、肩で息をしていた。
「も、もう駄目だ……僕なんて……騎士団向いてない」
「んー。それは僕も同感。僕も向いてないんだよねぇ」
基礎訓練では、ぶっちぎりで最下位争い中の二人だ。
エヴァはもう走る気も失って、ほとんど歩きながら、リクハルドに尋ねた。リクハルドも置いて行かれるのは嫌だったようで、よろよろとついてきた。
「ねぇ、リクハルド。あんまり運動好きそうじゃないのに、なんで騎士団に入団したの?」
「……それは僕のセリフだけど……爵位を継げない貴族の次男以降の男児は、大雑把に言うと、騎士団に入るか、研究者・官吏になるかしか生活していく手段がないんだ。僕は本当は研究者になりたかったけど……」
そこで、リクハルドは言葉を区切った。
エヴァは、リクハルドの様子から、親が許してくれなかったのかなと、想像する。
「僕も保護者に急に騎士団に入るように言われたんだ、お互い苦労するよね」
エヴァの言葉にリクハルドは薄く笑った。
そこで、監督についていた騎士団員から「さぼるな」と怒声が飛んだので、二人はまたのろのろと走り出した。
◆
ヘロヘロになって、ようやく今日の訓練が終了した。
訓練の後は、皆で演習場の整地と使用した道具の整備をして終わる。
体力が切れ、うとうとと舟をこぎそうになりながら、武器を磨いていたエヴァの頭上にすっと影が差す。
「よっ、元気にやってるか?」
エヴァがのろのろと顔を上げる前に、声の主は、どかりとエヴァの横に腰を下ろした。
エヴァは恨めしそうに声を上げる。
「……これが元気そうに見える?」
「はは、見えないな。どうだ、騎士団の生活は。大変だろう?」
「うん。よく皆こんな生活できるよね。すっごくお腹すいてるのに、気持ち悪くてご飯が食べられない」
「……それは良くないな。飯はちゃんと食え。倒れるぞ」
「わかってるけど……」
エヴァはしょぼんと俯く。
ルーカスは、心配そうにじっとエヴァを見た。
――――少し痩せたか。
規則は変わったものの13歳未満の見習いを受け入れるからと言って、特に騎士団には変化がなかった。その時間もなかった。
ルーカスも少し心配していたのだが、案の定エヴァには過酷すぎるのだ。
入団した以上、露骨に贔屓はできないのであろうが、これではあんまりだと思う。
ルーカスは、集団生活では多少の軋轢は自分で何とかするしかないと思っているし、自分はそうしてきたので、ひとまず静観していたが、目立つ容姿の上に小さいエヴァは、不満のはけ口として格好の標的だ。
心も休まらず、毎日の過酷な訓練にこの小さな体が耐えられなくなるのも時間の問題だと思われた。
――――団長と副団長に少し相談してみるか……
ルーカスはポンポンとエヴァの頭を叩く。
「最初はきつくても、だんだん体も慣れてくるはずだ。睡眠と食事は疎かにしないようにな。がんばれ」
「ありがとう、ルーカス」
ルーカスが立ち去ったのを見て、少し離れたところにいたラーシュがエヴァのそばに寄ってきた。
「……あいつ、なんだって?」
「ご飯はちゃんと食べて、しっかり寝るようにって」
エヴァが力なく笑うと、ラーシュはエヴァを上から下までながめた。
「……ちょっと痩せたな。お前、最近あんまり飯食ってないだろ?」
「……気持ち悪くてご飯食べれない」
「まぁ、気持ちは分かる……大丈夫なのか?お前。明日からは、他の団員たちと剣の訓練だぞ?」
「……分からないー」
ついにぺしゃっと、エヴァはつぶれた。
明日からさらに訓練が過酷になるなど考えたくもない。
うううーと、唸り声とも泣き声ともつかない声を上げたエヴァに、ラーシュは少し慌てた。
◆
「団長、ご相談があります」
ルーカスは、エヴァと話をした後、さっそく団長のランバルドの元に相談に行った。
ランバルドは見習いの言葉であってもきちんと聞いてくれる良い上司だ。
「見習いに新しく入ったうちの弟のことなんですが」
「ん?どっちだ」
「……エディの方です」
それがどうした?と目で促され、ルーカスは話す。
「あの年で、他の皆と同じ訓練は荷が勝ちすぎるようです。飯も食えてないみたいです」
「あー。な、どうしたもんかな」
ランバルドはがりがりと頭を掻く。半年くらいエヴァのことを見てきたのだ。あまり体力がないことも何となくわかってはいた。しかも、ランバルドには、権力を使ってエヴァを無理やり騎士団に引きずり込んだ自覚もある。
強面で、子供には怖がられがちだが、実は子煩悩な二児のパパは若干後ろめたく、視線を下げてルーカスに問う。
「このままじゃまずいよな?」
ランバルドの言葉に、ルーカスは神妙な顔で頷いた。
「だよなぁ」とランバルドまたガリガリと頭を掻く。
「ただ、人不足で一人だけメニューを変えるわけにもいかんくてだな……。ちょっと副団長とも相談してみるわ」
「よろしくお願いします」
ぴしっと礼をしてルーカスは立ち去る。
その後姿を見ながら、ランバルドはぼそりと呟く。
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