221 / 245
掌編
あなたの口から聞いてません
しおりを挟む
誕生日決めてないんですけど、きっとこういうのあっただろうなと思って。
時系列的には、多分…多分、愛してみようと思うとか言い始めた、あのサレンドルさんと密会のあとくらい。
(ということにした)
なのでまだ、名前の呼び方はディートリヒ様です。
結婚したその年はばたばたしていてスルーしてしまったので、今年は頑張ったの、とはわたくしは言わない。
だって見せてから、驚かせたいじゃない?
「お誕生日おめでとう、ジーク」
「ああ、ありがとう」
「お願いして厨房を借りてケーキを作ったのよ」
「…………え?」
「なぁに?」
「いや、その」
「…………失敗してないから大丈夫よ」
ひどい。確かに厨房を貸して、というと料理長たちは慌てふためいていたけれど、料理くらいは、多少できるのです。
小さい頃は自分で、何か作ったりもしていたのを何となく覚えていますし。
とはいっても、火の扱いなどについてはへたくそなので、そこはやりますととられてしまって自分で全部したわけではありません。
混ぜるのと、最後の飾りつけだけしたのでわたくしが作った、と言い切れるのかどうかとは思いますけれど。
けれど、書いてある通りにやれば大体はできるもの。
ジークが顔をしかめるのは、そういえば今までは失敗ばかりしていたからかもしれない。
去年もおととしも、真っ黒なケーキだったもの。
オーブンの扱いは難しいのよ。けれど、今回焼くのはしてもらったから焦げなかったわ。
「ジーク、大丈夫。俺も横でみてたけど、ケーキだった。味は知らないけど」
「そう、味は。でも、これが美味しいなら来月の誕生日が楽しみ……」
「お前ら……」
「何言ってるの? そこそこあるんだからあなた達も一緒に食べるのよ?」
そう言うと、ハインツとフェイルは微妙そうな顔をする。逃げようとして一歩踏み出したフェイルの肩をハインツは即座に掴んだのです。
そして、ツェリにお茶を淹れてもらっておそるおそる、ジークはケーキを口に。
表情が変わらないのでおいしいのかどうか、わからないのが悩みどころ。
「どう?」
「……ぼそぼそしている」
「ぼそぼそ? そんなはずは…………ぼそぼそしてるわね」
わたくしも一口いただく。
味は悪くない、と思うのだけれど食感が。ぼそぼそしているとしか言いようがない。
二人も食べろとジークが言うと、同じように口にして。
同じように、ぼそぼそしていると零す。
「失敗ね。やっぱり作ってもらった方が美味しいわ……」
「でも作ったからには捨てるのももったいない……」
変なところが律儀なジークは切り分けたものを全て平らげた。ハインツとフェイルも同じ。
そうすると、わたくしも自分の分はと口にする。
もっと簡単なものに挑戦すればよかったかしら。ドライフルーツたっぷりのパウンドケーキとか。
それならしっとりするかもしれないわ。次はそうしましょう。
と、一人で決める。
どうにか食べて、お茶で流し込む。そうすると口当たりはさっぱり。
けれど、あと半分残っているケーキはどうしようかしら。
料理長に止めてもらったのは正解。この倍の大きさのものを作っていたらと思うと。
ええ、食べきれないもの。
「あとは俺が持って帰る」
「え、いいのよ。無理に持って帰らなくても」
「失敗でもなんでも、アーデが作ってくれたものだから」
その言葉はわたくしではなく未来の奥様に言うものよ、と思うのだけれど。
そう、と頷いてツェリに包んでとお願いする。
ジークはそれを持って帰り、平らげたのだとわたくしに告げた。
その数日後の事。
「アーデルハイト」
「なんです?」
「お前、ケーキが作れるそうだな」
「……え?」
「犬には贈るが俺には贈らないのか?」
「…………ええと」
ええと。
まず、どうしてそれをご存知なのか、と思ったのだけれど。
朝食をとりながら、ごくごく自然にそのようなことを仰るディートリヒ様。
「贈ろうにも、わたくしあなたのお誕生日、聞いてませんし」
「は?」
「聞いてませんわ。わたくし、知ってはいますけれど、本人の口からは聞いておりません」
そう、誕生日があることは知っているのです。
だって予定として王太子の誕生日を祝う夜会がありますもの。ええ、もちろん知ってますわ。
しかも二週間後。
表向き、ちゃんとお祝いも言いますけれど。贈物も皆様の前でしますけれど。
けれど、個人的に何か贈るところまでいくほど仲が良いわけでもなく。
これは、欲しいと言うことですの? それもケーキ? でもあれは失敗しましたし。
「……つまり、自ら思い立って何か贈ろうと思う間柄では、ないということなんだな。お前の中では」
「ええ、まぁ……そうですわね。けれど欲しいと仰るなら何か考えないでも」
「欲しい」
あら、早い。欲しい、と言って笑う。
そう言われると、わかりましたと言うしかないじゃないですか。
「わかりましたわ。何か考えます」
「ケーキが良い。お前が作ったものというのを食べてみたい」
「そ、それはなかなか難しい……それに作れませんのよ。前のも失敗、でしたし」
「失敗していてもかまわんよ」
お前が作ったものなら何でも良い、と仰る。それはもう、楽しげに。
そう言われて、当日はさすがに無理ですから、また料理長に勘弁してくださいと言われつつ厨房に立つ。
失敗して笑われるのは悔しいので料理長にお願いして一緒に作ってもらいました。
そして出来上がったパウンドケーキはなかなか、立派なもの。
ディートリヒ様に少し早いですがとさしあげれば、思いのほか美味しかったらしく吃驚していました。
ええ、わたくしだってこんな風にできるなんて――というより。
ほとんど料理長にやってもらったのですけれどそれは言いません。
これはわたくしが、作ったのです。
「失敗すると思っていた。こう、黒焦げの……」
「あなた、貰っておいて失礼な事ばっかり言ってますわ」
もうこれはあげませんと皿を引こうとすると、そう言うなと手を押さえる。
まぁ、実際。
どうやって作ったかなんてご存知なのでしょう。料理長がほとんど手をいれたものですし。
けれどこのままでは悔しい。いつか自分で作れるようにもなりたいものと思うのでした。
多分五年後くらいにはパウンドケーキくらいはつくれるようになってる気がします。
時系列的には、多分…多分、愛してみようと思うとか言い始めた、あのサレンドルさんと密会のあとくらい。
(ということにした)
なのでまだ、名前の呼び方はディートリヒ様です。
結婚したその年はばたばたしていてスルーしてしまったので、今年は頑張ったの、とはわたくしは言わない。
だって見せてから、驚かせたいじゃない?
「お誕生日おめでとう、ジーク」
「ああ、ありがとう」
「お願いして厨房を借りてケーキを作ったのよ」
「…………え?」
「なぁに?」
「いや、その」
「…………失敗してないから大丈夫よ」
ひどい。確かに厨房を貸して、というと料理長たちは慌てふためいていたけれど、料理くらいは、多少できるのです。
小さい頃は自分で、何か作ったりもしていたのを何となく覚えていますし。
とはいっても、火の扱いなどについてはへたくそなので、そこはやりますととられてしまって自分で全部したわけではありません。
混ぜるのと、最後の飾りつけだけしたのでわたくしが作った、と言い切れるのかどうかとは思いますけれど。
けれど、書いてある通りにやれば大体はできるもの。
ジークが顔をしかめるのは、そういえば今までは失敗ばかりしていたからかもしれない。
去年もおととしも、真っ黒なケーキだったもの。
オーブンの扱いは難しいのよ。けれど、今回焼くのはしてもらったから焦げなかったわ。
「ジーク、大丈夫。俺も横でみてたけど、ケーキだった。味は知らないけど」
「そう、味は。でも、これが美味しいなら来月の誕生日が楽しみ……」
「お前ら……」
「何言ってるの? そこそこあるんだからあなた達も一緒に食べるのよ?」
そう言うと、ハインツとフェイルは微妙そうな顔をする。逃げようとして一歩踏み出したフェイルの肩をハインツは即座に掴んだのです。
そして、ツェリにお茶を淹れてもらっておそるおそる、ジークはケーキを口に。
表情が変わらないのでおいしいのかどうか、わからないのが悩みどころ。
「どう?」
「……ぼそぼそしている」
「ぼそぼそ? そんなはずは…………ぼそぼそしてるわね」
わたくしも一口いただく。
味は悪くない、と思うのだけれど食感が。ぼそぼそしているとしか言いようがない。
二人も食べろとジークが言うと、同じように口にして。
同じように、ぼそぼそしていると零す。
「失敗ね。やっぱり作ってもらった方が美味しいわ……」
「でも作ったからには捨てるのももったいない……」
変なところが律儀なジークは切り分けたものを全て平らげた。ハインツとフェイルも同じ。
そうすると、わたくしも自分の分はと口にする。
もっと簡単なものに挑戦すればよかったかしら。ドライフルーツたっぷりのパウンドケーキとか。
それならしっとりするかもしれないわ。次はそうしましょう。
と、一人で決める。
どうにか食べて、お茶で流し込む。そうすると口当たりはさっぱり。
けれど、あと半分残っているケーキはどうしようかしら。
料理長に止めてもらったのは正解。この倍の大きさのものを作っていたらと思うと。
ええ、食べきれないもの。
「あとは俺が持って帰る」
「え、いいのよ。無理に持って帰らなくても」
「失敗でもなんでも、アーデが作ってくれたものだから」
その言葉はわたくしではなく未来の奥様に言うものよ、と思うのだけれど。
そう、と頷いてツェリに包んでとお願いする。
ジークはそれを持って帰り、平らげたのだとわたくしに告げた。
その数日後の事。
「アーデルハイト」
「なんです?」
「お前、ケーキが作れるそうだな」
「……え?」
「犬には贈るが俺には贈らないのか?」
「…………ええと」
ええと。
まず、どうしてそれをご存知なのか、と思ったのだけれど。
朝食をとりながら、ごくごく自然にそのようなことを仰るディートリヒ様。
「贈ろうにも、わたくしあなたのお誕生日、聞いてませんし」
「は?」
「聞いてませんわ。わたくし、知ってはいますけれど、本人の口からは聞いておりません」
そう、誕生日があることは知っているのです。
だって予定として王太子の誕生日を祝う夜会がありますもの。ええ、もちろん知ってますわ。
しかも二週間後。
表向き、ちゃんとお祝いも言いますけれど。贈物も皆様の前でしますけれど。
けれど、個人的に何か贈るところまでいくほど仲が良いわけでもなく。
これは、欲しいと言うことですの? それもケーキ? でもあれは失敗しましたし。
「……つまり、自ら思い立って何か贈ろうと思う間柄では、ないということなんだな。お前の中では」
「ええ、まぁ……そうですわね。けれど欲しいと仰るなら何か考えないでも」
「欲しい」
あら、早い。欲しい、と言って笑う。
そう言われると、わかりましたと言うしかないじゃないですか。
「わかりましたわ。何か考えます」
「ケーキが良い。お前が作ったものというのを食べてみたい」
「そ、それはなかなか難しい……それに作れませんのよ。前のも失敗、でしたし」
「失敗していてもかまわんよ」
お前が作ったものなら何でも良い、と仰る。それはもう、楽しげに。
そう言われて、当日はさすがに無理ですから、また料理長に勘弁してくださいと言われつつ厨房に立つ。
失敗して笑われるのは悔しいので料理長にお願いして一緒に作ってもらいました。
そして出来上がったパウンドケーキはなかなか、立派なもの。
ディートリヒ様に少し早いですがとさしあげれば、思いのほか美味しかったらしく吃驚していました。
ええ、わたくしだってこんな風にできるなんて――というより。
ほとんど料理長にやってもらったのですけれどそれは言いません。
これはわたくしが、作ったのです。
「失敗すると思っていた。こう、黒焦げの……」
「あなた、貰っておいて失礼な事ばっかり言ってますわ」
もうこれはあげませんと皿を引こうとすると、そう言うなと手を押さえる。
まぁ、実際。
どうやって作ったかなんてご存知なのでしょう。料理長がほとんど手をいれたものですし。
けれどこのままでは悔しい。いつか自分で作れるようにもなりたいものと思うのでした。
多分五年後くらいにはパウンドケーキくらいはつくれるようになってる気がします。
0
お気に入りに追加
1,564
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる