守護者の乙女

胡暖

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1章 貴族の養子

5.オールストレーム公爵

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「……魔獣を操る?」

 執務机には、こげ茶の髪に、グリーンの鋭い目をした男性が座っていた。
 ルーカスの父、アンディシュ・オールストレーム公爵だ。
 机を挟んで、父と対面するように立っていたルーカスが先程までの軽薄けいはくな口調を改め答えた。

「はい。フェンリルを操っていました。孤児で、9歳の少年です。虹色の瞳をしていました」
加護ギフト持ちか」

 父親からの問いに、ルーカスは頷いた。だから、保護してきました、と告げる。

 この土地は精霊の力が強い。虹色の瞳というのは聞いたことはないが、精霊の加護を持つ人間はまれにいた。
 ふむ、とアンディシュはあごでる。

「どんな魔獣でも操れるのか?」
「わかりませんが、私のマルガレーテとも話をしていたようです」

 アンディシュは机をトントンと指でたたく。何か考えているようだ。

「まぁ、手駒てごまは多い方がよいか…」

 ルーカスはアンディシュの言い様に眉をひそめたが何も言わなかった。
 父親が非情なのはいつものことだからである。しかし、幼い子に非道なことはすまいと思う。

「準備ができたらこちらに連れてくるがいい」
「はっ」


 ◆


 準備ができたエヴァはピンと伸びたダンの後姿を追いかける。広すぎて迷子になりそうだ。

 少し進んだところでダンが足を止める。

 サロンのようなところで、ルーカスがお茶を飲みながら待っていた。到着したエヴァに、さっぱりしたな、と笑顔を向けてくれる。

 そして、案内人がルーカスに変わり、連れてこられたのは執務室のようだった。

「アンディシュ・オールストレームだ。そなた、魔獣を操れるそうだな」

 茶色でまとめられた部屋の奥に、どんと置かれた執務机に座ったアンデシュは、厳めしい顔をして、エヴァに話しかけてくる。
 エヴァは思わず面食らったが、気を取り直して聞かれたことに答える。

「操れるわけじゃない。話をして、気が向けば手伝ってくれるだけ」

 エヴァの率直すぎる話し方に、ダンは目を見張り、ルーカスは苦笑する。
 アンディシュは気にした様子もなく話を続ける。

「それはどんな魔獣であってもか?」

 エヴァは少し考える。

「それほどたくさんの魔獣に会ったことがあるわけじゃないけど。…これまであったことのある魔獣で話せない子はいなかったよ。でも、ルーカスのマルガレーテはぼんやりしていてあんまり話にならなかった…」
「スレイプニルのような騎士団の魔獣は、騎獣にするために使役の魔道具を使用している。確か思考を鈍らせ、人間が上に乗っても嫌がらないようにするものだったはずだ」
「へぇ、それでか…」
「ふむ、魔獣と話せるというのは嘘ではないようだな」

 アンディシュはじろりとエヴァを見下ろして言う。

「お前は孤児だそうだな」

 エヴァはあいまいに頷く。

「お前をこのオールストレーム公爵家の養子としてぐうしてやる。代わりにその力を我が家のために使え」
「養子?」

 エヴァはきょとんとする。

「待ってください、父上!養子ですか?使用人ではなく?」
「そうだ。使用人では他家に奪われる可能性がある。ラーシュと一緒にして監視かんししておけ」

 ルーカスは唖然あぜんとした顔をしている。
 エヴァは、首をかしげてもう一度たずねる。

「養子って何?」
「我が家の子として遇するということだ。私のことは父と呼べ」
「父……ルーカスは?」
「兄と呼べ」
「意味…分かんない」
「あぁ。その話し方も早々に矯正きょうせいが必要だな。王都に帰ったら、ユーハンに教師をさせ貴族の常識を叩き込め」

 それだけ言うと、アンディシュは「もう行け」と、三人を部屋から追い出した。

 扉の前でエヴァは呆然ぼうぜんと呟く。

「ルーカス…意味わかんないんだけど…」
「大丈夫だ、俺にもわからん…とりあえず、王都に戻ったら、他の家族を紹介する」

 ルーカスは肩をすくめ、首を振る。

 ――――まぁ、家族が欲しくて出てきたし…いいか。

 自分には身内もいないのだ。
 エヴァはたいそう楽観的だった。
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