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本編
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ご婦人方のお話の最中、失礼しますと断り女性を伴った犬達がやってきました。
あなたたちの選んだお嬢さんを紹介してくれるのねとわたくしは笑む。
「お初にお目にかかります、王太子妃様。ジェニス・ドゴールと申します」
ジークの連れ合いはジークよりも随分背の低い小柄なお嬢さんでした。ダンスがちょっと踊りにくそうな身長差ですわね。彼女が纏うのは上品な若草色のドレス。髪を片側にまとめ上げ肩口に流しているのですがその髪にきらきらと輝く宝石のチェーンが編み込まれていました。
あら素敵。センスの良いお嬢さんだわとわたくしは思うのです。
「わたくし、ユリア・セルネイトと申します。お目にかかれて光栄でございます」
ハインツの傍らのお嬢さんは淡い黄色のドレス。それも流行の最先端のものでしょう。けれど決して華美過ぎないもので良い印象を受けました。こちらは優しげな笑みのお嬢さん。アップに髪を結い上げ綺麗な首をしてらっしゃるわとわたくしは思うのです。
このお二人のどちらにも言えるのは、決して下品ではないということでしょうか。
わたくしはどうあっても、自分の権力をたてに威張り散らすだけの方が苦手なのですが、お二人からそれを感じません。
ジークとハインツはわたくしの犬ですから、主人の好まぬものは選ばないということでしょうか。
そして最後にフェイルの連れてきたお嬢さんを見て、わたくしは瞬いたのです。
どこかで見た事のある、と。
「王太子妃様、ツェリ・イーギでございます」
「……あなた、メイド?」
「はい」
フェイルを見ればにこーっと良い笑みを浮かべている。それはいたずらが成功したというような、尻尾を振っている犬の笑顔です。
これは……ジークとハインツをちらりと見るとどうやら知っていたようです。
しかし、メイド……ツェリ嬢は仕事中とまったく趣が違うのです。
いつもは白と黒のメイド服をきちっと着こなして空気のように、自然にそこにいるのですがこの姿は華やかと思います。
「ドレス、とてもお似合いよ」
「ありがとうございます」
「驚きました?」
「ええ、それはもう」
フェイルはそうでしょうと笑う。
メイド――ツェリは濃いダークレッドのドレス。Aラインのスカートは布地が重ねられているものでした。華美ではないけれど、地味でもない。そんなドレスに彼女のバランス感覚の良さを感じます。
聞けば、彼女はメイドではあるがとある貴族の令嬢なのだとか。行儀見習いなどのために城で仕事をしているらしい。
「あなた、それで昨日はお手伝いしたのね」
いったいいつからこうなっていたのでしょうか。
わたくしはまったく気付いていませんでしたし。
三人には、いつかお茶会をしましょうねと言葉をかけておく。それはわたくしの犬達への労いでもあるのだから。
ただ茶会をしてもお茶をいれるのはツェリの仕事になりますけど。
わたくしは犬達が連れてきたご令嬢とお話して、あの子達ともうまくやっていけそうと笑み零す。
彼女たちは瞳が濁っていないのです。嫉妬や、権力欲、汚い感情が全くないとは言いませんが、そう言ったものに支配されていない。
わたくしのことをもしかしたら、本当は憎く思っているのかもしれませんが、それが上辺に出てこないのはとても優秀だと思います。
貴族なのですから、自分の感情は御せなくては渡り合ってはいけません。
ですが。そうでない方もいるもので。
「きゃあっ!」
ダンスホールの近くでは邪魔になると、お話の場を飲食物のある、もう少し気軽に楽しく話せる場所に移してしばらくのこと。
わたくしにぶつかってきた方がいらっしゃったのです。
小さな悲鳴とともにグラスが落ちて割れる音。
わたくしのグラスからも少しワインが跳ねてしまいましたが床に落ちただけでした。
「わ、わたくしのドレスが!!」
そしてわたくしにぶつかってきた方は――これみよがしに大声をあげられたのです。
すると注目が、こちらに集まるのは当然の事。わたくしは近くのテーブルにそっとグラスを置いて、助けてあげることにしました。
一応、王太子妃ですのでホスト側。対処もお仕事ですので。
「あら、汚れてしまいましたわね……別室にかわりの」
「王太子妃様! 失礼を承知で言わせていただきますが、いくら気に入らないからといってワインをかけるなんて……王太子妃としていかがかと思います!」
「…………」
わたくしは言葉を失う。このお嬢さんが言っている事が理解できませんでした。
ツェリはできたメイドの本分が騒いだのかすぐ近くの給仕を呼んで零れたワインを拭くようお願いしていました。
犬達も声をかけられてはいるけれども、この事態に気付いてこちらに来ようとしています。
わたくしはそれをゆっくり瞬きすることで、来てはいけませんと指示しました。
あの子達、剣抜きそうな勢いですもの。
そして、わたくしの周りは叫びをあげたご令嬢と、どうやらその取り巻きのような方たちばかりで。ひそひそと、王太子妃がとかなんとか、さざめいているのです。
はめられましたわね、とわたくしは薄く笑みを零してしましました。
あなたたちの選んだお嬢さんを紹介してくれるのねとわたくしは笑む。
「お初にお目にかかります、王太子妃様。ジェニス・ドゴールと申します」
ジークの連れ合いはジークよりも随分背の低い小柄なお嬢さんでした。ダンスがちょっと踊りにくそうな身長差ですわね。彼女が纏うのは上品な若草色のドレス。髪を片側にまとめ上げ肩口に流しているのですがその髪にきらきらと輝く宝石のチェーンが編み込まれていました。
あら素敵。センスの良いお嬢さんだわとわたくしは思うのです。
「わたくし、ユリア・セルネイトと申します。お目にかかれて光栄でございます」
ハインツの傍らのお嬢さんは淡い黄色のドレス。それも流行の最先端のものでしょう。けれど決して華美過ぎないもので良い印象を受けました。こちらは優しげな笑みのお嬢さん。アップに髪を結い上げ綺麗な首をしてらっしゃるわとわたくしは思うのです。
このお二人のどちらにも言えるのは、決して下品ではないということでしょうか。
わたくしはどうあっても、自分の権力をたてに威張り散らすだけの方が苦手なのですが、お二人からそれを感じません。
ジークとハインツはわたくしの犬ですから、主人の好まぬものは選ばないということでしょうか。
そして最後にフェイルの連れてきたお嬢さんを見て、わたくしは瞬いたのです。
どこかで見た事のある、と。
「王太子妃様、ツェリ・イーギでございます」
「……あなた、メイド?」
「はい」
フェイルを見ればにこーっと良い笑みを浮かべている。それはいたずらが成功したというような、尻尾を振っている犬の笑顔です。
これは……ジークとハインツをちらりと見るとどうやら知っていたようです。
しかし、メイド……ツェリ嬢は仕事中とまったく趣が違うのです。
いつもは白と黒のメイド服をきちっと着こなして空気のように、自然にそこにいるのですがこの姿は華やかと思います。
「ドレス、とてもお似合いよ」
「ありがとうございます」
「驚きました?」
「ええ、それはもう」
フェイルはそうでしょうと笑う。
メイド――ツェリは濃いダークレッドのドレス。Aラインのスカートは布地が重ねられているものでした。華美ではないけれど、地味でもない。そんなドレスに彼女のバランス感覚の良さを感じます。
聞けば、彼女はメイドではあるがとある貴族の令嬢なのだとか。行儀見習いなどのために城で仕事をしているらしい。
「あなた、それで昨日はお手伝いしたのね」
いったいいつからこうなっていたのでしょうか。
わたくしはまったく気付いていませんでしたし。
三人には、いつかお茶会をしましょうねと言葉をかけておく。それはわたくしの犬達への労いでもあるのだから。
ただ茶会をしてもお茶をいれるのはツェリの仕事になりますけど。
わたくしは犬達が連れてきたご令嬢とお話して、あの子達ともうまくやっていけそうと笑み零す。
彼女たちは瞳が濁っていないのです。嫉妬や、権力欲、汚い感情が全くないとは言いませんが、そう言ったものに支配されていない。
わたくしのことをもしかしたら、本当は憎く思っているのかもしれませんが、それが上辺に出てこないのはとても優秀だと思います。
貴族なのですから、自分の感情は御せなくては渡り合ってはいけません。
ですが。そうでない方もいるもので。
「きゃあっ!」
ダンスホールの近くでは邪魔になると、お話の場を飲食物のある、もう少し気軽に楽しく話せる場所に移してしばらくのこと。
わたくしにぶつかってきた方がいらっしゃったのです。
小さな悲鳴とともにグラスが落ちて割れる音。
わたくしのグラスからも少しワインが跳ねてしまいましたが床に落ちただけでした。
「わ、わたくしのドレスが!!」
そしてわたくしにぶつかってきた方は――これみよがしに大声をあげられたのです。
すると注目が、こちらに集まるのは当然の事。わたくしは近くのテーブルにそっとグラスを置いて、助けてあげることにしました。
一応、王太子妃ですのでホスト側。対処もお仕事ですので。
「あら、汚れてしまいましたわね……別室にかわりの」
「王太子妃様! 失礼を承知で言わせていただきますが、いくら気に入らないからといってワインをかけるなんて……王太子妃としていかがかと思います!」
「…………」
わたくしは言葉を失う。このお嬢さんが言っている事が理解できませんでした。
ツェリはできたメイドの本分が騒いだのかすぐ近くの給仕を呼んで零れたワインを拭くようお願いしていました。
犬達も声をかけられてはいるけれども、この事態に気付いてこちらに来ようとしています。
わたくしはそれをゆっくり瞬きすることで、来てはいけませんと指示しました。
あの子達、剣抜きそうな勢いですもの。
そして、わたくしの周りは叫びをあげたご令嬢と、どうやらその取り巻きのような方たちばかりで。ひそひそと、王太子妃がとかなんとか、さざめいているのです。
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