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本編
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暗殺宣言を受けて早一か月。
わたくしの過ごす日々は穏やかなものです。
王太子妃としての勉強の量は少なくなりました。学ぶことが減ってきて、余裕ができたのは良いことです。
王太子妃を訪ねてくる方も増えてきました。ですが開口一番この泥棒猫! が、やはり頭一つ抜きんでた印象です。
この国で後ろ盾のないわたくしの後見になりたいだとか、わたくしがどんな人物なのか見定めようとしているだとか。
お暇なのですね、皆様と思います。
しかし、その中でも変わり種はいらっしゃいまして、そのうちのおひとりが今、目の前にいらっしゃるご令嬢です。
最初にいらっしゃった時は、礼をし、名乗り、そしてわたくしがお座りになってと言うとありがとうございますと頭を下げて座られた。
そして仰ったのは、申し訳ございません、なのです。
わたくしはなにがです? ともちろん尋ねました。
すると、父は権力欲が強く、王太子妃と仲を深めれば王太子の目に止まるという超理論を展開し、こうしてここへ来ることになってしまったのですと。
ほとほとお疲れの様子でしたので、わたくしは美味しい紅茶とお菓子をごちそうしたのでした。
彼女の話は最初は愚痴めいたものでしたが、その考え方は先進的でとても面白く感じました。
ですので、またいらしてとわたくしはお誘いしました。
彼女は恐れ多い、とおっしゃったのですがまた美味しい紅茶とケーキをごちそうしますと押せば頷いてくださりました。
ふふ、美味しいものに目が無い方はみていればわかりますの。わたくしもそうですので。
そんな彼女――シルヴィ嬢はこちらへ足を運ぶ度、お土産と称して学術書などを持ってきてくださいます。
暇つぶしにはとても良いもので、わたくしはその差し入れを気に入っております。
まだまだこの国には知らぬことがあり、王妃様とお会いする時にさらっと国のことを尋ねられるのですから。
「そういえば王太子妃様。南の地では今年、あまり雨が降りませんでした」
「雨が? 南は穀倉地帯でしょうか」
「はい。となると、出回る穀物は少なくなると思いませんか?」
「そうですわね……穀物が少なくなると高騰し、平民の皆様が生活できなくなりますわね。その地の貴族が高く買い上げて、安く市場に卸すのかしら」
「買い上げる価格は、例年と同じでしょう。けれど市場には高い値段で卸されるかと」
「まぁ、そんな馬鹿なことをする方が領主なのですね」
「ええ。ですので、多少余裕がある我が領地から市場に安く卸すことも父は考えているのですが……」
あら、超理論を展開するお父様にしてはまともな考えですこと。そう思っているのが顔に出たらしく、シルヴィ嬢は苦笑している。
「領民の支持が高まれば権力もついてくると思ったのでしょう。娘についての考えは馬鹿かと思いますが政治力はそこそこあるのです」
「そのようですわね。しかし……一領主でどうこうできるお話でもありませんね」
ディートリヒ様にお話ししておきましょうと、わたくしは彼女が欲しいであろう言葉を紡ぐ。
そう、王太子妃とのやりとりはある意味政治的なやりとりでもあるのだ。
頭の良い彼女はこうして事が収まるように上手に言い回しができる。女性でこういった物事を考えられる方は貴重ですわ。
彼女は直系としては一人娘だそうで、婿取りをしないといけないそうですが。彼女が領主になったほうが領民としてはありがたいのでは? とわたくしは思うのです。
「ところで……レオノラ様はご存じでしょうか?」
「レオノラ様! ええ、知っていますわ」
突然のその名に私の心が躍る。彼女がどうかしましたのと食い気味に尋ねるとシルヴィ嬢は驚かれたご様子。
あら、わたくしはしたなかったですわね。
けれどシルヴィ嬢はご存じならと言葉紡ぐ。
最近彼女が、あなたの悪い噂をたてているのだと。
浪費家で、国庫の金を使い込み、男をはべらせ遊んでいる、と。
「あら……それはあまり面白くありませんわね」
言葉の選び方が貧相で。
やはりレオノラ様はお馬鹿なのでしょう。
そういう事を言うのなら、国庫から宝石を勝手に持ち出し、王太子に内緒で売りさばいて贅沢の限りを尽くしている。こちらがその証拠の宝石ですと国庫から宝石をひとつくらい持ってきて見せながら言った方が信憑性があるというのに。
男をはべらせ遊んでいる、というのは心外です。
犬ははべらせていますが、男ははべらせていませんわ。そもそも、遊ぶという定義が普通の令嬢たちのドレスやら宝石やらを買ったりおめかししたりというのならば、わたくしにとってそれは遊ぶではございません。それに、国庫の宝石を売って新しいものを買う必要なんてございません。
まずその宝石は買い手がつかないほどの値がついた素晴らしいものばかり。それを付けたほうが良いのですから。
もし遊ぶというのが閨での事でしたら、それはディートリヒ様の悪趣味な遊び事の範疇ですので、問題はないでしょう。それも一度しかございませんでしたが。
当たり前のように、毎晩毎晩、飽きもせずわたくしを弄んで、いたぶって愉悦に浸ってらっしゃるのはご自身が一番ご存じでしょうし。
これがディートリヒ様に伝わっても根も葉もないうわさだと笑い飛ばされるでしょう。
シルヴィ嬢は心配でしょうが、わたくしは何の心配もございませんと微笑む。
そう、何の問題もないのですから。
わたくしの過ごす日々は穏やかなものです。
王太子妃としての勉強の量は少なくなりました。学ぶことが減ってきて、余裕ができたのは良いことです。
王太子妃を訪ねてくる方も増えてきました。ですが開口一番この泥棒猫! が、やはり頭一つ抜きんでた印象です。
この国で後ろ盾のないわたくしの後見になりたいだとか、わたくしがどんな人物なのか見定めようとしているだとか。
お暇なのですね、皆様と思います。
しかし、その中でも変わり種はいらっしゃいまして、そのうちのおひとりが今、目の前にいらっしゃるご令嬢です。
最初にいらっしゃった時は、礼をし、名乗り、そしてわたくしがお座りになってと言うとありがとうございますと頭を下げて座られた。
そして仰ったのは、申し訳ございません、なのです。
わたくしはなにがです? ともちろん尋ねました。
すると、父は権力欲が強く、王太子妃と仲を深めれば王太子の目に止まるという超理論を展開し、こうしてここへ来ることになってしまったのですと。
ほとほとお疲れの様子でしたので、わたくしは美味しい紅茶とお菓子をごちそうしたのでした。
彼女の話は最初は愚痴めいたものでしたが、その考え方は先進的でとても面白く感じました。
ですので、またいらしてとわたくしはお誘いしました。
彼女は恐れ多い、とおっしゃったのですがまた美味しい紅茶とケーキをごちそうしますと押せば頷いてくださりました。
ふふ、美味しいものに目が無い方はみていればわかりますの。わたくしもそうですので。
そんな彼女――シルヴィ嬢はこちらへ足を運ぶ度、お土産と称して学術書などを持ってきてくださいます。
暇つぶしにはとても良いもので、わたくしはその差し入れを気に入っております。
まだまだこの国には知らぬことがあり、王妃様とお会いする時にさらっと国のことを尋ねられるのですから。
「そういえば王太子妃様。南の地では今年、あまり雨が降りませんでした」
「雨が? 南は穀倉地帯でしょうか」
「はい。となると、出回る穀物は少なくなると思いませんか?」
「そうですわね……穀物が少なくなると高騰し、平民の皆様が生活できなくなりますわね。その地の貴族が高く買い上げて、安く市場に卸すのかしら」
「買い上げる価格は、例年と同じでしょう。けれど市場には高い値段で卸されるかと」
「まぁ、そんな馬鹿なことをする方が領主なのですね」
「ええ。ですので、多少余裕がある我が領地から市場に安く卸すことも父は考えているのですが……」
あら、超理論を展開するお父様にしてはまともな考えですこと。そう思っているのが顔に出たらしく、シルヴィ嬢は苦笑している。
「領民の支持が高まれば権力もついてくると思ったのでしょう。娘についての考えは馬鹿かと思いますが政治力はそこそこあるのです」
「そのようですわね。しかし……一領主でどうこうできるお話でもありませんね」
ディートリヒ様にお話ししておきましょうと、わたくしは彼女が欲しいであろう言葉を紡ぐ。
そう、王太子妃とのやりとりはある意味政治的なやりとりでもあるのだ。
頭の良い彼女はこうして事が収まるように上手に言い回しができる。女性でこういった物事を考えられる方は貴重ですわ。
彼女は直系としては一人娘だそうで、婿取りをしないといけないそうですが。彼女が領主になったほうが領民としてはありがたいのでは? とわたくしは思うのです。
「ところで……レオノラ様はご存じでしょうか?」
「レオノラ様! ええ、知っていますわ」
突然のその名に私の心が躍る。彼女がどうかしましたのと食い気味に尋ねるとシルヴィ嬢は驚かれたご様子。
あら、わたくしはしたなかったですわね。
けれどシルヴィ嬢はご存じならと言葉紡ぐ。
最近彼女が、あなたの悪い噂をたてているのだと。
浪費家で、国庫の金を使い込み、男をはべらせ遊んでいる、と。
「あら……それはあまり面白くありませんわね」
言葉の選び方が貧相で。
やはりレオノラ様はお馬鹿なのでしょう。
そういう事を言うのなら、国庫から宝石を勝手に持ち出し、王太子に内緒で売りさばいて贅沢の限りを尽くしている。こちらがその証拠の宝石ですと国庫から宝石をひとつくらい持ってきて見せながら言った方が信憑性があるというのに。
男をはべらせ遊んでいる、というのは心外です。
犬ははべらせていますが、男ははべらせていませんわ。そもそも、遊ぶという定義が普通の令嬢たちのドレスやら宝石やらを買ったりおめかししたりというのならば、わたくしにとってそれは遊ぶではございません。それに、国庫の宝石を売って新しいものを買う必要なんてございません。
まずその宝石は買い手がつかないほどの値がついた素晴らしいものばかり。それを付けたほうが良いのですから。
もし遊ぶというのが閨での事でしたら、それはディートリヒ様の悪趣味な遊び事の範疇ですので、問題はないでしょう。それも一度しかございませんでしたが。
当たり前のように、毎晩毎晩、飽きもせずわたくしを弄んで、いたぶって愉悦に浸ってらっしゃるのはご自身が一番ご存じでしょうし。
これがディートリヒ様に伝わっても根も葉もないうわさだと笑い飛ばされるでしょう。
シルヴィ嬢は心配でしょうが、わたくしは何の心配もございませんと微笑む。
そう、何の問題もないのですから。
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