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本編
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花嫁としてこの国に来て、初めての夜はやはり、共に過ごさないといけないわけでして。
もういい加減にしてくださいなと嫌そうに言えば、これも務めだろうと笑われる。
この王太子――ディートリヒ様はわたくしより五つ程、年上。
彼に求められたらきっと、ほとんどの女性は喜んでそれに応えるでしょう。わたくしはそうではありませんが。
体を起こして座るディートリヒ様。その体は彫刻のように均整がとれている。ちゃんと鍛えられた身体だった。
「アーデルハイト」
「なんでしょうか?」
「今、セレンがどうしてるか知りたいか?」
「いえ、別に」
「そうか、知りたいか」
わたくしは興味はないのだけれども。お話になるなら寝ますから、どうぞお好きにとわたくしは背中を向けた。
するとこっちを向けと背中をつつ、と指先でなぞられた。
ぞわりとするその感覚。
わたくしはいやいやながらもディートリヒ様の方を向く羽目になる。
「どうぞ、お話し下さいませ」
「最初から素直にそう言えばよい。セレンはな、隣国で静養をしている」
「そうですか。それで、セレンとはどちらさまでございますか?」
「忘れたとは言わせない。お前が泣かせた女のことだ」
そんなお名前の方、いらっしゃいました? とわたくしは微笑む。
別に意趣返しでもなんでもない。本当にセレン、なんて名の女性をわたくしは知らないのだ。
いえ、どなたの事を仰っているのかは、わかっているのですけれど。
それに素直にお答えしてあげるほどわたくしは優しくもありません。
「わかっているくせに、そういう態度をとるあたりが意地が悪い。セレンは……セレンファーレのことだ」
「セレンファーレ……ああ、はい。その方なら知っていますわ」
わたくしが、お助けしますかと尋ねて大丈夫と仰った方。
箱庭の王様を捕えて、捕られて、捨てられた方。
「あれは優しくてな、許すと言っている」
「どなたをです?」
「お前の故国の、王子を」
「わたくしには関係ないことですわ」
そうだなとディートリヒ様は笑う。それはわたくしに対して良い感情ではないもの。
けれどその侮蔑の笑みは、そこそこに見られるものでした。
わたくしの国の王子。
彼はわたくしの遠くはありますが親類でもあったので、お互いに利用しあっていたのです。
いずれあの二人が婚約するから、誰もその間に入れないのだと、故国の貴族ならば、誰でもそう思い込んでいました。
思い込ませたのは彼ですが。
何かとわたくしを連れ回し、夜会ではパートナーとして扱い。
そのくせ、女遊びはする。わたくしがそれについて何も言わないから、女性の皆様は側室の座をかけて争っておられました。もちろんあわよくば正妃の座を。
しかし彼とは幼馴染のようなもので、互いは別段、特別ではないけれど便利な相手のような。
一つ確かなのは、恋愛感情は全くないということくらい。
しかし、他国の者はそれを知りません。
だからあの、セレンファーレ嬢の嘘をわたくしは見抜け、その本当の地位を調べさせたのです。
けれど、どこの出身であるのか、でてこなかった。
セレンファーレ嬢は、そう。ディートリヒ様と似た金髪碧眼。
とても真っ直ぐで素直で、太陽のような方でした。春の日差しのような、そんな方。
自分が正しいと信じて迷いなどないお姫様。
そんな方が貴族の令嬢であるなんて、わたくしは驚き、信じられなくて。
奇跡だと思い羨ましくもあり、しかし嫉ましくもあった。
彼女は温かな家庭で大事に育てられたのだろうと。
わたくしとは、大違いねと。
だから声をかけお茶をして、お話をしたのでした。純粋にどういう心根なのか知りたくて。
得るものは無く、与えてしまっただけだったのだけど。
そして彼女は彼に懸想していたのです。
彼、わたくしの故国、リヒテールの王子。
暴君と呼ぶに相応しき、箱庭の王様。名を、ミヒャエル。
白銀のきらめく髪を躍らせ冷たい青い瞳で相手を射抜く。
ディートリヒ様に会うまでは、ミヒャエルがどうしようもない男第1位の座に踏ん反り返っていたのだけど、彼なんてかわいいものだったと思う。
そんな思いを込めた視線を向けているとにっこりと微笑まれ。
「何かな?」
「いえ、別に。おやすみなさい、ディートリヒ様」
なんて恐ろしい笑顔。
わたくしは挨拶をして寝台の中に潜った。
その後、楽しそうに笑いながら抱きすくめてくる腕を邪魔ですわと叩いていたのだけど、いつの間にかわたくしは眠っていた。
もういい加減にしてくださいなと嫌そうに言えば、これも務めだろうと笑われる。
この王太子――ディートリヒ様はわたくしより五つ程、年上。
彼に求められたらきっと、ほとんどの女性は喜んでそれに応えるでしょう。わたくしはそうではありませんが。
体を起こして座るディートリヒ様。その体は彫刻のように均整がとれている。ちゃんと鍛えられた身体だった。
「アーデルハイト」
「なんでしょうか?」
「今、セレンがどうしてるか知りたいか?」
「いえ、別に」
「そうか、知りたいか」
わたくしは興味はないのだけれども。お話になるなら寝ますから、どうぞお好きにとわたくしは背中を向けた。
するとこっちを向けと背中をつつ、と指先でなぞられた。
ぞわりとするその感覚。
わたくしはいやいやながらもディートリヒ様の方を向く羽目になる。
「どうぞ、お話し下さいませ」
「最初から素直にそう言えばよい。セレンはな、隣国で静養をしている」
「そうですか。それで、セレンとはどちらさまでございますか?」
「忘れたとは言わせない。お前が泣かせた女のことだ」
そんなお名前の方、いらっしゃいました? とわたくしは微笑む。
別に意趣返しでもなんでもない。本当にセレン、なんて名の女性をわたくしは知らないのだ。
いえ、どなたの事を仰っているのかは、わかっているのですけれど。
それに素直にお答えしてあげるほどわたくしは優しくもありません。
「わかっているくせに、そういう態度をとるあたりが意地が悪い。セレンは……セレンファーレのことだ」
「セレンファーレ……ああ、はい。その方なら知っていますわ」
わたくしが、お助けしますかと尋ねて大丈夫と仰った方。
箱庭の王様を捕えて、捕られて、捨てられた方。
「あれは優しくてな、許すと言っている」
「どなたをです?」
「お前の故国の、王子を」
「わたくしには関係ないことですわ」
そうだなとディートリヒ様は笑う。それはわたくしに対して良い感情ではないもの。
けれどその侮蔑の笑みは、そこそこに見られるものでした。
わたくしの国の王子。
彼はわたくしの遠くはありますが親類でもあったので、お互いに利用しあっていたのです。
いずれあの二人が婚約するから、誰もその間に入れないのだと、故国の貴族ならば、誰でもそう思い込んでいました。
思い込ませたのは彼ですが。
何かとわたくしを連れ回し、夜会ではパートナーとして扱い。
そのくせ、女遊びはする。わたくしがそれについて何も言わないから、女性の皆様は側室の座をかけて争っておられました。もちろんあわよくば正妃の座を。
しかし彼とは幼馴染のようなもので、互いは別段、特別ではないけれど便利な相手のような。
一つ確かなのは、恋愛感情は全くないということくらい。
しかし、他国の者はそれを知りません。
だからあの、セレンファーレ嬢の嘘をわたくしは見抜け、その本当の地位を調べさせたのです。
けれど、どこの出身であるのか、でてこなかった。
セレンファーレ嬢は、そう。ディートリヒ様と似た金髪碧眼。
とても真っ直ぐで素直で、太陽のような方でした。春の日差しのような、そんな方。
自分が正しいと信じて迷いなどないお姫様。
そんな方が貴族の令嬢であるなんて、わたくしは驚き、信じられなくて。
奇跡だと思い羨ましくもあり、しかし嫉ましくもあった。
彼女は温かな家庭で大事に育てられたのだろうと。
わたくしとは、大違いねと。
だから声をかけお茶をして、お話をしたのでした。純粋にどういう心根なのか知りたくて。
得るものは無く、与えてしまっただけだったのだけど。
そして彼女は彼に懸想していたのです。
彼、わたくしの故国、リヒテールの王子。
暴君と呼ぶに相応しき、箱庭の王様。名を、ミヒャエル。
白銀のきらめく髪を躍らせ冷たい青い瞳で相手を射抜く。
ディートリヒ様に会うまでは、ミヒャエルがどうしようもない男第1位の座に踏ん反り返っていたのだけど、彼なんてかわいいものだったと思う。
そんな思いを込めた視線を向けているとにっこりと微笑まれ。
「何かな?」
「いえ、別に。おやすみなさい、ディートリヒ様」
なんて恐ろしい笑顔。
わたくしは挨拶をして寝台の中に潜った。
その後、楽しそうに笑いながら抱きすくめてくる腕を邪魔ですわと叩いていたのだけど、いつの間にかわたくしは眠っていた。
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