8 / 74
1章 貴族の養子
8.貴族のお勉強
しおりを挟む
アルフに案内されたのは、ユーハンの自室のようだった。
本棚にはびっしりと本が並び、よく分からない模型や、標本が所狭しと置かれている。
エヴァは首をかしげてユーハンに問いかける。
「ユーハンは何をする人?」
ユーハンは真面目な顔で答える。
「父…オールストレーム公爵の補佐をしている」
「オールストレーム公爵は何をする人?」
「公爵は領地を治めている。この、オールストレーム公爵領に住む人間に税を納めさせ、その金でこの土地をを住みやすいように整備している」
「…金?」
「…そこからか…」
しばらく問答をしたあと、ユーハンはため息を吐いた。
神殿育ちのエヴァの生活は、基本的に喜捨で賄われていたし、贅沢を良しとしないため、嗜好品を自分で買い求めることもなかった。
そもそも、外出はかなり厳しく制限されていたため、残念ながら、エヴァには、お金に触れる機会がなかったのだ。
そのため、エヴァは、教育は受けているものの、知識にはいびつな偏りがあった。
微妙にすれ違いながら、ユーハンの教育が始まる。
ユーハンはまず、薄くて丸くてピカピカした色違いの金属をを3種類、机の上に置いた。
平たいそれにはカクカクとした5枚の花弁のようなものが彫り込まれている。
「…きれい。魔道具?」
「これは硬貨だ」
「硬貨?」
「物にはすべて値段がついている。この硬貨を相手が決めた値段の数だけ渡し、引き換えに品物をもらうんだ。この硬貨は、魔石を模している。もともとは、本物だったらしいが…」
「魔石…」
ユーハンは、頷き話を続ける。
「魔道具は、魔石に術式を書き加工したものだ。魔石を原料に作り出す」
へー、と言いながらエヴァは硬貨を手に取って眺めてみた。ユーハンが、それを一つずつ指差しながら言う。
「薄い金色のものが一番高価で、次は銀色、一番安価なのが銅色の硬貨だ。銅色の硬貨を1とすると、銀色の硬貨が100、金色の硬貨が1000になる」
エヴァはふむふむと頷く。
「まずはお前にどのくらいの知識があるのか知るところからだな。…この世界については知っているか?」
エヴァは首をかしげた。はて、自分は一体この世界についてどれほど知っているのだろう。
しかし、ユーハンはそれを否定と受け取ったようで、一つ頷いて続ける。
「この世界はイハナマーイルマと呼ばれている。ここ、王都ローレンティウスを中心に、特性の違う三つの地域がある」
ユーハンは紙に大きな丸を書き、その中心に小さな丸を書いた。最初に書いた大きな丸を均等に3分割するように3本の線を引き、その左側に学者の領、右側に祈りの領、下側に職人の領と書き込んだ。
「岩と山があり、魔水晶の採掘が盛んだが農業に適さない、職人の領。寒さが厳しくこれまた農業には適さないゆえに学問が発達した、学者の領。そして我が公爵領のある、祈りの領」
ふむふむ、とエヴァは頷く。この辺りのことはエヴァも習って知っていた。
「この三つの地域は9つに分割され、貴族の大領地として治められている。その外は海になっており、海の魔獣が存在しているため、その海を航海したものはいない、と言われている。海から流れ込む運河が3本あり、王都まで続いている。その内の1本を使って、お前はここまで来ただろう?」
うん、とエヴァは頷く。
「船旅って最初は良いけど途中で飽きるよね」
エヴァの素直な感想に、ユーハンは目をパチパチすると、何事もなかったように説明に戻った。
「運河は交易の要であると同時に、海からの魔獣の侵入を許す入り口でもある。そのため、運河は魔獣を倒す役目を負った辺境伯家と、王族の血に近い公爵家がそれぞれ挟むように領地を持っている。そして侯爵が辺境伯と公爵家の間の領地を持っている」
ユーハンは、三つのエリアをさらに九つに分割する線を引いた。
「伯爵以下は、その派閥の侯爵以上の領地の一部を分割してもらっているか、領地を持たず王都で暮らしているものが多い」
そして、中心の丸に王都と書き込んだ。中心の小さな丸を、とんと指差し言う。
「さて、この王都だが、その名の通り王族が住んでいる。王族は、祈りの領にかかった虹の橋を渡った所にある、神族の国の神の血を引いている。毎年この時期に、王族は虹の橋を渡って神族に参拝している。……あぁ、お前はこの参拝の最中に、ならず者に襲われてルーカスと出会ったのだったか…」
エヴァは、ユーハンの書いた紙をじっと見つめる。司祭様はエヴァのことを神の遣いだと言った。
王族の話は聞いたことなかったが、ユーハンは王族を神の血を引いているといった。もしかしたら、エヴァは王族に縁があるものなのだろうか?しかし、性別を偽り、出自を隠している今、それは聞けなかった。
「ふむ。お前、字は読めるのか?」
ユーハンの書いた字をじっと見つめていたからだろうか、ユーハンがそう聞いてきた。
エヴァは、はっとして頷く。
「……ダンの報告でもあった。ちょっと孤児には思えないぐらい身ぎれいで、礼儀作法などはひとしきり仕込まれているようだと…お前、もしかして孤児ではないのか?」
ぎく、っとしてエヴァはユーハンを見つめ返す。
「…親はいない。神殿で育った。嘘じゃない」
「ふむ。まぁその見た目だ。引き取り先が決まってたのか?」
エヴァはフルフルと首を振る。
「…将来高く売るために今から仕込んでたのか?まぁ、なんにせよ平民が何を言っても問題はないか…」
ユーハンは一瞬考えこんだが、机をトントンと指先でたたき気を切り替えた。
「知識にいささか偏りはありそうだが、こちらの言うことを理解できる程度の教養はあるのか…ちなみに敬語は使えるのか?」
エヴァは基本的に敬われる立場であり、自分が敬語を使うことはなかったので、普段通りに話していたが、そういえばエヴァのここでの立場は孤児であった。今更ながらにまずかったかな、と思い至った。
「…使えます」
「ふむ、まぁ、必要な時にとりつくろえるのであれば普段は良い。我が公爵家が敬わねばならぬ存在など、王族くらいなものだからな」
「この家の人には敬語使わなくてもいいの?」
「あぁ」
エヴァはほっとして、息を吐く。
ユーハンは顔は怖くて、不愛想だが悪い人ではないようだ
本棚にはびっしりと本が並び、よく分からない模型や、標本が所狭しと置かれている。
エヴァは首をかしげてユーハンに問いかける。
「ユーハンは何をする人?」
ユーハンは真面目な顔で答える。
「父…オールストレーム公爵の補佐をしている」
「オールストレーム公爵は何をする人?」
「公爵は領地を治めている。この、オールストレーム公爵領に住む人間に税を納めさせ、その金でこの土地をを住みやすいように整備している」
「…金?」
「…そこからか…」
しばらく問答をしたあと、ユーハンはため息を吐いた。
神殿育ちのエヴァの生活は、基本的に喜捨で賄われていたし、贅沢を良しとしないため、嗜好品を自分で買い求めることもなかった。
そもそも、外出はかなり厳しく制限されていたため、残念ながら、エヴァには、お金に触れる機会がなかったのだ。
そのため、エヴァは、教育は受けているものの、知識にはいびつな偏りがあった。
微妙にすれ違いながら、ユーハンの教育が始まる。
ユーハンはまず、薄くて丸くてピカピカした色違いの金属をを3種類、机の上に置いた。
平たいそれにはカクカクとした5枚の花弁のようなものが彫り込まれている。
「…きれい。魔道具?」
「これは硬貨だ」
「硬貨?」
「物にはすべて値段がついている。この硬貨を相手が決めた値段の数だけ渡し、引き換えに品物をもらうんだ。この硬貨は、魔石を模している。もともとは、本物だったらしいが…」
「魔石…」
ユーハンは、頷き話を続ける。
「魔道具は、魔石に術式を書き加工したものだ。魔石を原料に作り出す」
へー、と言いながらエヴァは硬貨を手に取って眺めてみた。ユーハンが、それを一つずつ指差しながら言う。
「薄い金色のものが一番高価で、次は銀色、一番安価なのが銅色の硬貨だ。銅色の硬貨を1とすると、銀色の硬貨が100、金色の硬貨が1000になる」
エヴァはふむふむと頷く。
「まずはお前にどのくらいの知識があるのか知るところからだな。…この世界については知っているか?」
エヴァは首をかしげた。はて、自分は一体この世界についてどれほど知っているのだろう。
しかし、ユーハンはそれを否定と受け取ったようで、一つ頷いて続ける。
「この世界はイハナマーイルマと呼ばれている。ここ、王都ローレンティウスを中心に、特性の違う三つの地域がある」
ユーハンは紙に大きな丸を書き、その中心に小さな丸を書いた。最初に書いた大きな丸を均等に3分割するように3本の線を引き、その左側に学者の領、右側に祈りの領、下側に職人の領と書き込んだ。
「岩と山があり、魔水晶の採掘が盛んだが農業に適さない、職人の領。寒さが厳しくこれまた農業には適さないゆえに学問が発達した、学者の領。そして我が公爵領のある、祈りの領」
ふむふむ、とエヴァは頷く。この辺りのことはエヴァも習って知っていた。
「この三つの地域は9つに分割され、貴族の大領地として治められている。その外は海になっており、海の魔獣が存在しているため、その海を航海したものはいない、と言われている。海から流れ込む運河が3本あり、王都まで続いている。その内の1本を使って、お前はここまで来ただろう?」
うん、とエヴァは頷く。
「船旅って最初は良いけど途中で飽きるよね」
エヴァの素直な感想に、ユーハンは目をパチパチすると、何事もなかったように説明に戻った。
「運河は交易の要であると同時に、海からの魔獣の侵入を許す入り口でもある。そのため、運河は魔獣を倒す役目を負った辺境伯家と、王族の血に近い公爵家がそれぞれ挟むように領地を持っている。そして侯爵が辺境伯と公爵家の間の領地を持っている」
ユーハンは、三つのエリアをさらに九つに分割する線を引いた。
「伯爵以下は、その派閥の侯爵以上の領地の一部を分割してもらっているか、領地を持たず王都で暮らしているものが多い」
そして、中心の丸に王都と書き込んだ。中心の小さな丸を、とんと指差し言う。
「さて、この王都だが、その名の通り王族が住んでいる。王族は、祈りの領にかかった虹の橋を渡った所にある、神族の国の神の血を引いている。毎年この時期に、王族は虹の橋を渡って神族に参拝している。……あぁ、お前はこの参拝の最中に、ならず者に襲われてルーカスと出会ったのだったか…」
エヴァは、ユーハンの書いた紙をじっと見つめる。司祭様はエヴァのことを神の遣いだと言った。
王族の話は聞いたことなかったが、ユーハンは王族を神の血を引いているといった。もしかしたら、エヴァは王族に縁があるものなのだろうか?しかし、性別を偽り、出自を隠している今、それは聞けなかった。
「ふむ。お前、字は読めるのか?」
ユーハンの書いた字をじっと見つめていたからだろうか、ユーハンがそう聞いてきた。
エヴァは、はっとして頷く。
「……ダンの報告でもあった。ちょっと孤児には思えないぐらい身ぎれいで、礼儀作法などはひとしきり仕込まれているようだと…お前、もしかして孤児ではないのか?」
ぎく、っとしてエヴァはユーハンを見つめ返す。
「…親はいない。神殿で育った。嘘じゃない」
「ふむ。まぁその見た目だ。引き取り先が決まってたのか?」
エヴァはフルフルと首を振る。
「…将来高く売るために今から仕込んでたのか?まぁ、なんにせよ平民が何を言っても問題はないか…」
ユーハンは一瞬考えこんだが、机をトントンと指先でたたき気を切り替えた。
「知識にいささか偏りはありそうだが、こちらの言うことを理解できる程度の教養はあるのか…ちなみに敬語は使えるのか?」
エヴァは基本的に敬われる立場であり、自分が敬語を使うことはなかったので、普段通りに話していたが、そういえばエヴァのここでの立場は孤児であった。今更ながらにまずかったかな、と思い至った。
「…使えます」
「ふむ、まぁ、必要な時にとりつくろえるのであれば普段は良い。我が公爵家が敬わねばならぬ存在など、王族くらいなものだからな」
「この家の人には敬語使わなくてもいいの?」
「あぁ」
エヴァはほっとして、息を吐く。
ユーハンは顔は怖くて、不愛想だが悪い人ではないようだ
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる