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本編
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順調に挨拶は続いていたものの、フリードリヒの集中力は一時間程で途切れました。
これでも、長く続いた方でしょう。
きょろきょろとし始めたので、どうしたのと問えばお腹が空いた、と。
合間に軽く食べさせてはいたのですけれどね。
挨拶も一区切りの合間に、犬達を呼ぶ。フリードリヒには、わたくし達はまだここから離れられないのと告げて。
すると、それはわかっているというように頷き返す。
「母様、ごはんたべたら、またきていい?」
「ええ」
とん、と椅子から降りて。次にいらっしゃった方達に礼をして犬達の傍へ。
ジークに抱え上げてもらうのはフリードリヒのお気に入り。そのまま、別室へと向かうのを見送りました。
「しっかりしたお子様でございますね」
「ええ。まだ二歳ですから、休憩を許してあげてくださいね」
お話できないのは残念ですがそうですねと、こちらにいらっしゃった貴族の方は笑む。
王族と言えども、二歳の子供に変わりがないというのはわかっていらっしゃるのでしょう。
もし、フリードリヒが十歳くらいであれば、きっとこれは許されないのでしょうけれど。
陽が沈み始め、挨拶も一区切り。
ダンスの時間となり、わたくし達は最初に踊らばならないので席を立つ。
「疲れてないか?」
「いいえ、大丈夫よ。最後まで、今日はあなたの傍にいますから」
そう言って笑うと、ああとリヒトは吐息零す。
どうしたのかしらと思っているとそれは嬉しい事だとわたくしに告げる。
わたくしはあなたの妻なのだから、最後まで一緒にいるのは当たり前と思っていたのだけれど違ったのかしら。
「フリードリヒたちのためにいつも途中で居なくなっていただろ? でも今日は俺を優先してくれるのが嬉しい」
「……あなた馬鹿ね」
「ああ、馬鹿でいいさ」
向き合って、曲が始まれば手を取り踊り始める。
優雅なワルツを踊るのは好き。だってどんなに見つめていても誰も咎めないし、おかしいと言わないもの。
わたくしだけに笑いかけてくださる時間は好き。お願いすればいつだって、そうしてくださるのでしょうけど今更、改めて請うなんて恥ずかしい。
「お前と踊るのは好きだな。何よりずっと、見つめていてもおかしくない。この時間が終わらなければいいのに」
「え?」
「一緒にいるときに見つめていたら、お前が逃げるからな。逃がさないようにできるこれは好きだ」
あら、似たようなことを思っていたのねと。そう、思ったのだけれど。
逃がさないようにできると考えているあたりがわたくしと違う。わたくしは逃げないわよ。気を引きたくて逃げるふりはするけれど。
しょうがない人ねと笑って曲の終わりを迎えれば、次からは他の方達も入ってくる。
わたくしたちは続けて、もう一曲。その後は輪から外れて、またもとの席へ。
しばらくするとフリードリヒもご機嫌で戻ってきて座りました。
「休んでもいいのよ?」
「母様と父様といる」
僕は王子だから、とフリードリヒは言います。
王子というものが、どういうものかわかってはいないのでしょう。けれど、周囲から王子と呼ばれている。
その呼び方が意味ある事なのはわかっているのかもしれません。
それを拒否することもできず、受け入れる事しかできない。そのことがわたくしの胸をツキリと痛ませる。
動揺してしまう。こんな小さな子がもう、己が何たるかをわかっていることに。
「アーデルハイト」
不意に呼ばれ顔を向ければ優しげに細められた瞳がわたくしを捕まえる。
「大丈夫だ」
落ち着かせるような、柔らかな声。リヒトはわたくしが今、何を思っていたのかお察しなのです。
この場で、わたくしの心の揺らぎを見せるわけにも、いきませんものね。
変わらぬ微笑みを作り上げ、わたくしは頷く。
セレンファーレさんやミヒャエル。それからサレンドル様ももちろん。諸国の重鎮、国の貴族達。
皆の挨拶を一つずつ受け、言葉を返し。
そして、夜会は終わりました。
時折、窺うような視線を感じるのだけれど、気のせいかしら。今日は見られてしかるべき日なのですから、きっとこちらに来るタイミングをうかがうものでしょう。
途中でフリードリヒはうとうとし始めたので隣室で休ませ、夜会は一区切りをもって終わりとし、あとはそれぞれ好きに。帰る方は見送り、殿方の多くは煙草と酒で歓談される。
リヒトは、今日の主役であるのだからその席を欠席はできません。
「朝方帰ってくるのは良いけれど、飲みすぎないでよ」
「飲まされるだろう……」
「それもそうね」
二日酔いの薬は用意しておいてあげると言って頬撫でれば嬉しそうにする。
少し、その顔には疲れが見える。式典など終わって一区切りではあるけれど、この人が休める時間はいつ作れるのかしら。
その時は思い切り甘やかしてあげましょうと思うのだけれど、言葉にはしない。
リヒトを見送って、わたくしはフリードリヒを連れて部屋に戻る。抱き上げてくれているのはジークなのだけれど本当に気持ちよさそうに眠っている事。
立派に王子様をしていたことを、誇っていいのか。わたくしの心は少しばかり複雑。
これでも、長く続いた方でしょう。
きょろきょろとし始めたので、どうしたのと問えばお腹が空いた、と。
合間に軽く食べさせてはいたのですけれどね。
挨拶も一区切りの合間に、犬達を呼ぶ。フリードリヒには、わたくし達はまだここから離れられないのと告げて。
すると、それはわかっているというように頷き返す。
「母様、ごはんたべたら、またきていい?」
「ええ」
とん、と椅子から降りて。次にいらっしゃった方達に礼をして犬達の傍へ。
ジークに抱え上げてもらうのはフリードリヒのお気に入り。そのまま、別室へと向かうのを見送りました。
「しっかりしたお子様でございますね」
「ええ。まだ二歳ですから、休憩を許してあげてくださいね」
お話できないのは残念ですがそうですねと、こちらにいらっしゃった貴族の方は笑む。
王族と言えども、二歳の子供に変わりがないというのはわかっていらっしゃるのでしょう。
もし、フリードリヒが十歳くらいであれば、きっとこれは許されないのでしょうけれど。
陽が沈み始め、挨拶も一区切り。
ダンスの時間となり、わたくし達は最初に踊らばならないので席を立つ。
「疲れてないか?」
「いいえ、大丈夫よ。最後まで、今日はあなたの傍にいますから」
そう言って笑うと、ああとリヒトは吐息零す。
どうしたのかしらと思っているとそれは嬉しい事だとわたくしに告げる。
わたくしはあなたの妻なのだから、最後まで一緒にいるのは当たり前と思っていたのだけれど違ったのかしら。
「フリードリヒたちのためにいつも途中で居なくなっていただろ? でも今日は俺を優先してくれるのが嬉しい」
「……あなた馬鹿ね」
「ああ、馬鹿でいいさ」
向き合って、曲が始まれば手を取り踊り始める。
優雅なワルツを踊るのは好き。だってどんなに見つめていても誰も咎めないし、おかしいと言わないもの。
わたくしだけに笑いかけてくださる時間は好き。お願いすればいつだって、そうしてくださるのでしょうけど今更、改めて請うなんて恥ずかしい。
「お前と踊るのは好きだな。何よりずっと、見つめていてもおかしくない。この時間が終わらなければいいのに」
「え?」
「一緒にいるときに見つめていたら、お前が逃げるからな。逃がさないようにできるこれは好きだ」
あら、似たようなことを思っていたのねと。そう、思ったのだけれど。
逃がさないようにできると考えているあたりがわたくしと違う。わたくしは逃げないわよ。気を引きたくて逃げるふりはするけれど。
しょうがない人ねと笑って曲の終わりを迎えれば、次からは他の方達も入ってくる。
わたくしたちは続けて、もう一曲。その後は輪から外れて、またもとの席へ。
しばらくするとフリードリヒもご機嫌で戻ってきて座りました。
「休んでもいいのよ?」
「母様と父様といる」
僕は王子だから、とフリードリヒは言います。
王子というものが、どういうものかわかってはいないのでしょう。けれど、周囲から王子と呼ばれている。
その呼び方が意味ある事なのはわかっているのかもしれません。
それを拒否することもできず、受け入れる事しかできない。そのことがわたくしの胸をツキリと痛ませる。
動揺してしまう。こんな小さな子がもう、己が何たるかをわかっていることに。
「アーデルハイト」
不意に呼ばれ顔を向ければ優しげに細められた瞳がわたくしを捕まえる。
「大丈夫だ」
落ち着かせるような、柔らかな声。リヒトはわたくしが今、何を思っていたのかお察しなのです。
この場で、わたくしの心の揺らぎを見せるわけにも、いきませんものね。
変わらぬ微笑みを作り上げ、わたくしは頷く。
セレンファーレさんやミヒャエル。それからサレンドル様ももちろん。諸国の重鎮、国の貴族達。
皆の挨拶を一つずつ受け、言葉を返し。
そして、夜会は終わりました。
時折、窺うような視線を感じるのだけれど、気のせいかしら。今日は見られてしかるべき日なのですから、きっとこちらに来るタイミングをうかがうものでしょう。
途中でフリードリヒはうとうとし始めたので隣室で休ませ、夜会は一区切りをもって終わりとし、あとはそれぞれ好きに。帰る方は見送り、殿方の多くは煙草と酒で歓談される。
リヒトは、今日の主役であるのだからその席を欠席はできません。
「朝方帰ってくるのは良いけれど、飲みすぎないでよ」
「飲まされるだろう……」
「それもそうね」
二日酔いの薬は用意しておいてあげると言って頬撫でれば嬉しそうにする。
少し、その顔には疲れが見える。式典など終わって一区切りではあるけれど、この人が休める時間はいつ作れるのかしら。
その時は思い切り甘やかしてあげましょうと思うのだけれど、言葉にはしない。
リヒトを見送って、わたくしはフリードリヒを連れて部屋に戻る。抱き上げてくれているのはジークなのだけれど本当に気持ちよさそうに眠っている事。
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