12 / 74
1章 貴族の養子
12.エヴァの能力
しおりを挟む
広い演習場の片隅に、まずはマルガレーテが連れてこられた。
ルーカスがヒラリとその背に乗る。
「さて、ではエディ、マルガレーテに演習場のあちらの壁まで言って戻ってくるように指示してくれるか?」
ランバルドにそう言われると、エヴァは首をかしげて答えた。
「マルガレーテは、思考がぼんやりしてるから、お願い聞いてくれるか分からないですよ?」
「あぁ、それでも言い。取り敢えず試してみてくれるか?」
エヴァは頷き、マルガレーテに近づいていく。
「やぁ、マルガレーテこんにちは」
『……』
「あっちの壁まで行って戻ってきてくれるかな?」
『…リョウカイシマシタ』
いきなり動き出したマルガレーテに、馬上のルーカスが慌てる。急いで手綱を引き、マルガレーテに止まるように命令した。しかし、マルガレーテは止まらなかった。
壁に行って戻ってくるまで、ルーカスが何を言っても、何をしても駄目だったのだ。
「これは……」
これには、ランバルドもウルリクも絶句する。
「まさか、使役者の命令より上位になるのか…」
戻ってきたルーカスは、悲しそうな顔をしていた。
一度エヴァの指示を遂行してからは、またマルガレーテは、ルーカスの指示に従うようになった。
そこから、騎獣をどんな獣に変えても結果は同じだった。
エヴァが指示した命令を遂行するまで、魔道具の強制力をもってしても、騎獣を従わせることができなかったのだ。
単純な歩行だけではなく、複雑な障害物を飛んだり、途中で指示を変更するなど、変則的な指令を出してみたりもしたが、それも難なく遂行した。
調教が終わっていようが、慣らし中であろうが、どの騎獣も素直にエヴァの命令を聞いた。全く何の道具も使わずに。
実験が終わる頃には、ランバルドは頭を抱え、ウルリクは眉間を押さえ何か考え込んでいた。
悪いことをしただろうかと不安になり、エヴァはルーカスを見上げる。
ルーカスは苦笑して、エヴァの頭を撫でた。
「お前があんまりすごいんで、みんなビックリしてるだけだよ」
腑に落ちないまま、エヴァは騎士団の魔獣舎を後にした。
帰り道、エヴァは来た時のように馬車に揺られていた。
ルーカスは普段は帰りが遅いが、今日はエヴァと共に帰る許可が出たらしく、一緒だった。
「今日はありがとうな。しかし、ビックリした。もうマナーは完璧じゃないか!……兄上の指導は厳しいだろう」
そう言って、頬を掻いた。
エヴァは首を振る。
「そんなことない。新しいことを知るのは楽しいよ」
「エディはすごいな!兄上は学者だからか、色々なことに詳しいんだが、合理的で面倒くさがりな面があるからな。説明が足りなかったり、たくさんの課題を出されたりして、エディが勉強についていけているか心配してたんだ。」
「ユーハン、学者なの?公爵の補佐をする人だって言ってたよ?」
「あぁ、兄上は家を継ぐから父上の補佐をしている。ただ、勉強が好きで、王都の貴族学院には行かず、学者の領にある学園都市に留学するほどだったんだ。学者の資格も持ってるんだぞ」
「へー」
そこで、ルーカスは決まり悪そうな顔をして言う。
「悪いな、連れてきたのは俺なのに、殆ど面倒見れなくて…」
エヴァはふるふると首を振る。
「そんなことないよ。良くしてもらってる。それより、ルーカスは、血が繋がってない僕にも親切なのに、なんでラーシュには冷たいの?」
ルーカスは何か渋いものを口にしたような顔をして、言葉をを濁した。
「……なんだよ、急に。子どもには分からない色々な事情があるんだよ。…………この話しはこれで終わりだ」
「……ラーシュだって、子どもだよ?」
ルーカスはエヴァの問いに、聞こえない振りをした。
その後は、二人とも屋敷に着くまで黙って馬車に揺られていた。
◆
「いや、しかし。想像以上にヤバかったな」
夜の執務室にて、酒を傾けながら、ランバルドはため息をつく。ここで酒を飲むのは本来ならあまり褒められた行為ではないのだが、今日は飲みたい気分だった。
「一度に声をかけられる魔獣は一体でも、事前に複数の魔獣に指令を与え、一気に仕掛けられたら……一溜りもないな。オールストレーム公爵家に力が傾きすぎだ」
ウルリクも頷きながら答える。
「……あぁ。まさか、使役者の命令より上位の命令を下せるとはな……」
「今、9歳か…何とか早急に騎士団に取り込む方法はねぇかな…」
ランバルドは何とはなしに、来年度の入団希望者リストをめくる。ふと、何かに目を止めニヤリと笑った。
「おい、見ろよ」
「…ほう、これは」
この二人、実は同期である。
直感で進むランバルドと冷静なウルリク。性格は真反対だが不思議と見習い時代から気があった。ランバルドがきっかけを作り、ウルリクの戦略を練る。
入団者リストには、ラーシュ・オールストレームの名前があった。
ルーカスがヒラリとその背に乗る。
「さて、ではエディ、マルガレーテに演習場のあちらの壁まで言って戻ってくるように指示してくれるか?」
ランバルドにそう言われると、エヴァは首をかしげて答えた。
「マルガレーテは、思考がぼんやりしてるから、お願い聞いてくれるか分からないですよ?」
「あぁ、それでも言い。取り敢えず試してみてくれるか?」
エヴァは頷き、マルガレーテに近づいていく。
「やぁ、マルガレーテこんにちは」
『……』
「あっちの壁まで行って戻ってきてくれるかな?」
『…リョウカイシマシタ』
いきなり動き出したマルガレーテに、馬上のルーカスが慌てる。急いで手綱を引き、マルガレーテに止まるように命令した。しかし、マルガレーテは止まらなかった。
壁に行って戻ってくるまで、ルーカスが何を言っても、何をしても駄目だったのだ。
「これは……」
これには、ランバルドもウルリクも絶句する。
「まさか、使役者の命令より上位になるのか…」
戻ってきたルーカスは、悲しそうな顔をしていた。
一度エヴァの指示を遂行してからは、またマルガレーテは、ルーカスの指示に従うようになった。
そこから、騎獣をどんな獣に変えても結果は同じだった。
エヴァが指示した命令を遂行するまで、魔道具の強制力をもってしても、騎獣を従わせることができなかったのだ。
単純な歩行だけではなく、複雑な障害物を飛んだり、途中で指示を変更するなど、変則的な指令を出してみたりもしたが、それも難なく遂行した。
調教が終わっていようが、慣らし中であろうが、どの騎獣も素直にエヴァの命令を聞いた。全く何の道具も使わずに。
実験が終わる頃には、ランバルドは頭を抱え、ウルリクは眉間を押さえ何か考え込んでいた。
悪いことをしただろうかと不安になり、エヴァはルーカスを見上げる。
ルーカスは苦笑して、エヴァの頭を撫でた。
「お前があんまりすごいんで、みんなビックリしてるだけだよ」
腑に落ちないまま、エヴァは騎士団の魔獣舎を後にした。
帰り道、エヴァは来た時のように馬車に揺られていた。
ルーカスは普段は帰りが遅いが、今日はエヴァと共に帰る許可が出たらしく、一緒だった。
「今日はありがとうな。しかし、ビックリした。もうマナーは完璧じゃないか!……兄上の指導は厳しいだろう」
そう言って、頬を掻いた。
エヴァは首を振る。
「そんなことない。新しいことを知るのは楽しいよ」
「エディはすごいな!兄上は学者だからか、色々なことに詳しいんだが、合理的で面倒くさがりな面があるからな。説明が足りなかったり、たくさんの課題を出されたりして、エディが勉強についていけているか心配してたんだ。」
「ユーハン、学者なの?公爵の補佐をする人だって言ってたよ?」
「あぁ、兄上は家を継ぐから父上の補佐をしている。ただ、勉強が好きで、王都の貴族学院には行かず、学者の領にある学園都市に留学するほどだったんだ。学者の資格も持ってるんだぞ」
「へー」
そこで、ルーカスは決まり悪そうな顔をして言う。
「悪いな、連れてきたのは俺なのに、殆ど面倒見れなくて…」
エヴァはふるふると首を振る。
「そんなことないよ。良くしてもらってる。それより、ルーカスは、血が繋がってない僕にも親切なのに、なんでラーシュには冷たいの?」
ルーカスは何か渋いものを口にしたような顔をして、言葉をを濁した。
「……なんだよ、急に。子どもには分からない色々な事情があるんだよ。…………この話しはこれで終わりだ」
「……ラーシュだって、子どもだよ?」
ルーカスはエヴァの問いに、聞こえない振りをした。
その後は、二人とも屋敷に着くまで黙って馬車に揺られていた。
◆
「いや、しかし。想像以上にヤバかったな」
夜の執務室にて、酒を傾けながら、ランバルドはため息をつく。ここで酒を飲むのは本来ならあまり褒められた行為ではないのだが、今日は飲みたい気分だった。
「一度に声をかけられる魔獣は一体でも、事前に複数の魔獣に指令を与え、一気に仕掛けられたら……一溜りもないな。オールストレーム公爵家に力が傾きすぎだ」
ウルリクも頷きながら答える。
「……あぁ。まさか、使役者の命令より上位の命令を下せるとはな……」
「今、9歳か…何とか早急に騎士団に取り込む方法はねぇかな…」
ランバルドは何とはなしに、来年度の入団希望者リストをめくる。ふと、何かに目を止めニヤリと笑った。
「おい、見ろよ」
「…ほう、これは」
この二人、実は同期である。
直感で進むランバルドと冷静なウルリク。性格は真反対だが不思議と見習い時代から気があった。ランバルドがきっかけを作り、ウルリクの戦略を練る。
入団者リストには、ラーシュ・オールストレームの名前があった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる