悪辣同士お似合いでしょう?

ナギ

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箱庭編【過去編】(読まなくても問題ありません)

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「アーデルハイト」
 振り返ればそこには一番上のお兄様がいらっしゃいました。
 と言っても、歳は20程離れていますので親子と言ってもいいくらいではあるのですが。
 将軍の一人であるお兄様は、きっちりと軍服を着こなした鼻の下のお髭がとてもチャーミングな男性です。
「さっきのは何だ」
「思うままを告げただけですが」
「言うにしてもあのような場所でする必要はなかっただろう」
「いえ、ありましたのよ。あれでわたくしに視線が集まりましたので、矢面に立たされた令嬢をそっと逃がしてさしあげることができました」
 お答えすると、そのためかとお兄様はため息をひとつ落とされました。
「そのような事、お前がしなくてもいいだろうに」
「できるのはわたくしだけでしたから」
 そうだがと言いながら、お兄様はため息をひとつ。まぁ悪いことをしたわけではないかと仰りました。
「けれどもうあちらにはいくな。賓客ももうすぐ到着される。騒ぎを起こしてはいけないからな」
 騒ぎを起こしてはいけないというなら、ミヒャエルとハルモニア嬢をどうにかするべきでしょうとわたくしは思うのですが、ぐっと飲み込みます。
「いや丁度良い、来なさい。別室で歓談している方が多くいる。誰かしらの目にひっかかるかもしれない。殿下と噂がたって、何の話もこないからな」
「お兄様……わたくし、お嫁入りなどしなくて良いのですけど」
「アーデルハイト」
 強く名前を呼ばれてしまうと、わたくしは従うしかありません。
 お兄様の手に手を重ね、煙草の匂いが満ちた部屋へと連れていかれました。
 そちらにいらっしゃったのは国の重役や、将校の方達です。皆様、わたくしよりも一回り以上、年上の方がほとんどなのですがお兄様は本気なのでしょうか。
 皆様面白がってわたくしとお話くださいました。何人かは下心があるようでしたが、お兄様のお目に適う方ではなかったので追い払われてしまいましたが。
 けれど、お兄様のお目に適う方もいらっしゃったようです。数人の方に囲まれ、わたくしはそのうちのおひとりとその場を離れることになったのです。
 わたくしより8ほど年上の、きりっとしたお顔立ちの方で子爵との事。お話も上手でいらっしゃいますし、感じの良い方でした。こちらの方はわたくしに興味をもっていらっしゃるようです。
 そのまま休憩できる部屋に足を向けられこれはまずいと思いました。もっとゆっくり座ってお話できる場所にいきましょうと言われて、寝台のある部屋だとわたくしは思いません。煙草の匂いが満ちた部屋から脱出する口実だとばかり思っていましたもの。
 こういったお誘いだと察することができなかったのは、初めての事だったからです。
 おそらくお兄様が、体の関係を持ってさえすればどうとでもなるとでも仰ったのでしょう。お兄様はさっさとわたくしを嫁にだしたいと思ってらっしゃるようなので。
 しかし、わたくしは初対面の方にそういった事を許すような女ではないのです。
 ですのできっぱりと、嫌ですとお断りしました。わたくしに触れようとする手を叩き落とし、その気など全くないことをお伝えしました。
 相手の方は最初はあっけにとられていましたが、面白いと笑いだされ手はださないと約束してくださいました。
 わたくしがそう言えたのは、この方が怒って手をあげたりしないと思えたからですが。
 ではどうすればいいのかと問われ、きちんと手順を踏んでくださればとお答えしました。
 お父様にまず確認を、そして本人を引き合わせ、互いが良いと言えばお付き合いを。
 そして婚約、結婚という至極真っ当な形をわたくしは提示いたしました。
「なに、結婚するまで触れてはいけないと?」
「口付け程度は許しますけれど」
 身持ちの硬い女だなとその方はおっしゃられました。
 それからしばらく、お話をいたしました。
 先程ホールであったことを話すと、その方は殿下がと不快を露わにされました。
「そのご令嬢は?」
「さぁ、わたくしが殿下に声をかけている間に帰られたのではないでしょうか。お姿はもうありませんわ」
「ひどいことを……」
 ええ、本当にひどいことなのでしょう。
 ミヒャエルはひとりの令嬢を傷つけたのです。その心もですが、彼女にはミヒャエルが捨てた令嬢という肩書がついてしまったのですから。
 それからその方はわたくしを出口まで見送ってくださいました。
 次の日、お兄様がどうだったとにこやかに尋ねてきましたので、何もありませんでしたとお答えしました。残念そうな顔をしておりましたがどうやらまだめげていない様子。
「して、どなたと一緒だったのかな?」
 わたくしはその方のお名前を告げました。するとお兄様はんん、と変な顔をされたのです。
「誰だそれは」
「え? お兄様が連れてきた方では?」
 わたくしは昨夜お会いした方のお名前を憶えている限り連ねました。
 その方たちは、お兄様の部下や知り合いだったようです。
「……調べる」
 どうやら、わたくしがお相手をしていた方は存在しない方だったようです。
 どこのどなたか、という事を知る必要はわたくしにはありませんでした。
 お兄様はまた違う方を探して来ようと仰いました。そのような必要、ありませんのに。
 そして――セレンファーレさんの姿を、それから箱庭で見かけることはなくなったのです。
 ジークにあの後のことを聞けば、馬車に乗せて一緒に家まで送ったそうです。
 泣き始めてしまったので一人にすることはできなかったと。
 わたくしはそれでいいのよ、ありがとうと礼を言って褒めました。
 これがハインツとフェイルだったら馬車に乗せて終わりだったでしょう。ちゃんと家まで送り届けてくれた事は幸いです。
「アーデはあの後、すぐに家に?」
「いえ、一番上のお兄様に捕まって……」
 と、そのあとのことを話すと、犬達の顔色が変わりました。
 何もなかったんだよね、と問い詰めるような視線です。もちろん何もなかったと言ったのですが、本当かどうか調べないとわからないと。
 ええ、調べられてしまいました。三人がかりで。本当に、ひどい。
 何もなかったと知った後は謝ってきましたがしばらく怒ったフリをしておきました。
 しゅんとする姿がかわいらしかったので。
 しかし、のほほんといつも通り、東屋でじゃれているわけにもいかなくなりました。
 わたくしがミヒャエルに口をだしたのは、ハルモニア嬢に嫉妬してだという噂が流れたのです。
 ハルモニア嬢は、わたくしに水をかけられたとか呼び出されて暴言をとか。
 そういった事を人前で、ミヒャエルに喚いたそうです。
 わたくしがいつそんなことをしたのでしょう。アーデルハイトという方が別にいらっしゃるのならそちらの方ですが、あいにく同名の方はいらっしゃいません。
 そのハルモニア嬢の話は尾ひれがついて、箱庭中に広がりました。セレンファーレさんの噂も相変わらず流れています。
 他の方から遠巻きに見られることはいつものことでしたので良いのですが、その視線を向けられるのは居心地が悪いものでした。
 そしてあろうことか、ハルモニア嬢はわたくしから犬達も奪い取ろうと、セレンファーレさんの時と同じような手を使ってきました。
 それにはまる犬達ではありません。逆にはまったふりして、締めてきて良い? というくらいで。
 後始末が大変なのでやめておきなさいとわたくしは彼等をなだめました。
 しかし、一週間ほどそれが続き相手をするのも馬鹿らしいと思い始めました。
 そこでしばらく箱庭を休むことにしたのです。
 休暇届を提出し、しばらくはこちらに来なくていいと思うと清々しい気分でした。犬達も一緒に届を出したので、どこかに旅行でも行こうかしらと思っていました。
 しかし、その前にわたくしにはやることがありました。
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