守護者の乙女

胡暖

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1章 貴族の養子

8.貴族のお勉強

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 アルフに案内されたのは、ユーハンの自室のようだった。
 本棚にはびっしりと本が並び、よく分からない模型や、標本が所狭しと置かれている。

 エヴァは首をかしげてユーハンに問いかける。

「ユーハンは何をする人?」

 ユーハンは真面目な顔で答える。

「父…オールストレーム公爵の補佐をしている」
「オールストレーム公爵は何をする人?」
「公爵は領地を治めている。この、オールストレーム公爵領に住む人間に税を納めさせ、その金でこの土地をを住みやすいように整備している」
「…金?」
「…そこからか…」

 しばらく問答をしたあと、ユーハンはため息を吐いた。
 神殿育ちのエヴァの生活は、基本的に喜捨きしゃまかなわれていたし、贅沢ぜいたくを良しとしないため、嗜好品しこうひんを自分で買い求めることもなかった。

 そもそも、外出はかなり厳しく制限されていたため、残念ながら、エヴァには、お金に触れる機会がなかったのだ。

 そのため、エヴァは、教育は受けているものの、知識にはいびつなかたよりがあった。

 微妙にすれ違いながら、ユーハンの教育が始まる。
 ユーハンはまず、薄くて丸くてピカピカした色違いの金属をを3種類、机の上に置いた。
 平たいそれにはカクカクとした5枚の花弁のようなものが彫り込まれている。

「…きれい。魔道具?」
「これは硬貨だ」
「硬貨?」
「物にはすべて値段がついている。この硬貨を相手が決めた値段の数だけ渡し、引き換えに品物をもらうんだ。この硬貨は、魔石を模している。もともとは、本物だったらしいが…」
「魔石…」

 ユーハンは、頷き話を続ける。

「魔道具は、魔石に術式を書き加工したものだ。魔石を原料に作り出す」

 へー、と言いながらエヴァは硬貨を手に取って眺めてみた。ユーハンが、それを一つずつ指差しながら言う。

「薄い金色のものが一番高価で、次は銀色、一番安価なのが銅色の硬貨だ。銅色の硬貨を1とすると、銀色の硬貨が100、金色の硬貨が1000になる」

 エヴァはふむふむと頷く。

「まずはお前にどのくらいの知識があるのか知るところからだな。…この世界については知っているか?」

 エヴァは首をかしげた。はて、自分は一体この世界についてどれほど知っているのだろう。
 しかし、ユーハンはそれを否定と受け取ったようで、一つ頷いて続ける。

「この世界はイハナマーイルマと呼ばれている。ここ、王都ローレンティウスを中心に、特性の違う三つの地域がある」

 ユーハンは紙に大きな丸を書き、その中心に小さな丸を書いた。最初に書いた大きな丸を均等に3分割するように3本の線を引き、その左側に学者の領、右側に祈りの領、下側に職人の領と書き込んだ。

「岩と山があり、魔水晶の採掘が盛んだが農業に適さない、職人の領。寒さが厳しくこれまた農業には適さないゆえに学問が発達した、学者の領。そして我が公爵領のある、祈りの領」

 ふむふむ、とエヴァは頷く。この辺りのことはエヴァも習って知っていた。

「この三つの地域は9つに分割され、貴族の大領地として治められている。その外は海になっており、海の魔獣が存在しているため、その海を航海したものはいない、と言われている。海から流れ込む運河が3本あり、王都まで続いている。その内の1本を使って、お前はここまで来ただろう?」

 うん、とエヴァは頷く。

「船旅って最初は良いけど途中できるよね」

 エヴァの素直な感想に、ユーハンは目をパチパチすると、何事もなかったように説明に戻った。

「運河は交易こうえきの要であると同時に、海からの魔獣の侵入を許す入り口でもある。そのため、運河は魔獣を倒す役目を負った辺境伯家と、王族の血に近い公爵家がそれぞれ挟むように領地を持っている。そして侯爵が辺境伯と公爵家の間の領地を持っている」

 ユーハンは、三つのエリアをさらに九つに分割する線を引いた。

「伯爵以下は、その派閥の侯爵以上の領地の一部を分割してもらっているか、領地を持たず王都で暮らしているものが多い」

 そして、中心の丸に王都と書き込んだ。中心の小さな丸を、とんと指差し言う。

「さて、この王都だが、その名の通り王族が住んでいる。王族は、祈りの領にかかった虹の橋を渡った所にある、神族の国の神の血を引いている。毎年この時期に、王族は虹の橋を渡って神族に参拝している。……あぁ、お前はこの参拝の最中に、ならず者に襲われてルーカスと出会ったのだったか…」

 エヴァは、ユーハンの書いた紙をじっと見つめる。司祭様はエヴァのことを神の遣いだと言った。
 王族の話は聞いたことなかったが、ユーハンは王族を神の血を引いているといった。もしかしたら、エヴァは王族に縁があるものなのだろうか?しかし、性別を偽り、出自を隠している今、それは聞けなかった。

「ふむ。お前、字は読めるのか?」

 ユーハンの書いた字をじっと見つめていたからだろうか、ユーハンがそう聞いてきた。
 エヴァは、はっとして頷く。

「……ダンの報告でもあった。ちょっと孤児には思えないぐらい身ぎれいで、礼儀作法などはひとしきり仕込まれているようだと…お前、もしかして孤児ではないのか?」

 ぎく、っとしてエヴァはユーハンを見つめ返す。

「…親はいない。神殿で育った。嘘じゃない」
「ふむ。まぁその見た目だ。引き取り先が決まってたのか?」

 エヴァはフルフルと首を振る。

「…将来高く売るために今から仕込んでたのか?まぁ、なんにせよ平民が何を言っても問題はないか…」

 ユーハンは一瞬考えこんだが、机をトントンと指先でたたき気を切り替えた。

「知識にいささか偏りはありそうだが、こちらの言うことを理解できる程度の教養はあるのか…ちなみに敬語は使えるのか?」

 エヴァは基本的に敬われる立場であり、自分が敬語を使うことはなかったので、普段通りに話していたが、そういえばエヴァのここでの立場は孤児であった。今更ながらにまずかったかな、と思い至った。

「…使えます」
「ふむ、まぁ、必要な時にとりつくろえるのであれば普段は良い。我が公爵家が敬わねばならぬ存在など、王族くらいなものだからな」
「この家の人には敬語使わなくてもいいの?」
「あぁ」

 エヴァはほっとして、息を吐く。
 ユーハンは顔は怖くて、不愛想ぶあいそうだが悪い人ではないようだ
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