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本編
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ディートリヒ様の執務室にお邪魔し、わたくしは手紙を託しました。
ご自分が書かれたのとを綺麗な箱に納め、封をして使いの者に持たせた。
「先程、ガゼル様にお会いしましたの」
「ああ、どうやら色々探っているらしいな。最近は軍務より、宰相補佐として立ち回っていて俺の所にもくる」
使える相手ではあるが腹の底が見えない。だからこそ重用はしないとディートリヒ様は仰って、何かあれば自分にも言う様に、と続けられました。
そしてジークを見て、何かされるなら多少荒事で対処しても良いと言葉向けました。
「ガゼル様もどうにかしたいとお思いですの?」
「どうだと思う?」
「それを判じるには情報がありませんので」
「表立って何か、問題をということはない。しかし、何かをしそうではある、とは思う」
何にせよ、宰相の跡を継ぐ事を俺は認めないだろうとディートリヒ様は仰いました。
そしてわたくしに、あれとは二人で会うようなことはするなと釘を刺されたのです。
そもそも、二人で会おうとは思わないのですが、はいと頷いておきました。
「何かあるごとにお前は元気かどうかと尋ねてくる。王太子妃に手を出すようなことはしないとは思うが、用心しておくといい」
「それは、わたくしを守ってくれる犬達がいますから」
ねぇ、とジークに視線向けるとひとつ、頷きを。
それから少し話をして、わたくしは退室しました。
「調べるか?」
「そうね……情報は多いにこしたことはありませんわ」
任せますわとわたくしはジークに告げます。ジークも話を聞いていて何か思う事が会ったのでしょう。
情報集めはきっとフェイルのお仕事ですね。城の侍女達は噂話も好きですし、見目の良い方がいれば良く見てらっしゃいますから。
「今日は、もうだらだらと。箱庭にいた頃のように過ごしましょうか」
「飽いたのか?」
「飽いたわけではないですけど」
「俺達はお前の犬だからな。飼い主がしたいように、動かしたいように動く」
「?」
「いつでも、ここから抜け出したければ命をかけてやってやる」
わたくしは、突然どうしたのかしら、と思うのです。
今まで、そうは思っていても口に出さなかったことを紡いでいるのですから。
周囲に人はいないとはいえ、誰が聞いているかわからぬような場所で紡ぐ言葉ではありませんのに。
「今の所、その必要はありませんわ。退屈で死にそうなんて思っていませんし」
いえ、思う余地がないと言った方が正しいのですが。
ジークはなら良いと柔らかな笑みを浮かべ、わたくしに付き添ってくれます。
途中でハインツとフェイルを拾って、城の中にある庭へ出ることにしました。
東屋で無為に過ごすというのは、わたくしにとって懐かしい時間の過ごし方。
けれど、感じ方が変わりました。
ここにこうしていつまでもいることはできないと、思ってしまったのです。
かつては、ただ話をして、ただ茶を飲んで。
何もせずとも三人でいる。意味のない時間だとわかっていても心苦しくもなんともなかったのに、今はそうではありませんでした。
いつまでも、そこで過ごせていたあの頃とは違い、ここにいるのは一休みであり、自分がいるべき場所ではないと、思うような――これは、焦燥感に近いもの。
ざわつく心があり、共にいるのはそれを隠す必要のない犬達。
わたくしは、ねぇと彼らに声をかけました。この、感じ方の違いは、わたくしにとっては不思議なものでもあったのです。
「わたくし、箱庭にいた頃はこうして、何もせず過ごしていることに何も、感じなかったのだけれどなんだか今は……あまり長い間こうしていると、駄目になるような気がしますわ」
「駄目になりたくない、って思ってるってことじゃないかな。俺はアーデがやりたいことに付き合うけど」
「そうなのかしら。わたくしって、駄目な女です?」
その定義は難しいと、三人とも口を揃えました。
「王太子妃として人前に立つアーデは完璧」
「あら、ありがとう」
ハインツにお礼を言うと、それより撫でてほしいとわたくしの傍に膝をつきました。
本当に撫でられるのが好きね、とわたくしは手を伸ばしその髪に触れくすぐってあげました。
それを見て、フェイルは俺達を甘やかすアーデは、駄目かもねと笑いました。
「甘やかされた俺達は、調子に乗ってなんでもしちゃうようになる。それが良い事でも悪い事でもね。ま、俺達もわかってて、受け入れてるから駄目なんだけどさ」
「嫌なら嫌って言って良いのよ?」
「まさか! 嫌なんて言うはずがない!」
俺達はアーデを愛しているから、と。フェイルは言うのです。
彼らの言う愛は、恋愛ではありません。それがどういう愛であるのか問うようなことは野暮。
ただわたくしは、それに対して親愛を返すことくらいしかできないのですし。
「……そうやって、ついてきちゃったのよね」
「それはアーデが気にすることじゃない。俺達が決めた事だしな」
「そうね。わたくしは、ついてきてくれてありがとうと返すだけだわ」
「……アーデ、お迎えらしい」
わたくしと向かい合っていたジークが視線で促す。
そちらを終えば、ディートリヒ様が手をあげて、こいと示していました。
「……あまり行きたくないのだけれど」
行かぬわけにはいかないのでしょう。一つため息を零すと、ああ悔しいなぁとフェイルが零しました。
「何が、悔しいの?」
「俺達じゃそんな顔、させられないから」
そんな、とはとわたくしは自分の顔に手を添えます。わたくしは、一体どんな表情をしているのかと。
ふれてわかるのは、決して笑みではないことくらい。
「わたくし、どんな顔してますの?」
教えてと言えば、とても嫌そうな顔だと三人とも声を揃えました。
「嫌そうな顔をさせたいの?」
そうじゃないけどねとフェイルは笑いながら、待たせてはいけないだろうと手を引いて、そしてディートリヒ様にわたくしを託しました。
「何か御用ですの?」
「用がないと触れてはいけないのか?」
「ええ」
「ではあることにしようか」
ディートリヒ様はお前たちも来ると良いと言って歩き始めます。
わたくしの手を引いて向かっているのは、外の者達と話をするような部屋があるあたり。
日当たりの良い、サロンへと導かれました。
そこにいた者達はわたくし達をみて立ち上がると、礼を。ディートリヒ様は楽にしろと命じられます。
「……ディートリヒ様、こちらの方達は……」
「お前の父が来るだろう? 国費ではなく俺の私財だ、問題ない」
並べられた布は多種。まぎれもなく服飾関係の者達。お針子もいるようですし、ディートリヒ様はわたくしにドレスを作ってくださるようです。
別に必要はありませんのに、と思うのですがここまで準備されているのをお断りするのは失礼にあたるでしょう。
それに国費ではなく私財で、と先に仰られているのが譲らないと暗に示しているようでもありました。
それから、女のわたくしが一番やる気なく、男であるディートリヒ様と犬達の方が色々と注文を付けるようなドレスの発注が始まりました。
お好きになさいませと言うと、一着ではまとまらない、複数作るかと言い始めたのでさすがに、止めましたが。
そしてこのドレスの後にはきっと、それにあう宝飾品をとなるのだろうと思うのです。
ええ、本当にその通りでした。
ご自分が書かれたのとを綺麗な箱に納め、封をして使いの者に持たせた。
「先程、ガゼル様にお会いしましたの」
「ああ、どうやら色々探っているらしいな。最近は軍務より、宰相補佐として立ち回っていて俺の所にもくる」
使える相手ではあるが腹の底が見えない。だからこそ重用はしないとディートリヒ様は仰って、何かあれば自分にも言う様に、と続けられました。
そしてジークを見て、何かされるなら多少荒事で対処しても良いと言葉向けました。
「ガゼル様もどうにかしたいとお思いですの?」
「どうだと思う?」
「それを判じるには情報がありませんので」
「表立って何か、問題をということはない。しかし、何かをしそうではある、とは思う」
何にせよ、宰相の跡を継ぐ事を俺は認めないだろうとディートリヒ様は仰いました。
そしてわたくしに、あれとは二人で会うようなことはするなと釘を刺されたのです。
そもそも、二人で会おうとは思わないのですが、はいと頷いておきました。
「何かあるごとにお前は元気かどうかと尋ねてくる。王太子妃に手を出すようなことはしないとは思うが、用心しておくといい」
「それは、わたくしを守ってくれる犬達がいますから」
ねぇ、とジークに視線向けるとひとつ、頷きを。
それから少し話をして、わたくしは退室しました。
「調べるか?」
「そうね……情報は多いにこしたことはありませんわ」
任せますわとわたくしはジークに告げます。ジークも話を聞いていて何か思う事が会ったのでしょう。
情報集めはきっとフェイルのお仕事ですね。城の侍女達は噂話も好きですし、見目の良い方がいれば良く見てらっしゃいますから。
「今日は、もうだらだらと。箱庭にいた頃のように過ごしましょうか」
「飽いたのか?」
「飽いたわけではないですけど」
「俺達はお前の犬だからな。飼い主がしたいように、動かしたいように動く」
「?」
「いつでも、ここから抜け出したければ命をかけてやってやる」
わたくしは、突然どうしたのかしら、と思うのです。
今まで、そうは思っていても口に出さなかったことを紡いでいるのですから。
周囲に人はいないとはいえ、誰が聞いているかわからぬような場所で紡ぐ言葉ではありませんのに。
「今の所、その必要はありませんわ。退屈で死にそうなんて思っていませんし」
いえ、思う余地がないと言った方が正しいのですが。
ジークはなら良いと柔らかな笑みを浮かべ、わたくしに付き添ってくれます。
途中でハインツとフェイルを拾って、城の中にある庭へ出ることにしました。
東屋で無為に過ごすというのは、わたくしにとって懐かしい時間の過ごし方。
けれど、感じ方が変わりました。
ここにこうしていつまでもいることはできないと、思ってしまったのです。
かつては、ただ話をして、ただ茶を飲んで。
何もせずとも三人でいる。意味のない時間だとわかっていても心苦しくもなんともなかったのに、今はそうではありませんでした。
いつまでも、そこで過ごせていたあの頃とは違い、ここにいるのは一休みであり、自分がいるべき場所ではないと、思うような――これは、焦燥感に近いもの。
ざわつく心があり、共にいるのはそれを隠す必要のない犬達。
わたくしは、ねぇと彼らに声をかけました。この、感じ方の違いは、わたくしにとっては不思議なものでもあったのです。
「わたくし、箱庭にいた頃はこうして、何もせず過ごしていることに何も、感じなかったのだけれどなんだか今は……あまり長い間こうしていると、駄目になるような気がしますわ」
「駄目になりたくない、って思ってるってことじゃないかな。俺はアーデがやりたいことに付き合うけど」
「そうなのかしら。わたくしって、駄目な女です?」
その定義は難しいと、三人とも口を揃えました。
「王太子妃として人前に立つアーデは完璧」
「あら、ありがとう」
ハインツにお礼を言うと、それより撫でてほしいとわたくしの傍に膝をつきました。
本当に撫でられるのが好きね、とわたくしは手を伸ばしその髪に触れくすぐってあげました。
それを見て、フェイルは俺達を甘やかすアーデは、駄目かもねと笑いました。
「甘やかされた俺達は、調子に乗ってなんでもしちゃうようになる。それが良い事でも悪い事でもね。ま、俺達もわかってて、受け入れてるから駄目なんだけどさ」
「嫌なら嫌って言って良いのよ?」
「まさか! 嫌なんて言うはずがない!」
俺達はアーデを愛しているから、と。フェイルは言うのです。
彼らの言う愛は、恋愛ではありません。それがどういう愛であるのか問うようなことは野暮。
ただわたくしは、それに対して親愛を返すことくらいしかできないのですし。
「……そうやって、ついてきちゃったのよね」
「それはアーデが気にすることじゃない。俺達が決めた事だしな」
「そうね。わたくしは、ついてきてくれてありがとうと返すだけだわ」
「……アーデ、お迎えらしい」
わたくしと向かい合っていたジークが視線で促す。
そちらを終えば、ディートリヒ様が手をあげて、こいと示していました。
「……あまり行きたくないのだけれど」
行かぬわけにはいかないのでしょう。一つため息を零すと、ああ悔しいなぁとフェイルが零しました。
「何が、悔しいの?」
「俺達じゃそんな顔、させられないから」
そんな、とはとわたくしは自分の顔に手を添えます。わたくしは、一体どんな表情をしているのかと。
ふれてわかるのは、決して笑みではないことくらい。
「わたくし、どんな顔してますの?」
教えてと言えば、とても嫌そうな顔だと三人とも声を揃えました。
「嫌そうな顔をさせたいの?」
そうじゃないけどねとフェイルは笑いながら、待たせてはいけないだろうと手を引いて、そしてディートリヒ様にわたくしを託しました。
「何か御用ですの?」
「用がないと触れてはいけないのか?」
「ええ」
「ではあることにしようか」
ディートリヒ様はお前たちも来ると良いと言って歩き始めます。
わたくしの手を引いて向かっているのは、外の者達と話をするような部屋があるあたり。
日当たりの良い、サロンへと導かれました。
そこにいた者達はわたくし達をみて立ち上がると、礼を。ディートリヒ様は楽にしろと命じられます。
「……ディートリヒ様、こちらの方達は……」
「お前の父が来るだろう? 国費ではなく俺の私財だ、問題ない」
並べられた布は多種。まぎれもなく服飾関係の者達。お針子もいるようですし、ディートリヒ様はわたくしにドレスを作ってくださるようです。
別に必要はありませんのに、と思うのですがここまで準備されているのをお断りするのは失礼にあたるでしょう。
それに国費ではなく私財で、と先に仰られているのが譲らないと暗に示しているようでもありました。
それから、女のわたくしが一番やる気なく、男であるディートリヒ様と犬達の方が色々と注文を付けるようなドレスの発注が始まりました。
お好きになさいませと言うと、一着ではまとまらない、複数作るかと言い始めたのでさすがに、止めましたが。
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