悪辣同士お似合いでしょう?

ナギ

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本編

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 お父様とミヒャエルが帰途につき、ヴァンヘルの皆様も国へと変えられました。
 この国で決まった事は色々とあるのでしょう。それをもとにリヒトは多くの事を精査して、何をすべきか決めていくのです。
 国王様もいらっしゃいますが、外交に関してはリヒトにお任せしているようですから。
 忙しい日々は続いて、その合間にわたくし達も変わらず在りました。
 その中で、何度かリヒテール王家とやりとりをし、セレンファーレさんとの婚約について。
 早い段階でまとまったのです。これはもう、ミヒャエル自身が頑張ったのでしょう。
 婚約が上手くまとまる知らせを受けたセレンファーレさんは喜んでいました。
 その頃にはいろいろな知識を身に着け、あちらでもやっていける程度には仕上がっていたと思います。
 婚約から結婚式、そして立太子式までは一年。それはそれで、やることは増えはしましたが。
 そんな中でわたくしは、とうとう周囲の方々に、ある事を問われるようになりました。
 お子様は、と。
 今までは環境も変わりすぐには、と皆様思っていたのでしょう。わたくしには王太子妃としての勉強もありましたから許されていた、とも言います。
 しかし、とうとう王妃様からも問われてしまったのです。
 その時にわたくしは、セレンファーレさんの事もありますしまだと。
 咄嗟にそう答えてしまいました。すると、そうねと仰られ納得してくださったのです。
 けれどそれはリヒトの耳にも入って、しまったのです。
「子を、と問われ。セレンの事が終わったらと答えたと聞いたんだが」
「ええ、はい。それが、何か?」
 鼓動は早鐘を打つ。
 わたくしはうまく答えられるかしらと、リヒトの表情。そこから読み取れるものを見落とさぬようにしていました。
 しかし、そんな注意を嘲笑うかのように。
「嬉しい」
「え?」
「アーデルハイトが、子を孕んで良いと思ってくれたのがだ」
 呆気にとられてしまう。
 わたくしは子の事で、時期だとか。あとは本当に良いのかと言われるのだと思っていたのだから。
 純粋に嬉しいと、零す。
 読み取るまでもなくその心のうちがわかるような、屈託のない笑顔で紡ぐ。
「俺はすぐにでもいい。けど、お前の言うとおり色々な事が重なれば大変なのはアーデルハイトだ。だからお前の気持ちに沿いたい」
「ええ……そう、してくださると……わたくしも嬉しいわ」
「ああ。だから俺は、お前の憂いも取り除く」
 わたくしの、憂い?
 それは何と瞬けば、リヒトは一層笑みを深くして。
「子が王位継承をしなくて良いようにする」
「は?」
「けれど、俺は王位を継げる子を儲けなければならない」
 だから側妃を取ろうと思うとリヒトは言いました。けれど愛しているのはお前だけだと続けて。
 それを聞いてわたくしの心の内は荒れ狂い、伸ばした手はリヒトの服をきゅっと掴んでいました。
「アーデルハイト?」
「……いや」
「いや?」
「側妃なんて、いや……わたくしを、愛していると言いながら……誰かを、なんて」
 絶対にいやと。
 わたくしは気持ちを零す。
 そう、嫌だと。面と向かって言われて、思ったのです。
 そして伝えなければ、本当にこの方は側妃を迎えたでしょう。
 これは――嫉妬、なのでしょう。
 気付くのが遅かったのか、それとも早かったのかはわかりません。
 でもわたくしはリヒトのこの手がわたくし以外に触れることをよしとしなかったのです。
 あんなに、側妃をとればと思っていたのが嘘みたいに。
「ひどい顔してますわ、きっと。だから見ないで、抱きしめて」
「ああ」
「ごめんなさい」
「何を謝ってる?」
「わがままなこと」
 そう言うとふっと笑いが頭の上で零れる。わたくしを放さぬように抱きしめてリヒトは愛している女のわがままなんてかわいいものだと笑っている。
 わたくしの傾倒しすぎでは、と思いはするもののそれに悪い気はしませんでした。
 けれど、ふと零れるような笑い声が潜まる。
 どうしたのかと思えば抱く力が強まって。
「言おうか言うまいか、迷った」
 俺が言う事はきっとアーデルハイトを苦しめる。リヒトはそのまま聞いてくれと絞り出すような声を落としました。
「俺の父は確かに、お前の言う尊い血とやらだ。けれど、俺の母も半分、平民だ」
 お前が血をどうこうと心配する必要はないとリヒトは言う。
 わたくしが顔をあげると、不安そうな、そんな顔をするなとリヒトは目尻を撫でました。
「お前の国では、それは許されない事かもしれないが……ここは、そういう事をもう気にしない国だ。誰も咎めない。お前がそれを悪い事だと、どうしても許せないなら俺の身の上になすりつけろ」
「リヒト……」
「お前のその、忌避とやらがどこからきているのか。俺が解いてやることができるかわからないが」
 それは気にする必要はない、とリヒトは言います。
 そうなのかもしれません。けれど、どうしようもなくわたくしにとって、それは恐ろしい事のような気がして。
 しかしどうして、そう思っているのか。それを話せばわかってもらえるのかしら。
「わたくしは……お母様が駄目とずっと仰っていたから」
「ああ」
「だから、駄目なのだと思っているの。本流に残すなんてそんなのはと」
「そう。けれど俺との子はそうなってしまうな」
「そう、なの……」
 リヒトはわかった、と言ってどうにかしようとわたくしに微笑みました。
 どうにかというのがどういうことかは、わかりはしないのですが。
「側妃は、迎えない。お前が嫌だと言うから。でも、子は欲しい」
「ええ」
「けれど、そうなれば王位継承は生まれたと同時に得ることになる」
「……はい」
「それは許してくれ。けれど、できる限りはしよう」
 俺を信じてとリヒトは口付を降らせる。
 解決は、簡単な事だとわかってはいるのです。でも、長年そう、思っていたわたくしの心は簡単に変わりはしない。
 これは誰かに向ける感情ではなくて、身のうちに向ける想いですから。
 わたくしが、わたくし自身に向ける想いというのを覆すのは難しい事と思うのです。
 でも、それを変えてくれるとしたら。変えられる可能性があるとしたら。
 ゆるりと抱き着けば互いの顔が見えなくなる。
 わたくしは今、自分がどんな顔をしているのかわからないのです。だから見られたくはない。
 自分の顔隠せば相手の表情も見えなくて。
 わたくしはリヒトが困ったなというように苦笑していたのを知りはしませんでした。
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