悪辣同士お似合いでしょう?

ナギ

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本編

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 ミヒャエルとセレンファーレさんとお話をして、部屋に戻ればリヒトが先に戻っていました。
 お帰り、と言う。それにただいまと返す。それはどこか、くすぐったいものがありました。
 わたくし達はお互いの話をしました。
 今まで話したことのない、子供の頃の話。それはとても新鮮なもの。
 リヒトは小さなころはやんちゃで。
 剣の稽古が好きで勉強は嫌いだったそうです。
 そういえば、と額の傷のことを尋ねれば知っているのかと驚かれていました。
 寝ている間に見つけたのだと言えばいつの間にと苦笑して。
 あなたがぐでぐでに酔っていた時と答えるとどこか気まり悪そうなお顔。それがかわいらしくて、わたくしはくすくすと笑い零しました。
「ふふ、そういうお顔は、嫌いじゃありませんよ」
「からかわれているような気になる」
「からかってなんて」
 そんな、やりとりをして。
 穏やかに過ごし、共に眠る。
 傍らにいて優しげな視線を送られ、微笑まれ。
 わたくしの心は、複雑な紋様を描きだすのです。それは嫌な物ではなくて、色々な良き気持ちが入り混じったものです。
「どうした?」
 するりと、頬を撫でればくすぐったいとリヒトは言って、わたくしの手に自分の手を重ねました。そしてその手を自分の口元に誘って口付ける。
「くすぐったいわ」
「そうか?」
「ええ、そうなの。でも嫌いじゃないわ」
 わたくしはリヒトに身を寄せる。
 こんな風に自分からくっつくなんてことは今までなかったと、思います。
 抱き着いて、その胸元に顔を寄せれば頭の上で笑い声。
 どうしたのと問えば何でもないと言い、リヒトもまたわたくしを抱きしめました。
 身体が、繋がらなくとも心は、というような。
 満たされている、という気持ち。わたくしはそれをやっと、理解したのだと思います。
 国にいる頃、犬達と一緒に過ごして。日々は刺激も何もなく退屈でどうしようもない、とまではいきませんけれど。わたくしの心が徐々に腐っていくには十分な平穏だったと思います。
 犬達は好きですが、彼等はわたくしと一緒にいてくれるだけ。
 そう、それでよかったのです。
 でもリヒトは、そうではないように思えました。
 わたくしが立ち止まっているなら手をとって、引いてくれる。わたくしも一緒に、進んでいこうと思えるような。
 わたくしの一番を、この方にあげてもよいと、思い始めているのです。いいえ、もう思っているのかもしれません。
「愛しているよ、アーデルハイト」
「ええ、知ってますわ」
 けれど、まだ。
 まだ、わたくしは。
 わたくしは、同じ言葉を返すことはできないまま。同じように返してしまったらもう後戻りはきっとできなくて。
 逃げ道がないと言うことに不安がある。わたくしはまだ決心ができていないのでしょう。
 リヒトは、好きよ。好きなの。
 けれど愛しているという言葉で互いを縛る事の恐怖。
 わたくしはとてもずるくて、悪い女なのでしょう。
 向けられている気持ちをわかっていて、信じきっていない。リヒトはきっとそれでいいと許してくれているのでしょう。
「愛している」
「ええ」
 わたくしは、頷くだけ。知っています、わかっていますと頷くしか、しないのです。
 同じように言葉を返す日が、いつかくるかもしれないし。こないかもしれない。
 向けられている気持ちにお返ししたいと思う気持ちもまたあるのは確か。
 これはわたくしの、決心の問題なのでしょう。
 決心。
 そう、もうひとつ。
 お父様にも、言われてしまいました。
 子供の、お話。
 リヒトが望むならと思い始めている。けれど、やはりどうあってもわたくしは平民の血を持っていて。
 その地をこの大国の血筋に残すのはと思ってしまう。だからちゃんとした血筋の方にと思って、いるのです。
 でも、リヒトが他の女性を抱いてしまうこと。それを考えると恐ろしくて。
 前までは、こんな感情は無かったのに、知らなかったのに。
 きゅ、と抱きつく手に知らず力がこもる。
 どうしたと問う声を笑ってかわしてわたくしはどうしようもないわたくしの心をなだめます。
 これはわたくしの心ひとつ。
 わたくしの血が、この血筋に残る事。それを許せたら、受け入れられる事なのです。
 でもまだ無理。まだ、無理。
 お母様は、わたくしに教えたのです。あなたは半分平民でもあるのだから、尊き血筋に触れてはなりませんよと。
 もし望まれたら、それにはお応えするべきでしょう。でも本流に、その血を残すような愚行はしてはいけませんよ、と。
 お母様はわたくしが女だったから良かったと零されました。
 妾の子を、正しく妻にと望むものなんていないでしょうからと。もし、これが男ならば他の家の後継ぎとして婿入りなんて話もでたかもしれないと仰っていました。
 ああ、そうか。わたくしも、お母様のようにすれば。けれどお母様とわたくしでは立場が違うのだからそれはとても、難しい事でしょう。
 もし、わたくしが子を産むことになってもきっと王家にお渡しはしないでしょう。
 わたくしはかわいがるだけで必要な教養をきっと身に着けさせません。そうすれば王になんて言われることもないでしょうから。この国は愚王を嫌いますもの。
 そう、それにセレンファーレさんたちもいます。血筋が途絶えるなんてことは、きっと無いでしょう。
 それにどうしても、というときはわたくしには味方がいますもの。
 犬達に子を託せば、きっと。そう思えば怖いと思う気持ちも少し、薄れました。
 けれどその前に。
 まだそういった事を考える時でもありません。
 今、リヒトには成さねばならぬ事があります。
 ヴァンヘルとのこと、リヒテールとのこと。
 それらが片付かぬうちに新たな問題を抱えるわけにはいきません。
 わたくしがリヒトを見上げると、その碧の視線とぶつかりました。
 何を考えていたんだと問う言葉は柔らかで。内緒ですわとわたくしははぐらかします。
 ああ、知られてはいけません。気付かれてはいけません。
 わたくしがこうして考えていることを、きっとリヒトは否定しますから。
 愛してると言えなくても、それでいいと言うのでしょう。
 王家にわたくしの血を残すのは嫌と言えば、血の尊さなど関係ないと言うでしょう。
 そして嫌なら、子が欲しいとは言わないと続けるのだと思います。
 わたくしはそうなったら困ったと笑うだけなのだと思います。
 心の内を語ろうとは思わないのですから。
 わたくしは、そう言っては欲しくないのです。だから、そう言わせるようなことは言いませんわ。
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