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本編
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リヒトに連れられている間も感じる視線。
その視線は視界の端々に移るお三方なのですけれど。お三方は集って、他のご令嬢を周囲に侍らせて楽しげにされているようです。
楽しげに、きっとわたくしの悪口を会話の中に嘲笑と共に織り交ぜ紡がれているのでしょう。
どうやってたぶらかしたのかしら。相変わらず口が達者ですこと。上手に取り入ったのでしょう。
そんな感じかしら。
けれど、その悪口を紡ぎながら頭の中で、どうやってわたくしに攻撃しようかと考えているのでしょう。
あの方達、言葉にせずとも、相談せずともそういう所では連携がお上手ですから。
「ふふ」
「どうした?」
「いえ、そろそろお相手してあげないと、焦れてらっしゃるようですから」
「ああ……相手をするのか?」
「いいえ。もう少し泳がせておきますわ」
今、声をかけたら中途半端にしか考えがまとまっていらっしゃらないでしょうし。
リヒトは楽しみは後にしておくのかと笑み、わたくしの耳もとに顔を寄せてきました。
「こうして煽っておいた方が良いのだろう?」
「あなたも楽しんでますわね」
そんなことはないと零す。そんなことありますわ。
けれど先ほどので、突き刺さる様な視線が増しました。
そして気になるのは、取り巻きの令嬢達には時折、ダンスのお誘いがかかるというのにお三方にはまったくかかりません。
彼女たちの年齢と釣り合う殿方はそこそこいるはずなのですが。
やはり王妃になるべく育てられたという自負。それからそうなるだろうと思っていた周囲の目。
そういった事でお誘いがかからないのかしら。
そもそも公爵家から下位の家に降りる事を彼女たちが良しとするかといえば、ないでしょう。
「アーデルハイト、行くぞ」
わたくしが考え巡らせていると手を引かれる。どちらに、と思ったのですが向かう先にいたのはキーナレイ侯爵とジーク。
久方ぶりの帰郷ですからお話することもあるのでしょう。
わたくし達が近づくと、二人は気付いて礼を。リヒトは構わないと、声をかけました。
リヒトは再度、国でのことを褒めて。ジークはありがとうございますと言っていますけれど、今更何を言っているのだとでも思っているのでしょう。
侯爵は息子は今後とも王太子妃殿下に、わたくしに尽くしますと仰られました。
そこでセルデスディアとも、王太子とも言わないあたりが侯爵はわかってらっしゃいます。
リヒトもそれは理解しているので笑ってああと頷きました。
「しかし、あちらでは身分も中途半端だ。爵位を……アーデルハイトに仕える三人にはそろそろ与えたい。それでいいか?」
「勿体ないお言葉でございます」
あら。リヒトがそんなことを考えているとは、思っていませんでした。
けれど爵位を与えるということはあちらに根付くということ。
「さすがに貴君と同じ爵位を与えることはできないができるかぎりはしよう」
詳細は国に帰ってから詰めようかとリヒトはジークへ視線を向けました。はいと頷くジークは、表情変わりませんが余計なことを、と思っていそうです。
根付くということは逃げにくくなるということ。
もし、わたくしがこのリヒトを嫌になって、逃げたい、離れたいと言えば犬達はそうするでしょう。
わたくしがそう言ったら、この方はどうするのかしら。
わたくしの為に、わたくしの意思を大事にして、わたくしを自由にしてくださるのかしら。
それとも許さないと、捕まえておくままにするのかしら。
どうするの、かしら。
それを問えばどう答えてくれるのかしら。
そもそも、わたくしがそれを問うて良いのか。
それからも様々な方とお話しましたが、わたくしは何を話したのかあまり、よく覚えてはいません。
ぐるぐるとどうするのかしら、どうなるのかしらと考えていたからです。
「アーデルハイト、大丈夫か?」
「え? ああ……はい。少し考え事を」
「考え事?」
「ええ。お三方とどう遊ぼうかしらと」
心中を悟られなくて、話の方向を変える。お三方に対してなんてその場で対するだけで十分なのですけれど。
けれどリヒトはそれを本当の事と思って受けてくれました。
仕方のない女だなと笑って。わたくしはそうでしょうと笑って返し、そろそろと告げました。
そろそろ、彼女たちのお相手をして差し上げたいのと。
「しばらく一緒にいてくださいませ。彼女たちにとっては、あなたはミヒャエルよりも素敵なお飾りに見えているでしょうから」
「飾りだと言われるのは癪なんだが……」
「彼女たちにとってはそうなのです」
「お前にとっては?」
「わたくし?」
そう、とリヒトは頷く。わたくしにとって、あなたは?
どう、お答えすればよいのかしら。お三方にとって最高の飾りとでも言えば良いの?
いえ、そうではないのでしょう。
わたくしにとって、リヒトは――それはすぐには、言葉にできませんわ。
上手に想いが、まとまりませんもの。けれど、飾りとは言いたくはない。
「……ここでは最高のパートナーですわ」
「……まぁ、良しとするか」
飾りと言われなかったとリヒトは笑う。対等として扱ってくれた、と。
ええ、わたくしとあなたは対等ですわ。だからこそ、困るのよ。
行こうかとリヒトはわたくしをエスコートしてお三方の元へ向かってくださる。
取り巻きの令嬢は少し距離を取り、お三方はわたくしを笑顔で迎えてくださいました。
「改めて、お久しぶりでございます」
「ええ……王太子妃としての噂は耳にしてましてよ」
「良い噂なら良いのですけれど。ねぇ?」
「それが悪い噂なら私の悪い噂でもあるからな」
わたくしが視線で問えば、リヒトはすぐに返してくれる。
お三方は気付いているのかしら。
三対一ではなくてよ? 三対二ですわ。
それも、わたくしの隣にいる方はわたくしと同等か、それ以上に頭のまわる方なのです。
果たして彼女たちがわたくし達を相手にして勝てるのか。
けれど、リヒトは少し手を貸すだけ。ほとんど切り伏せるのはわたくしの仕事。
仕事、というよりも矜持の問題。
リヒテールにいた頃はどうでも、よかったのです。彼女たちに何を言われようともどうとでもなったのですから。
しかし、今はそうはいきませんの。
わたくしへの誹りはディートリヒ様への、リヒトへの誹り。そしてセルデスディアへの誹り。
そうであることを彼女たちに理解していただかないと、セレンファーレさんも苦労するのですから。
彼女の事を差し引いても、お三方と一区切りをつけることは必要な事でしょう。
それはわたくしがこの国できちんと清算すべきことに違いないのですから。
その視線は視界の端々に移るお三方なのですけれど。お三方は集って、他のご令嬢を周囲に侍らせて楽しげにされているようです。
楽しげに、きっとわたくしの悪口を会話の中に嘲笑と共に織り交ぜ紡がれているのでしょう。
どうやってたぶらかしたのかしら。相変わらず口が達者ですこと。上手に取り入ったのでしょう。
そんな感じかしら。
けれど、その悪口を紡ぎながら頭の中で、どうやってわたくしに攻撃しようかと考えているのでしょう。
あの方達、言葉にせずとも、相談せずともそういう所では連携がお上手ですから。
「ふふ」
「どうした?」
「いえ、そろそろお相手してあげないと、焦れてらっしゃるようですから」
「ああ……相手をするのか?」
「いいえ。もう少し泳がせておきますわ」
今、声をかけたら中途半端にしか考えがまとまっていらっしゃらないでしょうし。
リヒトは楽しみは後にしておくのかと笑み、わたくしの耳もとに顔を寄せてきました。
「こうして煽っておいた方が良いのだろう?」
「あなたも楽しんでますわね」
そんなことはないと零す。そんなことありますわ。
けれど先ほどので、突き刺さる様な視線が増しました。
そして気になるのは、取り巻きの令嬢達には時折、ダンスのお誘いがかかるというのにお三方にはまったくかかりません。
彼女たちの年齢と釣り合う殿方はそこそこいるはずなのですが。
やはり王妃になるべく育てられたという自負。それからそうなるだろうと思っていた周囲の目。
そういった事でお誘いがかからないのかしら。
そもそも公爵家から下位の家に降りる事を彼女たちが良しとするかといえば、ないでしょう。
「アーデルハイト、行くぞ」
わたくしが考え巡らせていると手を引かれる。どちらに、と思ったのですが向かう先にいたのはキーナレイ侯爵とジーク。
久方ぶりの帰郷ですからお話することもあるのでしょう。
わたくし達が近づくと、二人は気付いて礼を。リヒトは構わないと、声をかけました。
リヒトは再度、国でのことを褒めて。ジークはありがとうございますと言っていますけれど、今更何を言っているのだとでも思っているのでしょう。
侯爵は息子は今後とも王太子妃殿下に、わたくしに尽くしますと仰られました。
そこでセルデスディアとも、王太子とも言わないあたりが侯爵はわかってらっしゃいます。
リヒトもそれは理解しているので笑ってああと頷きました。
「しかし、あちらでは身分も中途半端だ。爵位を……アーデルハイトに仕える三人にはそろそろ与えたい。それでいいか?」
「勿体ないお言葉でございます」
あら。リヒトがそんなことを考えているとは、思っていませんでした。
けれど爵位を与えるということはあちらに根付くということ。
「さすがに貴君と同じ爵位を与えることはできないができるかぎりはしよう」
詳細は国に帰ってから詰めようかとリヒトはジークへ視線を向けました。はいと頷くジークは、表情変わりませんが余計なことを、と思っていそうです。
根付くということは逃げにくくなるということ。
もし、わたくしがこのリヒトを嫌になって、逃げたい、離れたいと言えば犬達はそうするでしょう。
わたくしがそう言ったら、この方はどうするのかしら。
わたくしの為に、わたくしの意思を大事にして、わたくしを自由にしてくださるのかしら。
それとも許さないと、捕まえておくままにするのかしら。
どうするの、かしら。
それを問えばどう答えてくれるのかしら。
そもそも、わたくしがそれを問うて良いのか。
それからも様々な方とお話しましたが、わたくしは何を話したのかあまり、よく覚えてはいません。
ぐるぐるとどうするのかしら、どうなるのかしらと考えていたからです。
「アーデルハイト、大丈夫か?」
「え? ああ……はい。少し考え事を」
「考え事?」
「ええ。お三方とどう遊ぼうかしらと」
心中を悟られなくて、話の方向を変える。お三方に対してなんてその場で対するだけで十分なのですけれど。
けれどリヒトはそれを本当の事と思って受けてくれました。
仕方のない女だなと笑って。わたくしはそうでしょうと笑って返し、そろそろと告げました。
そろそろ、彼女たちのお相手をして差し上げたいのと。
「しばらく一緒にいてくださいませ。彼女たちにとっては、あなたはミヒャエルよりも素敵なお飾りに見えているでしょうから」
「飾りだと言われるのは癪なんだが……」
「彼女たちにとってはそうなのです」
「お前にとっては?」
「わたくし?」
そう、とリヒトは頷く。わたくしにとって、あなたは?
どう、お答えすればよいのかしら。お三方にとって最高の飾りとでも言えば良いの?
いえ、そうではないのでしょう。
わたくしにとって、リヒトは――それはすぐには、言葉にできませんわ。
上手に想いが、まとまりませんもの。けれど、飾りとは言いたくはない。
「……ここでは最高のパートナーですわ」
「……まぁ、良しとするか」
飾りと言われなかったとリヒトは笑う。対等として扱ってくれた、と。
ええ、わたくしとあなたは対等ですわ。だからこそ、困るのよ。
行こうかとリヒトはわたくしをエスコートしてお三方の元へ向かってくださる。
取り巻きの令嬢は少し距離を取り、お三方はわたくしを笑顔で迎えてくださいました。
「改めて、お久しぶりでございます」
「ええ……王太子妃としての噂は耳にしてましてよ」
「良い噂なら良いのですけれど。ねぇ?」
「それが悪い噂なら私の悪い噂でもあるからな」
わたくしが視線で問えば、リヒトはすぐに返してくれる。
お三方は気付いているのかしら。
三対一ではなくてよ? 三対二ですわ。
それも、わたくしの隣にいる方はわたくしと同等か、それ以上に頭のまわる方なのです。
果たして彼女たちがわたくし達を相手にして勝てるのか。
けれど、リヒトは少し手を貸すだけ。ほとんど切り伏せるのはわたくしの仕事。
仕事、というよりも矜持の問題。
リヒテールにいた頃はどうでも、よかったのです。彼女たちに何を言われようともどうとでもなったのですから。
しかし、今はそうはいきませんの。
わたくしへの誹りはディートリヒ様への、リヒトへの誹り。そしてセルデスディアへの誹り。
そうであることを彼女たちに理解していただかないと、セレンファーレさんも苦労するのですから。
彼女の事を差し引いても、お三方と一区切りをつけることは必要な事でしょう。
それはわたくしがこの国できちんと清算すべきことに違いないのですから。
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