悪辣同士お似合いでしょう?

ナギ

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本編

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 もうこれは痛めつけられた、という表現が正しいと思いますの、と。
 わたくしはこういうのはやめてもらいたいとディートリヒ様に言いました。
「もうあんなのは二度としないで欲しいのですが」
「ああ、それは取り合えない頼みだな。俺は楽しかった」
「あなたは、そうでしょうけどわたくしは」
「お前もよさそうだったが?」
 そう、言われると。どうにも反論できません。
 しかし、わたくしへの負担はどうにもこうにもならぬほどなのです。
 そうやってとうとうと文句を垂れ流しているとわかったと仰いました。けれど全く、わかったではないと思えます。
「アーデルハイト」
「なんでしょう?」
「お前は今日も美しい。愛しているよ」
「……朝食をとりながら、言う事ではありませんわ」
「そうか? では何時がいい。何時でも紡いでやろう」
「必要、ありませんわ」
 そう言うなと笑う。
 まるでわたくしをからかっているような、そんな感じです。
「……ディートリヒ様、やはり順序が、わたくしたちはおかしいと思うのです」
「何がだ」
「あなたがわたくしを愛すると言うなら、やはりわたくしがその愛に応えてから、身体を繋ぐのが道理ではありません?」
「そうだな、普通ならな。しかし俺たちは夫婦だ」
「そうですけれど。わたくしは、よくある貴族の結婚として、あなたに抱かれることを是としたのです」
「それで?」
「あなたがわたくしを、愛すると言うなら……お断りですわ。わたくしはそれにお応えできませんから、どなたか他の方を側に置いてくださいませ」
「何故だ? 理由がほしい」
 それは、とわたくしは。
 紡ぐ言葉を見失ってしまいました。
 どう言えば、いいのかと。
 言えるわけがないとさえ、思うのです。
 抱かれて、愛を囁かれて。
 それに絆されるのが恐ろしいなんて。
 そんな事を言えば、ディートリヒ様は一層深く、同じ事をされるでしょう。
「まぁ、言わんでもわかってるがな」
「え?」
「その理由を察した上で言ってやろう。断る、と」
「……無理強いしますの?」
「いいや、しないが」
 わたくしのこの気持ちを察していると、仰る。
 その上で断ると。
 浮かべた笑みには余裕さえ見て取れる。
 何を言っても、わたくしの願いは聞いて頂けそうな雰囲気ではありませんでした。
「お前の気が向けば応えてくれるんだろう? なら、その気にさせるだけだ」
 本当に嫌ならしない。それは誓うと仰られ。
 わたくしは黙るしかありません。
 これは上手に、わたくしが断れぬよう、話を持っていくという事なのでしょう。
「……性格が、よろしくありませんわね」
「わかりきったことだろう?」
 ディートリヒ様は今更何をと笑われて、今日はゆっくり休めとわたくしを労わります。
 わたくしが朝から疲れているのはあなたのせいですのに。
「困ったような顔をするな。いじめたくなる、が……そんな時間もないか」
 早めに仕事を終わらせて戻ると仰いますがわたくしとしてはどうぞ、慌てずゆっくり仕事をしてわたくしが眠った後に帰ってきていただければ、と思うくらいなのですけど。
 それに困っているのではなく、呆れているのですが。
「ああ、けれど手紙は書いてくれ。お前の父に。俺も返事を書くから共に届けよう」
「わかりました。書いたら、お持ちしますわ」
 頷いて、ディートリヒ様は執務に向かわれました。
 わたくしはこのまま、部屋でゆっくりと。
 セレンファーレさんとレオノラ嬢はすでに組まれた日課がありますし、わたくしが全てつかなければならないわけではありません。
 わたくしはツェリに紙とペンを用意してもらい、お父様への手紙を書き始めました。
 何のことはない、近況を綴り、お待ちしておりますと最後に。
 そっけない内容ですがこんなものでしょう。
 封筒に入れ、蜜蝋で封を。
 それを持ってわたくしはディートリヒ様の執務室へと向かいます。
 それだけのために犬たちを呼ぶのも、と思ったのですが。
「わたくしが何かしようとすると、絶対にいますわね」
「犬なので嗅覚は優れていますから」
 そう、とわたくしは自然と笑み零しました。
 王族の居住区の入り口で待機していたジークは、わたくしの後をついてきます。
「あなたとの付き合いは一番長いのよね」
「そうだな。それが?」
「……ねぇ、わたくしは何か、かわったかしら」
「難しい質問だな。俺は……変わっていないと思うが」
 何か、そう思うことがあったのかとジークは問います。
 別段何かが、というわけではないのですが、最近のわたくしの心は落ち着きがないような、そんな気もするのです。
「その手紙はどこへ?」
「これはお父様へなのよ。今度こちらにいらっしゃるの。そう、その時に夜会をするのだけど、あなた達にあの二人のエスコートをお願いしたいのよ」
「わかった。決めておく」
 お願いねとわたくしが笑むと、ジークは柔らかな笑みを零しました。
「アーデ、幸せか?」
「幸せ? それは……よくわからないわ」
 けれど。
 けれど、わたくしが箱庭にいた頃のあの朽ちていく、閉塞していくような。
 そんな気持ちにはなっていないわと零すと、なら良いとジークは満足気でした。
 そう言えば、わたくしに何も言わずどこまでも付き合ってくれるのがジーク。わたくしが何をしようとも。
 わたくしのすることがよくないと思っていても、何も言わず寄り添ってくれる。
 わたくしにとってそれは、とてもありがたいことだったのです。
「アーデ、待て」
 ジークが突然、わたくしの前に立ちます。
 それはディートリヒ様の執務室までわあと少しというところで。
 どうしたのかしらと視線を向ければ、そちらにはガゼル様がいらっしゃいました。
「王太子妃様、ご機嫌麗しく」
「ええ。どうされましたの?」
 仕事で、と人好きのする笑みを浮かべるガゼル様。
 わたくしはもう、知ってしまいましたからそれに薄ら寒いものを感じてしまいます。
「我が妹は、元気でしょうか。最近、顔を見ていないので兄としては寂しいばかりで。それに……城で預かっている令嬢と一緒にいるとか」
 一度、妹と仲良くしていただいている礼に我が家にお招きしたいのですが、と仰るのをそれは難しいのではとわたくしはやんわりとお断りしました。
 ガゼル様はきっと、探りたいのでしょう。レオノラ嬢が何を話したのか。
 わたくしは、素知らぬふりを貫きます。
 それから、先を急いでますのでと礼をして横を通り抜けました。
 背中に向けられる視線は突き刺さるよう。わたくしは面倒事が起こりそうねと思うのでした。
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